第24話

-漸く、還ったのだ。本来の河へ-


















































「帰って来たよ、【おかしら】。多分いっぱいびっくりしてる奴が居るんだと思う」



まだ足になじまない靴が硬い感触で土踏まずから先を不均等に締め付けている、なけなしの財産で手に入れたのに山越えで表面はボロボロだ。


【今】、町は何もかもが切りつけられて石も木もガラスさえも同じに断たれた断面を見せていた。多くの住民たちはまだ家の中に隠れている。




《この時、私は旅立った。長い長い旅、「びっくりするような旅」へ》




「ビックリしたよなぁ…」(本当にビックリしたんだ)


少年は、縦に伸びる花園と化した石柱を眺めた。


噂に聞いていた彼らに出会って、あんな事をする度胸があった理由は今思うと笑えてくる。


空の彼方を見上げる。【浮遊大陸アカルディン】も、あの星も見る事は出来ないが。



「俺は家に帰るよ」



そうして両手を突っ込んだポケットの中に空になった胡椒の瓶を見つけてこれも笑いがこみ上げる、こんなものに命を託してここにやってきた!!



《次は何をやってやろう?本当に久しぶりの自由じゃないか…》



体の内に湧き上がる力を感じた。


旅から持ち帰ったものは沢山あるのだ、心が許すなら何でも可能なほど。



































「おかえり?」


背後から声がした、振り返って見る。


空中に人が浮いていた、杖に座って。



【ユーディー】。初めて逢った【魔法使い】。

銀髪、純白のマント、帽子、今乗っている大げさなステッキ。


薄桃色の頬と形の良い唇。



だがそれは今ではないはずだ、


「ユーディー。…まだ半年は前だぜ?何故なんだ」


答えは簡潔だった。


「私も帰ってきたから」


二人とも修行の旅に出され、帰ったのだ。向こうもかなりのものになった様子だ。


笑いかけて来た。


彼女がする【この表情をこの場面で】見た事は全くない。

宇宙の歴史を全て知っていたとしても、

私は彼女ではないから。


「そうか…本当はみんな知らない所に居るんだな。ちゃんと【外】に居たんだ…」

「どこの?」

「俺の【知ってる全て】のことさ、全部。何もかも見た気がしてたのに」


ユーディーは、何かを知っている優しい目をした。


「そうよ?でなければ、あなたっていう内側もないじゃない」

「あきれたな、そんな簡単な事か」


これから起こった色々。


大きなバツ印の付けられた海図。


星の海、【太古の秘宝】のあるところ。


様々な色と形をしたものに囲まれた導師。

やがて光と闇を共に呑んでしまうもの。


かつて星を呑み、


やがて【太陽を呑んだ】。



「何があったか知らないけど、こっちも色々よ」

「そうか、それにまだじいさんも生きてるんだもんな」

「そう…。私はそれは知らない」


ユーディーが屈み込むようにして顔を覗き込んだ。


「時制がおかしいのはお互いさまね、一体誰の意思?」

「俺も知らない…。こんなにものを知らないなんて久しぶりだ」

「さっきからそれどういう意味かしら?私は知らなさすぎるあなたしか知らないわ」


冬の静寂な月夜を思わせるアクアマリンの瞳にマゼンタの反射光を見せてクスクスと笑った。


この害意もないクスクス笑いは反感の種だったが、全てを可憐に思うようになったのは遠く離れてすぐ。


無理な試みから無限に殖えていった【装置】の事を考えて、苦しくなった。


「ユーディー…」

「ひさしぶりね。きっと、あなたにとっても随分になるのね?」














































この空間を成している全ての光よりも多くの言葉が出番を待っていた。


《どれでもない。》













































思わず差し出した手を、首を傾げながら親しげに握られる。相手がどんな人間だったのかをようやく思い出した気分だ。


《私はそれは知らない》という言葉は真実だろう、私は多くの事がやれるようになったが、全く【外】の情報を持って帰る彼女を好きに呼び出す事は叶わなかった。


決して帰らなかったものが何故帰ったのか?


宇宙を支配するよりも巨きな力は幾らでもあるのだ。



「教えて?私はあなたが【ビフレスト】の核の前から飛び立った直後までしか知らないの」


どれもこれも他人には分からない多くの記憶。



世界の殆どが失われたアカルディンに残された光と闇のかけ橋であった、光の導師の大神殿、【ビフレスト】。


あの鮮やかだった核の前で朗々とした声に読み上げられた原初からの碑文の響き。


それから流れ着いた奇妙な異世界、忘れる筈もない先生や「あいつら」(特に最初っからトタンをぶち抜く勢いで殴りかかってきたあいつ)、そしてあいつらがその後どうしたか気になっているいつまでも神秘なスルメのこと。



そして…。


《私のその後を決定付けた、【帰って来た時の出来事】。》


それらの続きだ。


まずはかつて遡った並行時空で無限にやったように力を見せつけてやる。


整合性の問題から本当にはやれなかったが、今ならこの私として。


私はこうして私の運命を生きるために、外力が要ったのだ。


私は与えられたこの意思を生きる。天命を。




















『道理を外れて目の前だけを変える力。そんなものはいくらか界の象限を超えられる存在になった時に身に付くのだ、異界に伸びた法身の能力差に過ぎん。それでは神界の力には遠く及ばない。おまえを識っておられるかたのある事を忘れるでない、帰依せぬものには天も地もない』


《…まことに真実であったことだ。》



















「ああ。随分長くなるけどな…本当に色々な事があったんだよ、年寄りが語る思い出の一億倍もだ!!」


「核に与えられた光の軌道は途方もなく複雑だったみたいね、お互いこの姿も忘れかけてたものじゃないかしら」


《そう、あれの起源は恐らく姿の見えない上位の者たちだ、恐れ入った、まさしく秘宝》







今は空が黒ずむほどに高い。







「ま。その前に一度家に帰るよ」


「送るわ、乗って。そういえば初めてね、あなたの家に行くのは」


「そうだな」



本当にこれはあの日の続きだ。






-そして【少年】は思っていた、《あの無窮さをまた見てやる》と。-







「なあ」

「うん?」


人違いてことはないだろうが念のため。


もし無量大数分の一くらいな確率でそうならちょっとした騒ぎになるが…


「ユーディー、パンツは今でも白なのか?」

「ずっと白よ、どうかしたの?」


この反応、まったくもってユーディーだ、間違いなく。


あんまり変わった気がしないでもない。






「そうそう、これ、預かったわよ、【向こうでのお友達】に。また別な所でだけどね」


ユーディーは腕を真っ直ぐに伸ばして差し出した。


声が出なかった、その【幼稚な見かけの杖】に、初めて手にした力に。


後から【不器用に彫り込まれた言葉】には感情を揺さぶられる。


これもまた【外】だ。


「私もとても懐かしかった…」

「こいつ、そう。こいつでいい…」


視界が滲む。


先生やあいつらの所に居て重要な事を学んだのに、帰ってきて忘れてしまっていた。


あの一発を頬に受けるまで。



「私も、『行為すること』について、【ある先生達】との遠洋漁業で色々奇妙に学んだわ、人がすべての果てでやがて何になるのかっていうね。それについても話しましょう」



不意に、ユーディーの肩に小さな人形が立っていた。


『ゲット!!ザイン!!』


そいつはそう叫んで拳を突き上げた。


「がんばれ、って言ってるわ」


反対側の肩にも、【人間とはかけ離れた形のやつ】が立って、何か複雑な「手」を振り上げていた。


私はそれらをよく見た、原始的だがとても深い【底の知れない所】から沸いているような奇妙な魔力を感じたし、それに…。


「なに?」


見つめているとユーディーが小首をかしげた。


「【イオドラーンの聖空間闘法】に似た力を感じる」

「まあ!…全然知らない!!」


彼女は楽しげに笑った。


「そいつらの事も話してくれよ」

「勿論。本当に奇妙で興味深いことなのよ…」





【私は、私の本当の時間に帰った今、それが極めて大切な内容である予感がしていた】






「本当に漁船に乗ってたのか?きみが?」

「おかしいかしら」

「いや。俺はつい最近もっと変な所に行ったから」

「なにその自慢げな言い方」

「教えてやるよ、真の驚異の事をさ…」

























-凡ての光に道を。-





















【扉】を閉じ、ベテラン刑事はその場を去った、あの先は誰にも触れ得ないものとなったからだ、【扉】には魔の太祖【不生性】手ずからの徴が施された、それは侵すべからざるものに付けられる。中に居る彼ら以外が係ること、知ることができない唯一の物語。


-彼にもそれが付けられた【扉】が、そして誰にもこうした【扉】はある、宇宙政府、そして宇宙警察の最も重要なものへ続く【扉】だ。-


「しっかりやれよ」と、後へ続く18億歳の若者に声援を贈った。

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