第21話

昼下がり、ふとっちょの中高年が長年座り慣れたデスクで愛妻弁当を食べ終わり、爪楊枝でシーハーしていた。


ちょっといい調子でラジカセから曲を流す、完全無欠にロックンローラー気分。


ジリリリリリ


電話。


右手で尚シーハーしながらけだるく手を伸ばす。


「ハイ私ですよ。どったの?」


『神だが』


眉根がぐっと持ち上がり、受話器は手首のスナップで叩きつけられた。


ガチャン!



















ある領域で、数億年に亘って一つの文明が栄えていた、ここでは物理法則を形成している時空間の基本構造上、長年月の進歩にも関わらず未だ物理の根幹が揺るがされた事はなく、それはこの領域の堅牢性であると同時に知性にとっての逃れ難い桎梏ともなっていた。


技術的に現段階より先に進もうとすれば一度宇宙全体の構造を一つの機械として組織化せねばならぬほど錠はしっかりしていたが、彼らはそれをこじ開ける試みに着手していたのだった。



銀河系並に巨大な質量を持つ形成物が並んだ領域に、突如大質量が出現した。



彼らの観測網はそれが一つの銀河系である事を捉えた、他の宇宙から入り込んだものである事は明白に思われたので調査が開始され、即座に無数の観測機械が近づいて行った。


内部に居ると思われる知性との接触を試みた第一波の観測機械群は一定の距離で破壊された。


その後あらゆる手段で信号を送信しても、返答は無かった。


第二波はかなりの距離から状況を見守っていたが、次第に範囲を拡大して何らかの手段による破壊を受けた。


相互的破壊という現象に無頓着な程の無私の存在である可能性も調査されたが、破壊の選択性や能動性が確かめられてそれは消滅した。




《敵対的意思》を確認するに至って年老いた銀河間文明は身を固くした、まだ知性が種族ごとに分かれて別々な肉体によって存在していた幼い頃の悪夢が甦り、ほとんど消滅しかかっていた戦時態勢というものの記憶を呼び出して、物質的次元での守りを備えた。




やがてたった一つの恒星に過ぎないと思われる規模の何かがその銀河から離脱して来た、銀河間文明は歴史上初めて戦艦からなる艦隊というものを生み出し、慎重にそれへ差し向けた。


勿論、そこに含まれる兵器にも艦隊そのものにも素人的な所はまるで無かった、戦争については、銀河間文明として誕生する前にそれを放棄するに至るほど知悉していたからだ。


生態学はごく初歩的な推論によって相手を、「種族間文明として十分に成熟するに至る前に高度な技術に達した存在」だと告げていた、発生した宇宙の初期条件の違いがそれをもたらしたと結論され、遥かな太古に過ぎ去ったはずの「歴史」が別な物理法則によって襲いかかって来た事を理解した。



開戦。



侵略者の装置、地球的スケールにして一光日の規模のその構造体は一つの太陽系の広さの空間そのものが機械化され、その内部では時間もエネルギーも一つのメカニズムの「部品」であった、内部に対して何かが干渉しても、歴史修正が通常の機械の自己修復と同じに行われる。


銀河間文明は自らの技術の到達点である兵器を用いていた、エネルギーの存在確率操作による破壊である。


確率波の乱れを引き起こす場を放射し、物体もエネルギーも混沌とした配置に粉砕する兵器や、器械的「コヒーレント装置」では放射不可能な縮退物質の密度を持った莫大な力線を投射する兵器、そういったものがこの宇宙での現実的限界だった。


それらが天文学的な数量立ち向かったにも関わらず、侵略者の装置には破損の兆候が見えなかった、瞬時に恒星を蒸発させるような兵器群を繰り出していた防衛側は、自らの宇宙の環境が大きく破壊されていく危機に直面した。


彼らの物質的リソースの多くがそれに費やされた。


文明に所属している知性たちは超小型の媒質しか物理的基盤の必要のないものと化していたので、莫大な複製となって偏在する事で長期戦を耐える事にした。



宇宙と宇宙が角突き合わせていた。



そして、侵入者の銀河、円盤部が七つ重なった直径三十万光年の暗黒の渦は、全宇宙の銀河系に向けて一つづつ、数兆の装置を放出した。暗黒の渦自体にはまだ九割以上のそれがあった。



抵抗軍は、そのたった一つの装置が、複数の銀河にまたがる自らの領域に含まれる全文明拠点に力線の雨を降らせ、強靭な確率波操作の防壁に護られた星を防御不能のそれが砕き、張り巡らした超空間の構造を破断させ、全てを破壊し尽くすのを見た。



暗黒の渦は抵抗力の程度を知り、この宇宙で声を聞かせるに足るだけの水準を持つ全ての文明に降伏勧告を送信した。



互いの存在すらほぼ全く感知していなかった彼らは、見知らぬ超文明が滅び去る様子を送りつけられて何重もの驚愕に見舞われた。
















「ああん?何だこのヒビ」


モニターを見て、中心の席に居る操縦者の一人が指さした。


「ヒビじゃなく何かが写ってるでヤンスよ…どうやらそれがハブ次元空間を通せんぼしてるでヤンス、侵攻軍が設置した要塞でヤンスね」

「ちょーきゅーに大きいよ!!でヤンス」


小さい操縦者の男女二人が複数のモニターに多重の焦点深度で表示されている膨大なテキスト情報を読み込みながら答えた。


「百億年前の連中が誰も居なくなって連中がクモの巣張ったってとこかよ」

「あれの向こう側がワームホールの入り口ヤンスな。ヒエー、よくこんなもの作ったもんでヤンス…どこまでスクロールさせても端がないでヤンス!」

「超超超低エネルギータキオンレーダーの視界いっぱい!!」


「そうかよ!デカイっていいよな!!!」


中心の操縦者は目をギラつかせると重要そうなスイッチをガツンと殴りつけた。


「コズメッグ、インクルージョン!!」


命令に応え、次元ディファレンスエンジンが高次元から生み出された宇宙卵を飲み込む。

並んだ操縦席の後方で何やら泣きながら食べていた女が悲鳴を上げる。


「この上更に何する気だペッチャあ!?」

「決まってんだろ、ぶっ潰してやる!!」


その意気に応えて、エンジンの機関に突き刺された手甲付きの長大な魔剣に力が宿る。


メカの構造を無視して中心に存在する切っ先がビッグバンに更にその力を与えた。


エンジン内で爆発したエネルギーは、相転位の解放を待ちながらロボットの拳に乗せられた。

ギラついた目が見開かれ、小さい女子が隣の男子にキャッキャと抱きついて二人で何か準備操作をした。


「行くぜ!大宇宙パンチ!!」

「おうーーっでヤンスゥ!!」

「ひゃっほう、ポチっとな!!でヤンスー」


楽しそうな三人を見て一人が絶叫する。


「原状復帰不能なことやめれーーっ!!」


ロボットが百万光年を瞬間移動して拳が敵要塞の表面に叩きつけられる。


ズバァッ!!!!!!!!!!


「ドリームキーパー」、一千億光年を超える大きさの超弦でできた網状機械の中心に直径三メートルの剛拳が叩き込まれ、一瞬でインフレーションしたエネルギーが網全体を焼き尽くした。




虚無の広がりに閃光が溢れる!!

宇宙が新たに始まる!!





グオオオオオオォォォォォ…


キーパーがあった領域の先、激烈なエネルギーに満たされたワームホール空間を、ロボットは突き進んでいた。



「向こうへ出るぞ!!」

「アニキ、ワクワクするでヤンスーーーッ!!」

「ふんふふーん、れっつらー」

「帰りはどうするっぺやーー!!」


「シラネーー!!がはははははははははは!!!」



















「でだ、何で俺は非番の日にお前に乗ってこんなトコでアンパンかじってるんだろうな?」


「でかい捕り物なんだからしょうがねえチ」


巡査はぼやきながら相棒の操縦席で遅い朝食を口にしていた、特に何も賭けない徹マンという無味乾燥な暇つぶしのような行為の途中に無線で召集され、仮眠もなしにパトに乗っている。


「手が赤い」

「変なもん触ろうとするからチ」


蟹のごとき赤さの手のひらをじっと眺むる。


深夜の事だった、署に帰ってシャワーに向かう途中で何か真っ赤なものを閉じ込めた檻が台車に載せて運ばれて行くのに出くわしたのだ、あんまり見ない光景なので傍の奴に声をかけた。


「それ何?」

「んー?トゥリヤのデカが捕まえたんだって、これから取調べ」

「はー、超地平犯かよ、初めて見るわ」


檻の中をよく見ると、小さい角の生えた男が胡坐をかいてご立腹だった。


「わけわかんねーから手出すなよ、噛まれるかも知れんぜ」

「食い逃げ?」

「イヤ、食い逃げ犯にこれはねーでしょ、なんか俺らの想像を絶するコトじゃね?」

「どっから来たんだよこんな赤一色のやつ」


そいつとそいつの着てるもの全部と、周囲の空間までが完全に「赤」に包まれていた、見ていて気持ち悪い。


「さああ。どっから湧いて出るんだか。通常の意味での異次元空間と超地平は直交関係だっつうから、なんかナナメ上の方だろ」


そう言って手をWの字にすると、取調室に連絡した。


「おーお、スゲエなコリャ」


檻の端を握ると、中に居た奴がさっと手を伸ばして引っ張ろうとしてきた、その手を払い除けた時に「色移り」としか言いようのない現象が起きたのだ…。



「あのペンキ塗りたて野郎…。なあ、コレ本当に無害なのか?」


手をひらひらと振ってみせる。


「物質的には何も起こってねえチ、「赤く見えてる」だけチよ。接触するとうつるもんだから檻に入れられてたんだチ、二三日ちゃんとシャワーしてれば消えるチ」

「ペンキじゃねえかよ…」


巡査は目をしばたかせた。単なるパトロール用なのでシャワーもベッドもないケチな仕様の相棒である船は現場から適度な距離の惑星大気表層に居て、緑がかった暗い空が見える、寝ててもこいつだけで仕事が終わるのだが、公僕である手前居眠りは許されないのだ…。


大あくびしていると署からの指示が届いた。


「マーツ巡査、及びシターケンⅣ-1701。持ち場に向かって下さい」


「了解」

「出ますチ」


火星警察マイコレーゼ級警邏用宇宙船シターケンⅣは、長年の改良による高度な設計でコンパクト化された三メートルの船体を現場に転位させた。























-次元崩壊宙域-



暗黒の渦から放たれた侵攻装置の最初の一つが激戦を行った領域は、時空間構造が傷つき、熱的破壊の荒波が光の速度で広がりつつあった、だがそれは領域の規模から見れば静止しているも同然である。


そこにかつてあった銀河系の残骸の中には先住者の知性体がどうする事も出来ないまま生き延びていた、現段階の技術的可能性を飛び越える手段が失われ、対抗不能の敵が着々と支配の手を広げるのを観測していた。




ロボットは暗黒の渦から離れた位置にある、時空の乱れたそこへ出現した。



「侵攻軍の機動要塞があるでヤンス、ここは既に文明の破壊された銀河…周りでも十七個も銀河が破壊されたみたいでヤンス…!!」

「ひでえな…、どれだけ死んだんだ」


ロボットは光るガスの嵐の中に居た、爆発した恒星の灼熱の残骸だ、操縦席を取り囲む壁一面にその光が広がっている、レーダーは縮退物質で装甲された無数の巨大装置の残骸も捕えていた、それらの質量だけでも小さな銀河系に匹敵し、すぐそばに広がるボイドの中心、遠く一億光年の彼方には銀河系数個分の構造体があった。


「宇宙規模の文明が滅ぼされたようでヤンス、犠牲者数は想像もつかないでヤンス」

「時間を遡って見てみるね…」


小さい二人は神妙な顔つきで忙しく装置類を操作し始めた。


「こっただ戦いに手ぇだしてただなんて…」


一人が青ざめた顔で首からかけたペンダントを握りながら呟く。


「これはごくごく一部のはずだぜ…!!」


中央の席の操縦者は腕組みして破滅の光の中に居た。


「暗黒銀河は十年前の時空に転移してたみたい、一番激しい戦いは…」


その頃が表示される。



機動要塞・七重暗黒銀河のその百兆分の一の戦力である恒星兵器は、数兆の巨大戦艦からのほとんど無限のエネルギー密度を持つ砲撃をものともせずに逆に圧倒していた、ここでは天体は嵐に巻き込まれて吹き飛ぶ木の葉に過ぎなかった、いくつもの太陽が、ただの光る泡の塊のようにひしゃげながら吹き飛ばされていた、惑星など微粒子のチリのようなものだった。


抵抗軍もまた強大な文明ではあった、エネルギーの存在確率を操作してほとんど瞬時に天文学的数の艦隊を創造し、恒星がなすすべもなくちぎれて吹き飛ぶ衝撃の奔流にも銀河じゅうにあるその無数の拠点は持ちこたえていたからだ。


激戦はマイクロ秒で数えられる局面を数年積み重ねた。


そして、抵抗軍の拠点と残存兵器全てに破滅の雨が注がれた。



数分、一部始終の針の先ほどのものを見せられて、操縦者たちは厳しい戦いを覚悟した。



「さ、予告編も済んだ所で本編に行こうぜ」

「やっぱりアニキはいくでヤンスか!!」

「たりめーだ。がはははははは!!」


笑う男に向かって恐る恐る質問が飛ぶ。


「どこへいくズラか?」


「アレ」


男は親指で「黒い影」を指した、そこには七重暗黒銀河の影がかわいらしい「えねみー」の表示と縁取り付きで表示されていた。


「そこまでは望んでないっぺ…」

「そうだったか?だってホラ、あのアイテムのお陰で…」

「もういいもういい。忘れるっちゃ!!」

「そうはいかねえ、こんな面白いこと放り出せるかよ!!」


ガクン、と、外の景色が流れ始めた。ロボットは前進していた。


「手始めにあいつらを滅ぼしたやつから潰すぞ、今どこだ?」

「あっちでヤンス!!」

「よし!!ワープだ!!」

「アイサーでヤンス!!」


ロボットはワープした。
















星の海の中。


「脅迫状出しまくってるて?」

「ゴールデンの番組に割り込んで冗談だと思われてる場合もあるみたいチ」

「バカなのかね」

「あんなもんでひと様の宇宙に乗り込む奴等なんかバカしかいねえチ」

「だいぶ暴れたみたいだな。まあ俺らも勝手には動けんがさ、じくじたるもんがある」

「全部に介入すると歴史支配になってしまうチからな…」


マーツ巡査の視線の先にはただの星空が広がっていた、前方の表示にレイヤーをかけると、裏と表に三段づつ円盤が追加された巨大銀河が表示された。数百万光年先の光景なのだが、あの銀河は十年前まであそこに無かったのだ。


「さて、本隊の方は突入したかな?」

「アンダーカバーの刑事が主犯をぶん殴って拘束したらしいチ、末端を絶対逃がすなていう指示が出るチな」

「はいはい…。指示待ち指示待ち」


頭の後ろに腕を組んで、巡査はのーんびり構えた、たまにあるこういうでかいヤマは刑事が主役であって、叩き出されて逃げる蜘蛛の子を逃がさないのが巡査らの役目なのだが、追跡能力が高い警邏用宇宙船が大した武装も持たない小者を取り逃がす事はまずない。


「明日ピクニックなんだよなァ…」

「長男くん十歳だったチね、走り回られると大変な年ごろチ」

「あいつも体力付いて来たから、睡眠不足だとキツイんだよ…」


巡査はハンドルの上にダーっと突っ伏した。


「マージャンなんかやめるチ」

「古い連中が誘うんだよ、断ったらギクシャクするし」

「そういうのも虚礼チなあ」

「あークソ。おカタイてのは嫌だわ、将来は安泰だけど」


からいガムを口に放り込み、ガツガツと噛んでから脱力する。


「寝たらだめチ」

「ハイハイ」


座席に座りなおし、指示を待った。















惑星に匹敵する質量を持つ超エネルギービームの乱射を浴びながら、その烈風に負けずにロボットは拳を突き出して立ち向かっていた、光よりも速く。


「ダァァァい宇宙ーパンッチ!」


殆どまっ平らに思える球状の時空機械の表面にロボットの拳が叩きつけられ、それが対処するには莫大過ぎるエネルギーが内部機構を焼き滅ぼした、熱で機能の失われた時空機械の高次元残骸は、セーフティ機構で別宇宙に排出されて行っている。

ビッグバンのエネルギーは流石に受け止め切れないらしい。


「侵略してきたこいつのコアが必死にこの宇宙守ってるとか笑えるでヤンスな、ヒャハハハハハハハハハハ!!」


指をさして笑う。


「あん?そうなのか?」


パンチを放った本人は全く気にしていない。


高次元機械は一光日というサイズにも関わらず、全体が幾何学的対称性を見せる崩れ方でブロック状の影のようなものとしてバラバラと散って消滅して行った。


「中心核が出てる!!」


時空を支配している機関の中心核たる恒星大のメカが支配領域を崩されて露出していた。


「意外と脆いじゃねえか…」

「何でガッカリしてるんだガネ…」

「たぶんあれなら剣でいけるでヤンスよ」

「よっしゃ、中に居る奴がどんなもんだか見てやろう」

「途中の空間にまだ何か居るでヤンスが、突っ切るでヤンスよ!!」



ロボットは中心核表面に降り立った、円状、渦状の構造が表面に浮き出ている、重力のない質量ゼロの灰色の何か。それは模様を激しく活動させながら、時折強烈なビームを放っていた。


「規則性も何もない…受け止めきれないエネルギーが漏れてるみたい」

「断末魔でヤンス」


体の表面に宇宙服となる力場を纏った状態で、魔剣を手にした男が降り立つ。


「斬れるかな?」


剣に気合を込めて振り下ろす。


ジュガン!!


力が放たれて地面を引き裂いた、そのまま円を描いて回す。


何千キロもの長さの切れ口が生まれて、その内側がやはりこれも幾何学的な崩壊の仕方で消えて穴を生じた。


だが今度は急速に閉じて行く、コアだけあってまだ生きているようだ。


「突入するぞ!」


男が急いで乗り込み、ロボットは裂け目の中に飛び込んだ。


内部は柱の林立する多層構造だった、光と闇のドットが極限まで細かく混ぜ合わされた灰色で全てが出来ており、その層を破壊して突き進み、最終的に「誰かが作った」という事の分かる機械的領域に到達した、規模からすると驚きだが、部材の元素を測定すると約二十億年前にそこから時空間を組織化し始めて全ては構築されたのだと判明した。




そこには、回転しているらしき灰色の球体が固定されていた。


全てが人間の常識的サイズだった。



「それには魂があるがや…信じられん事だガネ…」


いつの間にか降りてきた女が、空中のそれに向かって手を伸ばしていた。


「多分、あそこの…」




ガシイィィィィン!


魔剣は機関の中心核の更に始まりであるものを貫いた、球体の灰色のちらつきが停止していく。


「どれだけの命が消されたんだろうな」


剣の柄を握ったまま、男は消えゆく動きを凝視した。



「活動停止。この魔物はもう息をしてないでヤンス」

「あっけなかったな」

「まだまだ宇宙じゅうにいっぱい居るよー」

「どうすっか…な!!」


ぐん、と剣を引き抜いた。


周囲には惑星だった頃のわずかな残骸が漂っているが、それ以外のものはここには何も無かった。





降りた二人が戻ると、ロボットは次第に消えていく灰色の光の構築物の中を、入ってきた裂け目へと飛び去った。


球体の下には文字の彫られた石板が埋め込まれていた。





「さーて、あのデカイ要塞どうするかな…」

「流石にあれをこのロボットひとつで相手にするのはあぶねえ気がするでヤンス」

「調べてみたけど、あれの中にこれと同じのが百ちょーあるわ、ひゃくちょー」


手をぱたぱたさせて数字がいっぱい並んだモニターを指し示す。


男は眉間に皺を作って腕組みした。


「百兆なんて数と戦える訳がねえ…」


「不可能だべさ」


暗い顔をしてコンロで餅を焼き始める。海苔の佃煮の瓶を用意していた。



「いっぺんに爆破できねーか?」



























物理定数を変え得る機械装置。


それがこの宇宙には実現されていない。


「魔法」の可能性はまだ閉じている。


アンダーカバーが保護対象に指定している宇宙群に類し、今回の歴史離散は住民への「告知」パターンの一つと解釈できる…。


だが、終極の側から見てこの時空間で起こった事がその後どれだけ豊かなものとなるのか、に関しては考えても仕方がないのだ、それは本当に何でもあり得る。


「あり得なさ」は、歴史離散のために解釈者の内に設定されるに過ぎない。



シターケンⅣは自分に割り当てられた通常業務をするだけである。




「逮捕状が一挙に出たチ。署からも捕まえに行けって言われてるチ。さ、行くチ」

「おう。やってくれ」


シターケンⅣは暗黒銀河の中心に向かって転位した。




『こちらは、うちゅうけいさつですチ、武装銀河の中枢システムに逮捕状が出ています、速やかに指示に従い、うちゅうけいさつ警察本部宇宙に出頭して下さいチ』


シターケンⅣは暗黒銀河の中心領域に転位すると、息がかかる程の目の前にある中枢システムに直接信号を送りつけた。

極めて大きな機械の内部で、何らかの装置の塊に数十センチの距離から。


中枢システムの内部は激しい混乱に見舞われた、多重の防壁でワープをシャットアウトしているはずの中心部に外部からいきなり侵入された上、相手は「うちゅうけいさつですチ」だったのだ。


《いかなる手段によっても侵入者を排除せよ》


暗黒銀河全体に強大な意志の力が渦巻いた。


「抵抗の意思を見せてるチ」

「めんどくせーな。ちょっと代われ」


マーツ巡査はマイクを握って宣告した。


『繰り返す。我々は宇宙警察である。逮捕状が出ている。お前たちは逮捕される。うちゅうけいさつ警察本部宇宙に出頭せよ。抵抗は無意味だ』


《排除せよ》


「だめチ」

「まったく…」


シターケンⅣはその場に留まったが、暗黒銀河中枢の方が泡を食っていてちょっとずれた位置に転移した。


太陽系数千個分の空間とエネルギーが組織化された大規模構造が、全長三メートルのシターケンⅣを凝視し、威嚇した。



クエーサー並のプラズマが大量に放たれ、光よりも早く電磁場と重力場の激流となって押し寄せたが、そんなものはどっかのスーパーに食料品を卸している輸送船にだって弾き飛ばされるものでしかなかったので、もちろんパトロール船は微動だにせず無視した。


しばらくすると似たような「巨大エネルギー攻撃」を、ぐるぐると輪のようにリサイクルして流して当ててくるようになった、ブラックホールを作ってシュバルツシルト半径に押し包んで来るなどといった無駄な事も色々された。


「もう輪っぱ付けない?」


巡査はうんざりしていた、強制的に連行すると横暴に見られるので、ある程度説得をし続けている必要があるのだ。


「自首の判断に時間がかかるとかチ」


シターケンⅣは必死の抵抗を静観していた。


「寝てていいかな?」

「だーめチ。仕事チ。もうちょっとやらせて説得しとかないと宇宙警察は弱い者いじめしてるて言われるチ」

「えぇー?あいつすげえ大規模じゃん…」


巨大な相手には充分考える時間をくれてやらないといけないらしいのだ。


相手は物理定数だ何だをいじり始め、一般的な銀河外宇宙船だと破損するような時空破壊ビームを撃って来たりブラックホールもとろける熱線を浴びせてくるのだが。



その時、外部から五十メートルもあるようなおおきめのロボが飛んで来て銀河系中心付近でビッグバン並の爆発を中枢にぶつけた。


対処のために七重銀河系全体が身じろぎする。


「あれ?なんか喧嘩始めたな」

「そうチね」


反撃されるロボット。だがけっこう頑張って善戦していた。


「あれヨソから来てるな、ここの宇宙のじゃないわ」

「銀河外飛ぶ船の自衛用チか?えーと…ああ、ヨソの第Ⅲ期政府の認可記録で百億年くらい前の製品チ、宇宙強盗撃退用だからまああのくらいは大丈夫チ、熱規制がすげえ甘い規格だから派手に暴れるチ」

「珍走すんのねー。製造元ずいぶん遠いな。その上すげえ年代物だな」

「拾ったっぽいチ、署で聞くチ」


いいタイミングで逮捕しやすくなったので、二人は動く事にした。


「行こうか」

「うん、輪っぱかけるタイミングチ」


しゅっ、と、光と熱と電磁場がもう等質化してきているエネルギー地獄の激戦宙域に割って入る。


『こらーっ、喧嘩するんじゃないチ!ちょっと署に来てもらうチ、システムの方は逮捕だチー!』


双方に向けて発信すると、時間の流れをプランク単位でループさせる輪っかを七重銀河系全体の領域とそこから発進した全宇宙の侵略兵器全てに掛け、時間停止させた。時空操作技術をもってしても宇宙警察船の時間停止機能を無効化する事は出来なかった。


「おつかれー。さ、しょっぴいてこ」

「手間かけさせやがってチ」




大宇宙を震撼させた直径三十万光年の七重暗黒銀河は、全長三メートルの小型パトロール船シターケンⅣに拘引されてうちゅうけいさつ専用の時空である別宇宙へと消えた。


後には静寂が残され、この宇宙自体本来の歴史が再開されて行った。





「今回の何だったの?急に。噂も出てなかったぜ」


座席にグデーッと座りながらマーツ巡査は相棒に尋ねた。

シターケンⅣはアンニュイに答えた。


「一週間くらい前、どっかからしつこい電話があって、『神だが』ガシャン『神だが』ガシャン、ていうやり取りが半日あって、銀河系本部署長室の電話の受話器は砕けたそうだチ。イタズラにしてもどこからなのか掴めなくてあまりにもあやしいからよく調べたらでかいヤマが出てきて、今回アンダーカバーまで動いたチが、お偉いさんもたいへんチね」


「強盗団がこんなもん180億個もこさえやがって。お陰で俺らみたいな辺境のおまわりまで捕獲に動員されるじゃねーか」


「どっかのさえないオヤジ達がちょっかい出さない限りあいつら放置みたいな有様だったチから、怠慢と言われるかも知れないチ」


「御手柄ってのかね?」


「いんや、やろうとしてた事がトゥリヤの管轄で前に一斉検挙された精神寄生体連に近いチ」


「やれやれ…」


「主犯格はアンダーカバーのゴリゴリの刑事ていう、ちょっとばかし鍛えてる程度じゃ絶対敵わない相手にぶん殴られてしょげてるらしいし、武装も全部押収したからこいつらは終わりチ。こんな強盗どもはそれこそ無限に居るチ、宇宙警察の仕事が無くなる日は来ないチよ、定年までがんばれチ」


「あーだるい。ピクニック誰か代わってくれー。ウチは子供三人居るんだよ…」


こうして、大規模宇宙強盗団は壊滅し、180億の七重暗黒銀河はシターケンⅣらの活躍によって時間凍結された状態で逮捕されたのだった。宇宙警察がもし無ければ、こうした強盗は全ての次元において支配者となっていたのである。








宇宙強盗、つまり、人様の宇宙を暴力で奪おうとする不届き者による強盗犯罪は後を絶たない。


宇宙警察は法と秩序を守るため、こうして日々卑劣な犯罪者と戦っているのである。

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