第26話

全体として魔界塔士SaGa2とイデオンのパクリからなる。



この物語は、少年が虹の架け橋を渡る十余万年前から始まる。


第一部・プロローグ




知恵の女神イティリは、創世の余韻を鈍く帯びたメナズマの中をどこまでも落ちて行った。




『波紋』


「恒星間航行中の船外活動など正気の沙汰ではありません提督!」


科学士官グイブ・ゼイはデッキに響く声で叫びながらユーウック・オルト提督に駆け寄った、高分子製のぴったりとした薄い宇宙服がフィルム状分子頭脳を働かせて接合面の化学結合を解いて脱衣可能になると、上司はヘルメットを後方に撥ね上げて首を回した。周囲では未踏査の深宇宙の様々なマッピングデータを取る下準備のために部下たちが忙しく観測機器の動作をチェックし、コンピュータに調整の指示を出している。


「すまんな。だがダークフォール航法はどうせみんな「いっしょの方向」へ落ちるのではなかったかね?」


ダークフォール航法…これは全体をくまなく精神波発振素子に覆われた航宙船がメナズマの中に認識的別位相を張り巡らす事で船全体の系を宇宙全体の重力相互作用から切断し、外部の時空とトポロジカルに分離された「自由落下物」となり、光速の縛りからも解き放たれる航法である。


「今現在、通常宇宙はこちらを「認識していない」事をお忘れなく。位相境界面から少しでもはみ出れば原子が波束の散逸を起こします、そうなれば一巻の終わりですよ」

「ああ、わかっている。気を付けよう。だが通常空間以外のメナズマの観測が必要だったのだ、我々の宇宙がどれくらい深く病んでいるかが知りたい」


オルト提督は宇宙服の背部に固定していた観測装置をつついて見せた、全宇宙を満たしているメナズマ、精神の媒質である空間の性質が領域によってどのような状態変化を起こしているかが科学船イティリの主な調査任務であったのだ、ダークフォール航行中の別位相と化した空間に関しても厳密な調査のためにはいくらかデータを取る必要があるのだが、あいにくそのような観測装置は新しすぎて船には装備されていない。最新鋭のデバイスを使った門外不出の観測装置を借り受けたのは六年前だった、以降この船は休まず飛び続けている。


「提督、ここまで来て瞬時に消え去るおつもりですか?」


その時は船も無事では済まない。


「いや…。だが、ここまで来てこいつを十全に使わない方が惜しい、後で叱責を受けること間違いなしだが、片道六年だ、キャリアの三分の一を賭けた調査任務で得たデータに不足があっては生涯悔いが残る」


グイブ・ゼイは声のトーンを落として首を振った。


「それは私もです」


「データの解析が済んだら、後で名うてのサイオニック技師としての見解を聞かせてくれ」


オルトはゼイ中佐の肩に手を乗せてにやりと笑い、信念のこもった目で顔を見ると、腕を肩口から抜いて宇宙服を脱ぎ始め、その途中、眉をしかめると太腿のポーチから小さな包みを取り出した。


「ところで、船外で正体不明の機械生命体らしきものが親しげに話しかけて来た、これを差し出してな」


ゼイ中佐は目を丸くしてその手の上を見た。


「それは何だと?」

「解らん、向こうは誰かを探していたようだったがそれを聞く前に消えてしまった。単純な罠でなければ繊細な情報媒体である可能性も高いな。密封されたものだ、慎重に扱わせてくれ」


銀色の小さなその包みを訝しげに二度ばかり指先でつついてつかみ取る。


「まったく、私でなければ悪戯だと思う所でしょうが…」

「私も私でなければ幻覚だと思った所だ」


ゼイ中佐は下を向いてかぶりを振り、笑いをこらえた。


「ふう。こんなことばかりあるからこの職場を離れられないんです!」

「同感だ」



2




銀河では、【愁憂津波】による文明の大量絶滅が周期的に繰り返された事が分かっている、ある一定以上大きな文明は必ず絶滅する。


これが判明したのは連合が現実化してからだ、ダークフォール船無くしてはこの宇宙的な運命の崖は見えなかった。


愁憂津波のあらわれはその世界の知性体が進化した軌道を忌まわしい形で辿る、精神科学が魔術技法を大きく発達させた今では、愁憂津波も人の心奥深くの領域を蝕むものへと変化しつつあり、肉体的な恐れの顕れより危険なものとなった。


やがて我々の文明も愁憂津波の具現したもの…「魔」に食われて息絶えるのかも知れない。


この恐怖を祓う術は無いのか…。


通常の物理法則を因果法則を超えて確率的に偏向させる「魔力」の根源、精神エネルギーを扱うメナズマ科学はその高まりそのものを打ち消すキャンセラで顕れを抑制できると期待を持たせる、対象を成しているクオリアジャーゴンに合わせた訳のわからない個別の呪法を要する、魔物の心理的構造に対して抑圧や解消を導く符号化された心理的儀式を用いる魔術による封印よりも確実だ。


クオリアジャーゴンは、複数の同一種族個人間で内的体験を神経活動の観測において相同であるものについて共有できるようになって以降理解されてきた概念だ、まったく主観である「体験の味わい」において複雑で繊細な構造は、器具の出現まで共有概念化不可能だった。


それまでは外的に行動として見える儀式と、その内面的な意味は継承時に理解が断絶していた。


キャンセラでの抑制は異星環境にも適用できる。


だが、運命がそのようなもので圧倒できるのだろうか?




3



「星のアストルフィアが本船を拒絶している」


船長席のパネルに映し出された報告を見て、オルトは呟いた。

アストルフィア、とはメナズマに堆積した生命の歴史が生み出した、星の自然が持つ神格あるいは自律した知能である。進化史で生命が発達させた精神構造はメナズマに余波として残響し、その星の大気圏と重なる生命圏において固有法則を生む、それは少しづつ人間のようなものとは違ったスケールの知性体と化していき、「異界のもの」に対して拒絶する性質を持つようになるのだ。


その惑星、つい先ほど命名されたジェムル27には、かつて知性体が高度に発達したと思しき強さのエゴが備わっていた。調査のため大気圏に突入しようとした船を異物として押し返そうとしている、これは外部の生態に対する免疫機能であり、自然そのものによる魔法の発動である。


「慣性として抵抗が加わっています、まるで磁力線か弾力のあるゴムですよ、提督!」


航法技師が自動制御された推進力の変動を読んで数式化し、その特徴を的確なイメージにした。通常、それほど「目覚めていない」自然の異界に対する拒絶性は稲妻や暴風の形を取る、惑星内部に起きた異常に対しての排除感情を起こすのだ、だが、はっきりと「外から来たものを押し返そう」とし、それがこれほどの強度であるというのは…。


「ゼイ中佐、ここには何かあるな?」

「はい、少なくとも文明の痕跡が十四時代分あると解析されています」


探査技師らは頭の上半分をすっぽりと覆う「催眠表示装置」を装着していた、それによって高度に自動化された船の知能による調査と分析結果がその進行を記したログと共にゼイ中佐の認識と視界を流れ、モニターの視認による情報把握よりも遥かに高速に情報を共有している。人格の浅い情報化であり、元々他者との交感能力の高い者が訓練して初めて扱いこなせるシステムだ。ゼイ中佐は連合でもトップクラスのシステム適合性を示し、ほぼコンピュータの心を持っていると評される。


身体やそれに伴う精神の構造が近ければ近い程…要はシステム全体としての構築が似ているほど、両者の心身は深く融合する、そのために高等人工知能は人間に近付ける工夫を凝らして作られた、「催眠表示装置」のようなものは人間が船の思考を感覚的にも共感して追えなければ充分なものにはならない。


こうした進化はいずれ人を通常の生物の生ける世界から飛び去らせてしまうと言われているが…。


「十四だと!?」

「しかも連続した一系統種によるものではありません、地中スキャンで検出された生活具の分布と制作当時の自然環境、分類ごとの一般的形体の偏差の散乱からすると、約7600万公転周期の間に8つの全く異なる身体的特徴を持つ陸上動物が独立に文明を発達させたようです」

「そのような発見例はザルパール連合設立以来報告されていないな」

「カリアルは現在第五文明期でこれが最多ですね、しかもここジェムル27の生物相は亜人以外の知性体を発生させたようです」


その言葉にブリッジの幾人かが表情を硬くした。


「大きく異なる心性の文明の墓場か」


そうしたものは理解の及ばぬ「魔獣」の源として特に警戒されている、身体の形は心の形と密接に関係する、知性体の姿は通常人類に近く、それ以外のものは少なくとも連合の種族には居ない。


「ええ、ですから、メトロパシーによる調査には慎重にならざるを得ません、体系的精神汚染を受ける可能性があります」


惑星を司る神も違うだろう。


「まだ連合が石器時代のテレパスによって共有された夢に過ぎなかった十万年間、こうした異界は実在すると思われていませんでした」


そう言って船と共有する心象を眺めるゼイ中佐はデータに魅入られていた。



4



この宙域に着いて四年になる、一万六千光年の彼方にある連合の宙域との間にテレパス素子を含んだ即時通信回線があるため少しも遠くへ来ている気がしないが、無数に敷設してきた中継装置が失われれば完全に孤立する距離だ。


テレパス装置のようなものを「荒唐無稽」と言っていた原始世界の科学者らは因果的でない法則が時間を横切って存在している事が明らかになって顔色を失った、なぜ宇宙が数学的な確率論の思考で説明し切れない、横方向軸の時間流を想定せざるを得ない法則性に満ち溢れているのか、今でも確たる説明は付いていないのだ。


ここにすっかり長居している、今現在文明はどこにも無いという事が判明している、もう少し先に例のポイントがあり、遅ればせながら来年には向かう。




アレス6。


この宇宙で最も古いとされている金属板から読み取られた神の名を冠した惑星もこれで六つ目。


イティリが翼を休め、調査隊は数百度目の探索に出ることとなった。




「メトロスコープを三体連れて行く。コンディションのいい個体を頼む」


オルトは船の後方に位置する貨物区画の奥に今回の任務に合わせた拡張をされたメトロスコープ管理ブロックを訪れ、専門技師たちにそう言って、眠っている十二体のアンドロイド達を眺めまわした。


「最初から船長じきじきに?」


新入りたちに指示を出していた古株のノストウ大尉がこめかみに着けた小型の催眠表示装置を停止させて応じた、サイオニック技師としてはゼイ中佐と並ぶ男だ。


「これでも有用な学位はあるんだ、上からもたまには上陸して指揮を執れと言われた」

「そういう時、あなたが実は何を背負ってらっしゃるのか想像がつきますよ。本部の連中が高度文明でも嗅ぎつけていたんですね?それで航海計画が立てられ、こんな大規模な設備が入ることになった」

「やれやれ、察しの良すぎるのも勘弁してもらえないか…」

「優秀だが手に余るものを毎日管理せねばならなかったのでね、どうしたって思い当たります。新奇な学説を専門に習ってきた、頭の切れる異界人のような若いのを六人ですよ、この機材の山は以前のミッションにも欲しかったですがね」


ノストウは振り返りながら片手でブロック全体を示した、奥にはシステムのための予備部品や設置されていない何かを収めた箱が大量に積み上がっている、手前の入り組んだ装置群の間を歩き回って何かをしている新入りたちはいかにも鼻っ柱の強いエリートの若者や変人だ、歩く姿勢にすら内面がにじんでいる、もう六年もの間、相当苦労させられたらしい。


「で?どのような個体をご所望で?ご丁寧に様々な性格付けがされていましたよ、私のほうでは彼らに対する理解はばっちりです、どんな状況にも対応できそうだ」


人工知能は実際の働きにおいて価値判断に偏向を持つよう製造される、完全な合理主義だけで知能を機能させるのは社会性の意味で危険があるためだ。


「RD886は連れて行けるか?」

「ガラハドが調査に出るのは本船における常識というものですので」


オルトは口元に笑いを浮かべた。


「本部のコンピュータが何を思って我々をこのミッションに適任だと判断したのか、ここまで起こった事を考えると納得がいく。「いつも通りやれ」という事だ、あれは飾りなんだ」


拡張された管理ブロックを視線で示す。巨大データ解析による判断に対しては人間による判断以上に洞察的解釈が要る。


「なるほどね。提督、では二体の「お飾り」の方は?」

「私の常識で判断すればガラハドと同質な個体がいい、パターン分析がはじき出したろう今回の役割も掴めてきている」




5




「船の自己再生ループに破綻はない、誇張抜きに百万年住める家だ。銀河系を一周してやってもいいと思っているよ」

「実行するとなると不可能に近い話です」

「そうかな?」

「未知の領域に何が潜むかわかりません」

「それは不老不死の可能性だって潜んでいると思うべきだ」

「この調査をそこまで延長する気なら私は帰りますよ…」


オルトとゼイは上陸調査の合間にそんな会話を交わし、パワードスーツの中でそれぞれ茶をすすった。肌に張り付けられたダムパッドが尿酸や余剰水分を回収するので疲労感や尿意に悩まされる危険は少ない。スーツ内部の生体パターン強化によって負傷しても回復は早い、だが依然、防疫にはぴったりした気密性が要求される。


「まったく、茶もカップから飲めないなんていい加減何とかならんものかな?」

「全身を半日でドロドロに腐らせる病原体が潜んでいる可能性は常にありますから。現在だと百万年の旅はずっとこのやり方になるんですよ?」

「未踏査の惑星に到着したとたん当たり前に外に出て野生動物や果物にかじりつける大昔のSFの宇宙に転生したい」

「マルチ防疫アセンブラが研究中です、お待ちを」

「まき散らす方を防ぐ手立ては?」

「今のところ可能とも思われていません、バラバラと飛んでいく天文学的数の微生物を個別かつ絶対確実に把握してしかも絶対確実に不活化処理する絶大な能力を持ったシステムを小型化しなくてはならないもので」

「あーあ…」


「ガラハドたちはあの通りですが」


二人が座っている石から離れた所で、RD886・個体名「ガラハド」は、ポリマー製の簡素な着衣を纏っただけのむき出しの人間の姿で優雅に何かの羽虫と戯れていた、学生のように若い顔つきと無難に撫でつけられた髪型は十年以上少しも変わっていない。


「人間をやめるのも面白い選択だな」

「メトロスコープのドローンに人間の精神を全て移植するのは不可能です、神経系と全身の細胞に含まれる遺伝子の化学的繋がりが断たれる。精神体の欠損ははかり知れません」

「あれには神経系が移植されていたろう?」

「機能部品に過ぎないので認可されました、昆虫の神経系を使った化学センサーと同じです。現在のところ、精神感応可能な人格を持った存在は明白な主観を持つので倫理的に道具として構築出来ません、医療目的であっても禁止されています」

「人間は元来その固有の人間界の存在という訳だな、異界に存在するべきじゃない」

「なじむのに時間がかかるだけですよ…」



6



調査二日目の朝、オルトは悪夢から覚め、自室で脂汗の浮かんだ顔を洗った。


そこへ、内線が激しく鳴った。


『船長!至急中央管制室へ!!』


ハサカラ中尉だ、相当に慌てている。


「どうした?」


『船のシステム内で悪性のプログラムが増殖を始めました、急速に根幹部へ侵攻しています!!』

「対処は?」

『ダイレム少尉が調べていますが、既に医療用分子合成器を乗っ取って物理的なパイパスを構築されました、これに対してはブロック封鎖後熱処理を加え、分子合成器は全て破壊。サブシステムを起動してメインを完全にパージすれば正常化できると見込んでいます』

「そのやり方で進めろ、すぐブリッジに向かう」


オルトは青ざめた顔で中央管制室に飛び込むと、既にその場に居たゼイ中佐に状況を確認した。


「根幹は乗っ取られていないだろうな?」

「不明です。どこから侵入してきたものかも不明。魔の類として対応プロットを組んでいますが、既に一度乗っ取られた分子合成器は今後一切の使用を諦めるべきです」


オルトは溜息をついた。


「補給が不可能な状況でか。食糧の備蓄は足りているな?」

「最低限の人員を残し、大半のクルーが冬眠すればですが、船の基本的な運用規則通り帰還分は充分に確保されています」


「ならば結構。私に何かできるか?」

「至急、システムの全面的遮断を準備して下さい、コンピューターシステムの根幹をパージする権限は船長にしかありません」

「キーならここにある。個別のシステムの手動閉鎖を手伝おう」


持って来ていた鍵を見せると中央管制室の壁に行ってコンパートメントを開け、普段は決して操作される事のない物理スイッチの群れを次々とオフに切り替えた。


対処には半日を要した。



「チェック完了、全ての権限がサブシステムに置き換わりました」


ゼイ中佐、ダイレム少尉らが念入りに調べて安全を確認し、ようやくイティリは息を吹き返した。


「原因は依然不明です、船長、メインシステムにアクセスし得る船内の全ての物品の検証から始めなければなりません、帰還のためにクルーのほぼ全員を冬眠状態にしておく必要もあるでしょう」

「破壊工作など考えられないが…このような事態は検証を委員会に委ねなければならん、原状の保存のため、最低限のブロックを除いて封鎖している」

「調査は続行しますが…」


中佐は言いよどんだ。


「言ってくれ」

「システムに二つ目の予備はありません、原因不明の事態である上メインの修復が見込めない以上、ミッションは中止するしかないと思います」

「…本星との回線を開き、2000の定時から報告大会だ、ブリッジの全員と各部署の主任全員に状況をまとめさせろ、明日私が中止の判断を上申する」

「残念です、船長」

「私もだ、グイブ」


ゼイ中佐は最後にぽつりと言った。


「何か運命づけられたものを感じます」


そして去っていく背中にオルトも呟く。


「だろうな」


そしてパウダは尚も言った。



「私が私でなかったら夢だと思っていた所だ…」




7



ミッションから遥か後、ユーウック・オルトは自宅の裏で星空を見上げて物思いに耽った、夕餉の残り香が窓から出ていく。


現在の我々の文明は果たして十万年後も連合であり続けているだろうか?


過去は長大だが未来にはいつも風前の灯のような不安を感じる、これが杞憂であるという考えに自信が持てない。


あのミッションで、最早朽ち果てるのみとなった数百の遺跡を見た、一つの種族そのものである文明の滅亡はありふれた事態に過ぎないのだ。


しかもあれだけの数が、何も知らずに生み出され、何も知らずに滅んでいる。


私はその背後にある巨大な波を知っている。


もうすぐ、その始まりの場所へと再び向かう事になるだろう…






宇宙港でかつて部下に言ったのだ。


「私は行く末が見たい。退役して寿命を迎えたら宇宙で凍結状態となって待つつもりだ、今の我々が後にどうなったかは目覚められればその時知るだろう、我々は無為にこのミッションを行ったのだとは思いたくない、何かを得て滅亡を回避できるはずだ」



老人はせき込み、煌々とした月明かりに夢を思い出した。





8




ザルパール連合は、千年前の創設時から続く広域探査に時間探査能力を持つ装置を当初から使っていた、最初は「水晶玉」と変わらないような代物だったがやがて物理的に惑星間交流が可能な時代になると、それまで迷信と分かち難く結びついていた「魔力」の概念が宇宙に普遍の精神媒質「メナズマ」の科学となり、連合全体である一つの精神界と呼べるもの、惑星意識を超えた「ウルメラン」をその中に構築して行った。ウルメランを活用したサイコメトリーは太初の魔法種族「パラミラ人」の情報を宇宙の記憶から呼び出した。


巨大単細胞生物が精神感応する原形質として進化していった「スライム」や、物理的には飛翔不能な竜などは、そうした能力を惑星固有の精神であるアストルフィアとの繋がりに依存しているため宇宙を渡れず、異星では適合不能で生きていけないものが多い。


初期の「物理学者」は原子と天体の中間領域…形態の混沌世界である領域が桁外れの異常性を持ち得る事に驚愕した、物理的に観測可能である下限のスケールより下にその説明となる構造を見出そうとする論理的巨大建築が次々と企てられては虚しく残骸を晒した。


「物理定数の起源」と「メナズマ」は同等の謎だ。


どちらもただ現実としてあり、論理的解明をはねつけている。


古くからの魔法使いたちは今ではローカルな伝統芸能だ、そしてその力は文化的記憶が埋もれるにつれて弱まり、消えて行っている。世界の摂理からでなく文化的な精神場から力をもらっていた現実にうろたえての廃業が相次いだため、無数にあった結社の多くは消滅した。


サイコメトリー能力を持つアンドロイド・メトロスコープは、サイオニック技術の精華だ、宇宙の持つ記憶を人間の精神の形に感受するデコーダーとしてありとあらゆる面を人間に近く作られている。だが、知性と呼べる主観だけは与えられていない。



連合全体としての調査は、生まれては滅んだ無数の文明の遺跡を発掘してきた歴史だった、そして調査領域が拡大するにつれ、現在原始的な生命体が発生している惑星や遺跡の分布に物質的特性の分布からでは説明できない偏りが現れ出た。


それは銀河系の渦が見せる筋状の密度のムラや「腕」とは違う中心を持った【波紋】を描いていたのだ。


太古のいつかの時点でその中心からメナズマの中に強大な力が発生した、ザルパール連合をなす知性体種族もその現象が起こしている波紋の揺らぎに過ぎない…。



ユーウック・オルトはその調査を任じられた提督の一人だ。





-あの日、あの惑星-




「タキオン粒子他、時間的に負号を持つエネルギーも放射しています」

「反転した創造だというのか」

「全くの未知の現象です」


何もないただの空間上に黒い点が浮かんでいた。

ハサカラ中尉は船の観測装置を使ってその放射を計測し、あり得ない現象だと騒ぎ立てた。

アレス6には未知のテクノロジーの痕跡があった、我々よりも進んだ種族が更に高位の精霊も生んだだろうか、二日目の調査でユーウック・オルトはそう思っていた。


ガラハドは何かを視ていた。


「ムティ、あなたはかつて多くのものを断ち切った、しかしそうするべきではなかったとも思っていた。ムティ、あなたの宿り木の一つがその根を断った後、意思は果たされましょう…」


オルトの方をじっと見ながら、アンドロイドは語りかけていた。ムティ、そう呼びながら。



「ゼイ?」

「不明です、ガラハドは何かを幻視していますが、どの時代に意識を向けているのか特定出来ません。うぅっ!?」


閃光が走り、催眠表示装置をガラハドに直結させて直接内部の挙動を読んでいたゼイ中佐が呻き声を発して倒れ込んだ。


「ハサカラ中尉!一名負傷!ゼイ中佐が脳に損傷を負ったかも知れん!正体不明の閃光に見舞われている!!」






その時、音が、視野が、肉体が消えて「純白」の中で心に意味が埋め込まれた。



《連合へ帰還するのだ》


「何…?」


《これは障壁だ、創造の放射点へ向かってはならない》


「なぜだ!?なぜ我々の生まれた原因を知ってはいけない?」


《役割があるのだ、我々はそれを果たさなければならない、お前はあれを、お前たちの大神を育ててはならない。あれを止めるのだ》




それは一瞬の、彼我すら感じられない流れだった。ヘルメットにハサカラ中尉の悲鳴が届く。


「退避して下さい!!その場の全てが、時間すらもが消め--」


その先は「存在しなかった」。









第二部・少年編


モスコ村の少年が奇妙な商人たちの一員となって旅立ち世界を巡った後、やがて宇宙で本船でのおかしらと見習魔法使いユーディー(本名:ウルド)との出会い、別な惑星での活躍

を経て「宇宙を寸断している力」の存在を知り、光の大神殿【ビフレスト】に至るまで。


やがて「自分の光の柱」で遠い異界へ。



あらすじ


肥え溜めに落ちて全身ドロドロになり幼馴染の少女から心ない事を言われた少年は、翌日村の生活用品店で貯金をはたいて靴を買い、そしてついでに胡椒を一瓶買って家出してしまう。


行先は最近景気のいい港町モスコ。


日の入り前に山を越えて着きたいが、途中の峠には近頃狼が出るという。


少年はさっさと港町に辿り着くために峠を突っ切るが、目の前に噂の狼が現れた。


飛びかかろうとする狼に胡椒を投げつける少年。


狼は鼻づらに胡椒を浴びせられ、驚いて飛びのき、逃げ帰った。


「びっくりは大事だ」と、座り込んで一人思う。



夕方、港町モスコではダミ声を張り上げる物売りが居た。



酒場で港湾労働者を探して働き口を聞いて回る、しかし酔っ払いから返って来たのは「すげえ奴らが来てる」という話だった、店主に事情を話して倉庫の隅で一晩寝かせてもらう。


酔っ払いの話に聞いた「すげえ奴ら」は、ダミ声を張り上げる物売りとその仲間だった。


奇妙な船から商品を運び出して実演販売を始める。


遠い異国の魔法の品だという、石を切れる「全能包丁」や、どんなものにも根付いてすぐ花を咲かせる「根性草」。


物売りの女が古い石柱に種を投げつけると柱は花畑と化した。


「どう!?これが本物の魔法の力だよ!」

「すげえ…!!こんなものどこで仕入れるんだよ、あんたたち、どこから来たんだ!?」

「さぁて。魔法の国、かねぇ…」


少年は、驚異の力にすっかり夢中になっていた。


「ほら見ろ、こいつはスライムだ、生きてるんだ」

「うわっこのどろどろ、壁を登るのか!」

「ははっ、草むらで寝てると群がって来て食い物全部奪われる事もある、イナゴみたいに何でも食っちまうんだ」

「こーゆーのが出てくるおとぎ話知ってるぜ、でもホントに居たのかよ…」

「おうよ!世界は広いんだぜ、ボウズ!!やあやあこの珍品奇品!!皆さん見てっておくれよ!!」


そこへ、噂を聞きつけたという貴族。


「うひゃひゃひゃひゃひゃ、この船だな、ソールの船というのは…翼がないようだが?」

「あれは噂でございますよ、クラウン八世」


執事らしき男と、甲冑を着込んだ何人もの男たちを引き連れていた。


「そうか、ガッカリしちゃうなー」

「まったくです、大した品も無いようですし」


そこへダミ声の男が大声で呼んだ。


「これはこれは!!ブリック・ロード・クラウン八世!!我らが驚異の品に関心がおありとはご慧眼!!」

「フゥン、ボクを知ってるのォ?」

「クローマーランドのブリック・ロード・クラウン八世といえば、常識を超えたお方と我らの間で名声が鳴り響いております!!」

「これ、気安く声をかけるでないわ物売りめ!!」

「いーよいーよ、面白いもの売ってるね」

「はい、これなど石も鉄も斬る全能包丁にございます」


さっくりと石を切ってみせる。


「うひょーー、それちょうだーい」


下品な貴族は、バッと包丁をひったくった。


そして。


「ぎゃははははは、切れる!ボクにも切れるぞ!」


富豪は「全能包丁」でそこいらじゅうを狂ったように切りつけていった。


「ほい、代金である…」


執事が溜息まじりに金貨を指ではじいて寄こした。

その主人は狂乱していた。


「あいつ、刃物持たしちゃいけねー奴じゃん…」

「どうしよ」

「あーなると放っておくしかないのである。観念せよ、物売り!」


裏に回ってヒソヒソ話していると、執事はいつの間にかすぐそばの木箱に腰を落ち着けていた。とても落ち着いていた。


呆れかえる物売り一行、富豪は好き放題そこいらじゅうを切りつけ、逆らえばこんな小さな港は潰すと脅した。しかし少年が立ちはだかり、富豪を花まみれにした上で海に蹴落としてしまう。


「やるじゃん、気に入った、ぴーす!」


ダミ声を張り上げていた男もニッコリと笑うが、私設軍のような剣や銃を持った連中に追われてしまう、物売りや少年が船に逃げ込むと、船は帆を上げる事もなく海原を滑り出した。


「ひゃははははは!!もう港にゃ帰れねーなボウズ!!」

「しばらくここに居なよ!!ありゃあ意外とお偉いさんだよ!」

「俺の村、大丈夫だろうな…」


包丁売りと草花売りの二人が笑うが、少年は心配そうに港を見つめた。


「気にするな、「常識はずれ」で有名なんだ、撃ってきた連中は見当はずれな方狙ってた、お前があいつを海に落とした時にガッツポーズしてたのまで居たぜ!!」

「執事さんがうまく扱うだろうよ、ほうぼうであんな騒ぎ起こしてやがらあ!」

「ええ…?」

「くくっ、灯台に上った奴ら、俺らの逃げる方を見てるフリしてあいつがぬれねずみになってるのを笑ってやがる!」


一人は望遠鏡を覗いてニヤニヤしている。


少年は目をぱちくりさせて、貴族の様子を思い出し、けらけらと笑ったものだった。



「この船、帆を上げないんだ…」

「うん。それだけじゃないが、オドロキだろう?」

「びっくりだ」

「おうよ、それそれ。びっくりは人の目を開かせる!それこそ俺らの理念よ、驚異の【ワンダーフィーバー商会】のな。俺らのおかしらはすげえぞ…」

「あんた今日は帰らなくて大丈夫かい?」


草花売りの女が割って入った。


「ちょっと旅にさ。しばらく帰るつもりなかったから、渡りに船かな」

「そう」

「なんかあったのか?ボウズ?」


肥え溜めにはまって、だなんて格好がつかないのでそれについては黙った。


「ここで雇ってくんないかな?頼むよ」

「そいつは頼んでやってもいいが、おかしらとはしばらく会えねえ、お前は仮の身分てことになるぜ?決まった港もないウチだと将来、昔どこで商人やってたとも信用されず箔がつかん」

「いーよ。帰っても待ってるのは家の畑だ」


こうして少年は旅に出た。

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