火曜日

 いつも帰りの電車で見る男子高校生が、今日はいない。

 昨日虚ろな目をしていた彼。いつも完璧に整った格好をしていた、あの人。


 沿線で高校生の自殺騒ぎがあったらしい。

 まさか、と思う。

 でも、と思う。

 無意識に首を振る。

 きっと怪我をしたのだ。

 あるいは学校に行かないことにしたのだ。

 それか引っ越したのだ。こんな不便な田舎さっさと出て行けばいい。


 ……私には関係ないのだから早く忘れよう。

 それでいつかひょいと彼がまた電車に乗ってきたら、それはそれで儲けものというものだ。


 死ぬなんて馬鹿ばかしい。


 入って向こうの扉のすぐ側、昨日カップルが笑いあっていたあたりに一人で立つ。

 座席の支柱に体を預けて窓に顔を向ける。

 人々の透明な影が黒い闇の上を滑っていく。眉を寄せて外の景色だけを見ようと努めたが無理だった。

 電車が揺れて、瞬間踵が浮く。支柱が背中から首に押しつけられる。

 口角を少し上げてみる。悪くはない。

 乱れた前髪を手で整える。

 目を細めると小馬鹿にしたような顔が自分を見返す。

 色のない鏡に映った自分の瞳は黒々として光がない。それでものっぺりとしては見えないのが不思議だった。


 音質の悪いアナウンスが聞こえた。既に車内には私のほかに誰もいない。


 こつ、こつ、こつ。

 またあの人だ。

 昨日私が座っていた場所に腰を下ろす。今日もつまらないスーツを着ていた。


 静寂が車内を支配する。

 靴底が滑ってよろめいて、私は思わず手すりをつかむ。銀色の手すりに体温がにじむ。この感覚は何度やっても慣れるということがない。


 ふと、目が合った。女の人と。

 ……そんな気がしたのは気のせいだろうか。

 瞬きをして見れば彼女はもう向かいの座席に目を落としていた。


 アナウンスとともに向こうの扉が開いて、私は再び彼女を見ることなく電車を降りた。

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