008 偽りの天才を産み出したカラクリで、切り札

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 晴乃井はれのいるる先輩を『完全無欠の最強女子高生』にするための、替魂かえだま受験計画。


 中間テスト当日、晴乃井先輩の特殊能力インストを使い、彼女の代打で僕が試験を受けて高得点を獲得する、という作戦だ。絶対にバレることはないし、悪い手じゃない。


新室にいむろくん、お待たせ。約束通り、入部してきたよ」


 種ヶ崎たねがさきさんに頼みごとをしてから二日後、水曜日の放課後のこと。

 スズナリモールの入り口にやってきた種ヶ崎さんが、僕にそう言った。


「ありがとう。……それで、」

「もちろん、交換条件をのんでもらった。貰ってきたよ、ひと通りの過去問」


 彼女がスクールバッグの中から、紙束を取り出した。かなりの枚数だ。


「いろんな部活から勧誘されてるって、本当だったんだね」


 種ヶ崎さんは、過去問の束を僕に手渡しながら、


「まあ、地元じゃちょっと知られてるの。母親がスタントウーマンで、父親が野球選手だから。物心つく頃から、いろんなスポーツやらされてて。それなりに結果も出しちゃって。おかげでテニス部以外からも貰えたし、先輩を辿って何代か上の卒業生にもコンタクトが取れた」


 それでこの枚数か、さすがに凄いな。衝撃的な内容と対照的に、彼女が喋るトーンはずっと平坦で、その振る舞いもやけに強者っぽい。


「種ヶ崎さんが『完全無欠の最強女子高生』じゃん」

「その冗談、面白くない。ぶつよ」


 で、と種ヶ崎さんが首をかしげた。


「これで上手くいくんだよね?」

「それはやってみないと分からないけど、たぶんね」


 種ヶ崎さんにした頼みごとは、出来るかぎり多くの過去問を集めてきてもらうことだった。それができるのは、彼女しかいないと思った。彼女を欲しがっている運動部がかなり多いのならば、入部の条件に過去問を貰う、という交渉ができると思ったのだ。


 で、実際。予想以上の釣果だった。

 これだけの材料があれば、計画の成功は充分期待できるだろう。


 ただし、大きな問題がある。それは、未だ僕に協力する気がないということだ。


 腕時計に目を落とす。待ち合わせの時間まで、あと五分だった。

 とそこで、足音が聴こえた。そちらへ視線をやると、晴乃井先輩がそこにいた。


「お待たせ。芽依、天才クンっ」


 僕と種ヶ崎さんは制服姿、対して先輩は私服姿だった。オシャレな幾何学模様がプリントされたTシャツにジーンズのストリート系。晴乃井先輩のスタイルの良さが際立つファッションだった。


「じゃ、さっそく行こうか。作戦会議ッ」


 隣で種ヶ崎さんが肯いた。僕も肯く。

 そして、勝負の交渉の場に向かう足を、一歩踏み出した。


 そう。僕が用意してきたのは、替魂受験のプランじゃない。

 僕抜きで計画を成功に導くための、攻略法なのだ。


   ◇


 作戦会議といえば密室でしょ、という晴乃井先輩の提案でやってきたのはカラオケボックスだった。カラオケボックスはスズナリモールではなく、隣のビルの三階にあった。


 受付を済ませて部屋に入ると、晴乃井先輩はすぐさまテレビを消した。

 無音になった部屋の中で、先輩がマイクを手に取る。


「では、始めましょっかぁ~! 第一回、作戦会議ぃ!」

 と大きな声で宣言した。種ヶ崎さんが無表情で拍手をしている。


 ずいぶんとまあ、ハイテンションなこった。楽しそうでなにより。


「さっ、なにから話し始めようっかなー。まずは日程の調整かなぁ。一年生と二年生って、テスト期間同じだもんね。この問題をどうクリアするか、考えなきゃだよねえ」


 晴乃井先輩は、さっそく本題に入った。たしかに、その点は考慮に入れなくてはならない。中間テストは、一年二年と同日に行われるらしいのだ。なので、替魂するとなれば、僕は自分のテストを受けられなくなる。


 もちろん、種ヶ崎さんはそれを理解した上で僕を勧誘したはずだ。僕の都合なんておかまいなく、キスしたいほど好き、な晴乃井先輩の力になるなら、僕の人権なんてないようなもの……とまあ、そこまで思っているかは知らないが。


 とにかく、優先順位の一番上は、晴乃井先輩がテストで好成績を出すこと、ってわけだ。


 なるほど、いいでしょう。僕も同意だ。先輩が高得点を取るために、力を尽くそう。


「種ヶ崎さん、晴乃井先輩。ちょっといいですか」


 僕は挙手をして、晴乃井先輩の発言に割って入った。


「はい、なんでしょ。天才クンっ」


 期待のまなざしが、こちらへ向く。僕が協力すると信じて疑わない目だ。

 だからこそ、断言しておかなくちゃならない。


「僕は、替魂受験に協力できません」

「……へ?」


 晴乃井先輩は目をまん丸くして、その場で固まった。

 対して種ヶ崎さんは勢いよく立ち上がって、僕を睨みつけた。


「ちょっと待って新室くんっ。話が違う」

「そうだね。違う、かもしれない」

「かもじゃないでしょ。まるっきり違う。私、なんのために君の言う通りに──」

「種ヶ崎さん。僕は今から、その説明をしようと思うんだ」


 まるで意味が分からない、という風に、種ヶ崎さんは口をぽっかり開けたまま立ち尽くした。失望と敵意を目に滲ませて、こちらを見ている。そうだろうな、そう思われても仕方がない。


 でも僕には、意趣返しのつもりもなければ、敵対するつもりだってないんだ。


「だから……まず、二人の誤解を解かなくちゃいけないんですが」


 僕はそう言って、スクールバッグの中から一枚のプリントを取り出し、机の上に置いた。


 晴乃井先輩がプリントを手に取って、まじまじと見た。


「実は僕、」

 と言いかけたところで、先輩がプリントから視線をあげた。目が合う。

「別に天才でもなんでもないんです」


 それは、中学時代のテストの結果表だった。当時の僕の得点が記載されている。

 どれも八十点を超えている。得点こそどれも高い。優秀と呼んで差し支えないだろう。


 が、重要なのは点数じゃない。その横の欄には、校内偏差値が載っている。

 その数字は、どれも五十より少し上のものばかりである。


 晴乃井先輩が、信じられない、といった表情で言う。


「これ、本当に天才クンの?」

「はい、そうです。ちなみに僕が通っていたのは、普通の公立校です。周りが特別頭良かったとかでもないですよ。その中で、僕の学力は平均的なものでした。でも……」


 もう一枚のプリントを机の上に出して、晴乃井さんの手元へスライドした。


「僕はこの学校に首席で合格しました」


 そのプリントこそ、僕が首席合格できた由縁で、偽りの天才を産み出したカラクリで、種ヶ崎さんや晴乃井先輩の誤解を解くための切り札だった。


 それは、高校入試の頻出問題を集めた資料だった。

 どこでも手に入らない資料。なぜなら……これは僕が自作したものだからだ。


 僕は晴乃井先輩と目を合わせて、


「中学生の僕がやってきた勉強は、高校受験に照準を合わせたもの、だったってことです」


 言った。


「僕には基礎的な学力が足りない……と思います。それでも、この高校に首席入学できたのは公立高校入試の類型問題で高得点をだすための練習ばかりをしてきたからなんです」

「つまり……天才クンの才能は、勉強、ではなく」

「はい。自分で才能っていうのはおこがましいですけど……試験の、が得意なんです」


 これはあくまで経験則ゆえの持論だが、「勉強」には二種類ある。


 基礎を押さえて、どんな問題にも対応できる学力を身に着けるやり方。

 もしくは、実戦的な攻略法を身に着けるやり方。もっと詳しく言えば、テストの型を覚えて、どの範囲の知識をつけたら得点しやすくなるかを研究していく方法だ。


 高校受験に関しては、後者に力を入れたってわけだ。


「はは~ん」と晴乃井先輩が満面の笑みを浮かべた。「そゆこと。へぇ~。凄いね、それは紛れもない才能だよ」


 で? と晴乃井さんは続ける。


「あたしたちの計画に、その才能はどう生かせる、っての?」

「種ヶ崎さんに、かなりの数の過去問を集めてもらいました」と、僕は過去問が入っているスクールバッグを右手で叩いて、「これだけあれば、対策は練れるはずです。もちろん、担当の先生によって作問のクセはあるかもしれませんが、たとえば英語の長文問題は毎年同じ参考書から出題される……などの傾向が見えてくる可能性は高いです」


 種ヶ崎さんが、ゆっくりとソファに腰を下ろした。


「僕はこれから過去問の解析と頻出問題の抽出をして、それらを晴乃井先輩へ提供しようと考えています。勉強面では凡才なので替魂では力になれない。けれど、試験の攻略は得意分野なんです」


 それから、


「これが、僕ができる唯一の協力、です」

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