第16話

無限に広がり、かつ、分岐しつつある時空の中で。







「さっきから宇宙怪獣どもがこっちを認識してるから話し合いを開始したジャリ、毎秒47兆回のやり取りが続いてるジャリ」

「そんなに何話すことあるんだよ」

「向こうもある程度何でも見えるセンサー持ってるから言い尽くせないいろいろジャリなあ。約一千万という筐体数の群れの中に一つの中枢個体が居て、全体を代表してるジャリが、あちらは要するに『ここには安住の地を求めて来てるからお前ら出て行け』と…」

「良くないな」

「ジャリ」

「結論出そうか?」

「あー、クソ、計算不能数使って話題すり替えにかかりやがったジャリ、やりとりの時間稼ぐなんて何が目的だジャリ…」

「どうした?」

「ウヤムヤにしようとしてるジャリな、そーはいかねえジャリ」


毎秒47兆回、という言葉が虚しく思えるくらい「話し合い」は長引き、宗盛と清子は各部屋の掃除と洗い物とを済ませ、まだ荷ほどきしていない引っ越し荷物の置場のレイアウトをチラシの裏に図を描いて話し合っていた。


「食器棚ここで良いじゃん…」

「あれお婆ちゃんから貰ったけど色があんまりさあ。木目もなんか夢に見そうなのよね」

「アパートに居る時流しの右横にずっと置いてただろうが」

「あそこ狭かったからよ。使わなくていいかな」

「何だよ、折角奥まで運んだのに…」

「システムキッチン全部入るからさあ」

「あのー、午後三時のおやつタイムジャリ…」

「捨てる?」

「駄目よ、職人の一点もので高いんだから。第一嫁入り道具じゃないの!」

「そうだっけ」

「昔の知り合いだからタンスに付けてくれたのよ、まだ生きてるし売るのも駄目」

「いつかまた使うしな。あれの上這ってるゴキブリ何匹も叩き潰してキレイじゃないけど」

「叩き潰してるの!?」

「逃げ脚速いんだよゴキブリは。お前やったこと無いから知らんだろうけど」

「気持ち悪いぃーーー!!」

「いちいち洗剤つけて拭いてるよ」

「ホントによく拭いてるでしょうね!?」

「だから、それなら自分でやれよ」

「イヤよ!!」


ピンポーン

ピポピポピポピポピポ

ピンポーン

その時、玄関で乱雑にチャイムが連打された。


「あっ、あいつ帰って来たな」

「え?もうそんな時間経った?」

「三時ジャリ、おやつタイム」


清子が玄関のドアを開けると、清宗のランドセルが勢いよく飛び込んできた。


「こら!投げるなって言ってるでしょう!!」

「ただいまぁーー!!」


そのまま靴を脱ぎ散らかしてドタドタと走り込み、真新しいカーペットにダイブ、クロールして這って居間に滑り込み、ちゃぶ台の脚にタッチした。


「ターーーッチ!!」

「お帰り」

「行儀悪いわぁーー。あなた、「お帰り」じゃないわよぉーー」

「仕事中?」

「うん、父ちゃんな、働いてるぞ」

「嘘!ダラーーッとしてるじゃん!!」

「それがな、働いてるんだ!これが宇宙の仕事だ」

「マジで!?」

「ああ」

「清宗!!靴下真っ茶色じゃないの、脱ぎなさいそれ。先にお風呂入って!」

「今日靴履かなかったのか?」

「脱いでグランド走った」

「なんで?」

「チーター速いけど靴ないじゃん、無いほうが軽くなるから」

「脱いだら速かったか?」

「うん!」

「そうかーーー」

「ターーーッチ!!」

「タッチーーー!!」


父と息子は何だか良くわからないハイタッチをした。


「お風呂入りなさいよ!!」

「ほら、風呂入って来いよ、宇宙怪獣退治やるんだぞ今から、見せてやる」

「えぇ?マジで?」

「マジでマジで」

「秒速で出てくる」

「背中も洗えよ」

「うん!」


清宗はその場でものすごい速さで裸になり、風呂へ走って行った。


「これ!散らかして!!」


清子が脱ぎっぱなしにされた服を拾い集めている。


「いい子ジャリなあ。あのくらいの年ごろが一番かわいいジャリ」

「だよなあ…」


宗盛は幸福そうにニンマリと笑った、苦労の多かった家庭生活も、我が子を育てるためと思えばこそ生き甲斐を感じて来たのだ、大人だけだと生活苦があると辛気臭くなるが、そうならずに居られるのも子供のああいった騒がしさのお陰だ。


手のかかる騒々しい子供はかわいい。


子供が笑っていられる場所を確保出来ているなら、自分はやるべき事をやれていると感じる、仕事なんかより遥かに…。


いつかこの事を解って頼もしい大人になれる様に、実際にそれを与えてやるのが自分の本当の仕事だ。会社のためは世間のため、世間のためは我が子のため。


「あいつ最近、学校で宇宙護身術ていうの習っててさ、手からビーム飛ばす技覚えて来てるんだけど、あれで怪獣退治ごっこやるんだよな、だから本物見たくて仕方ないんだ、後で映像見せてやって」

「男の子は大昔からそうジャリよねえ…ゴリラとか大きくて強い動物見ると大喜びするジャリ、向こうと上手く話しがついたら近くで直に見られると思うジャリが」

「動物園なんか遠足でしか行ってないもんなぁ…」


宗盛は寂しげに呟いた。


「実際の宇宙怪獣に会うなんてそうない体験ジャリよ。やってみると退治は結構大変ジャリが、ああいう年頃は友達ともビームで遊んでるもんジャリ」

「んー。でもあんまり友達居なくてな…、ヨソはみんな塾行くんだよ」

「行かせたらどうジャリ?」

「月謝出す余裕無くて。俺が宿題見るのあいつが寝てから。清子も寝かしつけてから夜勤に出てたし」

「苦労したジャリな…」

「塾行かせてもあいつ勉強嫌いだし、かえってストレスためて良くない気もする」

「中学受験とかするジャリ?」

「そんなイイトコ入れられるかな…」

「賢そうジャリ」

「今の仕事続けられそうだったら考えるわ。知り合いの町工場の専務とこの前釣りに行ってあいつ気に入られたから高校出たら入れてもらえるかもな。こういうツテでも作っとかないと今時は」

「どうジャリかねえ…町工場も今どこも潰れてってるし」

「先の事だよなあ…。今は気にせず遊ばしてやりたい」


清子が拾った服をかかえたまま話に参加する。


「赤松さん、おたくの会社どう?こういう仕事って正社員のない?」

「いや、正社員は今全員オフィスに引っ込むか在宅でシステム管理やってるジャリ、現場仕事丸ごと無人化したり非正規にしてるし、社員も夜中に叩き起こされたりしてキツくてすぐやめてくから「誰にでもできるノウハウ」しか会社としての実体がなくなりつつあるジャリ、将来的には…外資の傘下に入ってもっと人員絞られてく雲行きだって、下のほうの役職持ちが噂してるジャリ、そんなん言ってるてバレたら左遷ジャリが」

「どこともそんななのね…」

「この仕事定年六十だけど、それまでは無いな…」

「十年くらいは続けられると思うジャリ、ここに居ると質量合成し放題なんだから稼いだ分大半信託とかにしといたら老後ウハウハになれると思うジャリ」

「銀行預金が三百万くらいになったらそうする。アドバイスもらえる?」

「あー、それ違法になってしまうんジャリよ。参考書くらいなら教えられるジャリが」

「それでいい」

「お願いします」

「わかったジャリ」


三人が話していると、船は宇宙怪獣との対話を終えていた。


「おっ、連中と話がついたジャリ」

「どうなった?」

「んー、どうも誰かが直接話しに来いとか言ってるジャリ」

「えー?もしかして俺ら?」

「そういう事ジャリね。こういうの見かけだけでも人数は出来るだけ少なくない方がいいジャリ」

「夫婦で行くか」

「アナタちょっと、そういうの社員さんのやる事じゃないの?」

「それが、この業界そうでもないんジャリよ…。あっちこっちに関して違法スレスレの努力しねえとやっていけないジャリ。運送業はキノコ屋の中で独立採算としてやってるから常にカッツカツでやらされてるジャリ。おやつ休憩中だけど手当付けるから行ってもらいたいジャリ、こういうのタイミングが大事ジャリから」

「しゃあねえな…」

「怪獣相手に喋るなんて、どうするのよーーーー?襲われたりしない?」

「通訳は船が宇宙服通じてやるジャリから。ちゃんとバリアも張るジャリ」

「なら行こうぜ。危険は無いんだろう?」

「すみません、お願いするジャリ」

「それでどこで会うんだ?あの惑星?」

「あそこに丁度いい平らな砂漠があるからそこでって、言ってるジャリな。一般的な火星人の身体強化プラグインでも対応できるやさしい環境ジャリけど、一応宇宙服着てくジャリ」

「宇宙服て、あの着るの面倒だってやつ?お化粧どうしようかしら」

「いや奥さん、今は着てるものごと中に直接転送するだけジャリ、お化粧してて大丈夫ジャリよ」

「お前、宇宙怪獣と会うのに化粧の心配かよ」

「そんなの関係ないわよ、ちょっと化粧品入れたバッグ持ってくるから待ってて。あ、あとそれと先月の水道料金支払いの紙どこやったかしら…」

「まったくなー」


清子はさっさと自分のものにしている洋間へ向かった。


「出かける時になるとこういうのばっかりあんだよなあ」

「細かい用事とかも直前にいっぺんに思い出してやろうとするんジャリよねえ…」

「何でかねありゃあ」

「家守ってる意識から来ると思うジャリ」

「ガスの元栓とかバスに乗ってから聞いてきたりするんだよ、「締めたかしら?」って」

「テキトーでいいジャリよそれ。自信に満ちた返事すれば」

「こっちも気になんだよな…あれやられると」


暫くして、清子は膨れた小さいバッグをトートバッグに入れて戻った。


「これ持っていけるかしら?」

「大丈夫ジャリ」

「手提げ持っていくのかよ」

「しょーがないじゃない。あ、ペットボトルの水も要るわね、砂漠だもん」

「取りに戻んなよなー」


またしばらくかかる。


「相手怒らない?こんなのと行って」

「気にしないと思うジャリ」

「あーもう。野っぱらにでも遊びに行くみたいに…」


その後、清子はティッシュとハンカチなども取りに戻った。


「準備OK」


バッグの中身は充実していた。


「じゃ、宇宙服の試着するジャリ」

「さっさとしてくれ」

「いいわよ」

「いくジャリよ、すっぽり収まるジャリ」


宗盛と清子は宇宙服の中に転送された、場所は密閉ドック。

熱汚染防止のための「節光子」のため暗いが、アネルギー吸収自己複製型知能原子集合という特殊質量で構築され、約一キロの空隙を開けた格子状の枠組みが見た感じ十キロ程度上にも下にも奥にもどこまでも伸びて鈍く緑色に光っていて、その柱の途中に宇宙服などを置いた広さ三十メートル四方ばかりのプレート部分が交差ごとあった、全長数キロ大までの小型艇を多数収容できるが、今は何もない。


「うわ、これパワードスーツっぽい」

「それは怪獣のところ行くんだものね」


転送先で着せられていた宇宙服は分厚く、ヘルメット部分が存在しなかった。


「これヘルメット無いのか?」

「それ、内蔵された質量から必要時にヘルメットを瞬間形成するジャリ、破損しても瞬時に修復されるし、要らない時は消せるから邪魔にならないジャリ、着心地はどうジャリか?」

「うん、窮屈ではないな、動いてみないと分からないけど、これで良いと思う」

「思ってたより余裕があるわね、重いんだと思ってたけどすごく軽い」

「身体の動きに合わせて変形してるから締め付けや抵抗や重みが掛からないんジャリよ、空気みたいな快適性を目指して作られてるジャリ。パーソナルバリヤーがあるから無くても良いモノジャリが、船外活動時に物理的にしっかりした防護機能のある作業着を着用させるのは会社としての義務ジャリから、今後必要な時には着てもらう事になるジャリ」

「規則規則だなあ…」


仕事場に声が響いた。


「お母さーん!!パンツ裂けてるーー!!」


誰もいない仕事場に全裸のままの清宗が飛び込んできた、手にブリーフを持っているが、前に公園で裸になって走り回っていて破けていたのを縫った所が開いていた。

密閉ドック内の二人に赤松が伝える。


「清宗くん、パンツ裂けてるって言ってるジャリ…」

「あれ、さっき取り込んだやつだけど、風呂場の前に置いてたのは?」

「置く時よく見なさいよ、何ーーーでもテキトーなんだから…」


清宗は母親を呼んだ。


「おかあさーん!!」


赤松が清宗の目の前に小さなキャラクターとなって自身を空間投影して応じる。


「お母さんとお父さん、今別な所で宇宙服試着してみてるジャリ」

「なんで?」

「お仕事ジャリ」

「どっか行くの?」

「うん」

「どこ?」

「砂漠」

「宇宙怪獣退治でしょう?行ってみたい!」

「危ないジャリから…」

「ええーーーー。つまんない!」

「そう面白くもないジャリよ」

「約束したもん」

「しょうがないジャリ…」

「おとうさーーーん!!」

「映像つなぐジャリ」


赤松は同時に密閉ドックに居る夫婦にその対応を見せていた。


『どっか行くの?』

『うん』

『どこ?』

『砂漠』

『怪獣退治でしょう?行ってみたい!』


「あー、これは連れて行かないと後で暴れるな」

「見せてやるなんて言うから…」

「説得できるならお願いしますジャリ、2.5秒後に宗盛さんが呼ばれるジャリ」


『おとうさーーーん!!』

『映像つなぐジャリ』


周囲の空間の片側が居間の光景になり、仮想的に空間が接続した。


「怪獣見てーよ!僕も行く!!連れてって!!」

「ごめん、危ないってさ…」

「ダメよ、おうち居なさい!」

「いーく!いーく!いーく!ぜってーーーそっち行くから見てろ!!」


清宗はダダをこね始めた上、どこかへ走り去った。


「もー。あの子聞かないから…」

「あー、赤松さん、いいかな?清宗に怪獣見せてやって」

「いいけど、怖がるかも知れないジャリよ?」

「怖がるくらいの方が良いわ、ちょっとはおとなしくなると思うし」

「じゃ、子ども用のも用意するジャリ…。今の心理反応からすると長期的情緒不安に繋がるトラウマ等を抱える可能性は皆無という分析結果になりますが、これは人権に係る宇宙法規に準じての雇用契約上の取り決めに従い体内への一切の走査を行わず外形的に判断させて頂いた結果でありますので、本件によるご子息様への健康、並びに精神的影響の一切については、親御様の自主的な判断による結果とさせていただきますのでご了承下さいジャリ」

「わかった。親としての責任は持つよ」

「仕方ないわね…、連れてかなかった時の方が情緒不安定になるんだから」


一辺657キロもある正四面体の船内のどこかに居る両親を自力で見付けようと家から飛び出した清盛は、八キロ立方あって火星の自然な森林と全く見分けのつかない居住区画の「外」を走り始めていた、高い空に綿雲が浮かんで光度が完全再現された太陽も光っている。


「清宗くん、怪獣見に行っていいジャリよ」

「え!?いいの!?」


行っていいという言葉に清宗はピタッと止まり、目を輝かせた。


「でも、いきなり退治するんじゃなく、お話しに行くからおとなしくしてるんジャリよ、怪獣だってよそに引っ越してお友達と楽しく暮らす権利あるジャリ」

「やった!」

「宇宙服あるから、これから試着ジャリ、そのまま動かずに…」

「よし、怪獣!!」


フッ、と転送が済むと、清宗は子ども用宇宙服に身を包んでいた。


「おお!?宇宙服!!」


喜ぶ清宗。


「もう…。遊びに行くんじゃないのよー?」

「分かってる分かってる!!」

「ホンットもう、この子は…」

「砂漠なんだからな、甘く見るなよ、清宗」

「えー?うん。アイス持ってっていい?」

「冷蔵庫の中に無いわよ、一昨日三つも食べて。木曜にならないと買わないわよ!!」


地元のスーパーは木曜にアイスを四割引きにするのだ。


「ええー?俺ミイラんなるー」

「ないんだからしょうがないじゃない!!」

「アイスー」

「ないの!!!水持っていくだけ!!」

「ガマンなガマン。もう一昨日いっぱい食べたんだからしょうがない」


両親が子に節制の大切さを教育している。

しかし文明はその努力を嘲笑った。


「あのー、そこの待機所のフードディスペンサーで何でも出力できるジャリよ?ここに住んでる限り、全部パブリックドメイン扱いの規格のやつジャリが食料品日用品何でもタダジャリ。会社が環境省に質量合成権料納めてるから」


一家を衝撃が襲い、母は驚きを隠さなかった。


「え?そーなの!?」

「何度も説明してることジャリ、真空エネルギーを当たり前に使ってよその銀河まで進出しといて未だに貨幣経済でエネルギーや質量循環させてわざとほそぼそと文明を運営するなんてことしてる種族、宇宙にはほとんど存在しないジャリ。そういう変わらない力が異常な文明はほんとうにごくまれジャリ。わが社は火星だけでやってる訳じゃないから従業員はその規範を一部免除されてるジャリ」


改めて説明され、清子は複雑な顔でニヤついていた。

清宗は不思議そうにした。


「どうしたの?」

「アイス何でも食え!清宗。今日から毎日ステーキだ」

「いい所へ入ったわねえ、アナタ…。赤松さん、フードディスペンサーの使い方教えてくださる?」


清子は新婚旅行中にも見せたことのない、幸福に満ちた穏やかな表情で初めて見るフードディスペンサーを操り、愛する子のために、慈悲と愛情に満ち溢れた微笑みを浮かべてものすごく高級そうな「アイス」を選択すると、冷却機構付きのパッキンケースに入れられて出てきた、ワッフルコーンに芸術的に乗っているそれをトートバッグに仕舞い、軽く化粧を済ませた。


「出かけましょうか」

「そうだな。行こう」

「宇宙怪獣ってでかいかな?」


待機所を出た夫婦は腕を組んで手を握り合い、息子は目を輝かせていた。


「清宗くん、宇宙服、きつかったり暑かったりしないジャリか?」

「うん、やんごとない!」

清宗の声の抑揚、表情、生体電場、文脈、そういった要素は【肯定的な感情】を示していた。

「それは良かったジャリ。じゃ、ジョナサンの砂漠地帯に転送するジャリ、どう受け答えするかはサポートするジャリ」

「よーし、仕事だ!!」


一家は、何の緊張感もなく宇宙怪獣との交渉の場に赴く…。



転送…





轟ッ!!!!!!!!!





「おいいいいいいいぃぃぃぃ!」

「うぶわっっっっ!!」

「うぇぇぇ!!」


気を抜くと飛ばされそうなものすごい風が吹いていた。赤松は声だけになって付いて来ている。


「んー、この風圧はバリア要るジャリな…。あんまりこちらの科学力見せて警戒さしたくないんジャリが」


一家の周りの風が止んだ。


「身の回りだけ分子運動制御したジャリ」

「ぶふぇっ!口んなか砂でいっぱいだァ…」

「いやーー、砂まみれじゃないの…」

「砂漠!!なんか暗いけど夜?」

「ここはいつもずっと夜の星ジャリ、大気組成はほぼ二酸化炭素。太古の火山活動によるのがそのまま残ってて、温かい環境にしてるジャリ。酸素が無いから火は燃やせないけど、体内のプラグインで対応出来ない大気ではないジャリ」


宗盛は妻子の無事を急いで確認し、辺りを、上を見た。


「上見てみろよ、清子、清宗。すげえな」


空には見事な「銀河系」が出ていた。それに近くにある無数の星の大集団からの光が地球の満月よりも明るく地上を照らしている。


「これは確かにロマンチックだわ」

「すぅーーーげぇ。銀河じゃん…!」

「ここは銀河ハロー内に位置する球状星団のはずれジャリ」


地上に立って丸ごと一つの銀河を見たのは初めてだ、それは室内で画像として見たのとはまた違っていた。地平線に遮られながら、視界いっぱいに天文写真のようなものが迫る。確かにそれは今立っている大地などよりあまりにも大きいのだ。巨大過ぎる宇宙のスケールを、その輝きはそれがごく一部に過ぎないにも関らず、一家の心に刻みつけた。


「そらピクニックにも来るわ。火星人てな貧乏くせえな…」

「よその文明圏に行きましょうか、こんなの見てアパート暮らしで終わりたくないもん」

「そうだなあ…」


夫婦は将来を思案せざるを得なかった。


「おお、もうすぐ宇宙怪獣の群れの頭脳様がここにご到着ジャリ…」


センスオブワンダーの感動に酔いしれる一家に、しかし赤松がみなぎる緊張感を以て告げる。


「お母さんアイス」

「はいはい」


母子は普通に物見遊山していた。


「ちょっと、お前らなあ…。これから「人みたいなの」と話すんだぞ」

「それあなたの仕事じゃないの。私たち付添なんだから」

「あそこの石座って食べよ」

「お母さんもそっち行くわ」


母子は離れた所の平たい石の所に行って腰かけた。


「まあいいや、仕事は親父がやるもんだ…」

「ジャリな」


「じっとしてろよ清宗ー!!」

「え?うーーん!!」


清宗は初めて食べる豪勢なアイスに夢中になりながら父に応えた、甘ったるい匂いの濃厚なバニラアイスにストロベリーや香り高いナッツが混ざっていて、ウエハースやカラフルなチョコチップがトッピングされている。


「で?相手どんなのォ?」


「何ちょっとへこんでるジャリか。これから来る交渉相手は群れの中だとすんごく小さいけど身長70キロジャリよ」

「十分デカイじゃないか」

「宇宙怪獣て天体ジャリから」


その時、サ、と銀河光が遮られ、上空が黒い影に覆われた。

しかし音もなく、遠景にその黒い影は聳え立った。


ちょっと想像を超えたものがまた目の前に現れる。


「宇宙怪獣」とは生き物に違いないのだろうがその足元は地平線の遥か彼方、見上げれば真上に首らしきもの。画的衝撃が銀河系と変わらない。


「でっけーーーーーーーーーー!!!!!」


それを見た途端、清宗は「じっとして」いたが、声の限りに叫んでいた。


「こらっ、静かに!!」


清子が叱るが、そんな小さな叫びなどあれに関係ないだろう…。


「うぉい。すげえな。あれと話すのか!」

「あいつ、慣性制御してよく見える位置に静かに降りたジャリ、重力も打ち消して地殻が沈まないようにしてるし、構成物質が平凡なくせにヨユー見せてるジャリね」


シラーっとした感じで赤松は言った。


「どうした?スゴイんじゃないの?」

「直接口きくと分かるジャリよ。さっそくなんか言ってるから音声に変換するジャリ」


大音量で、それは聞こえた。


『誰の差し金じゃこら。豆粒!!』


声が響く。


「第一声を翻訳したジャリ」

「ええぇぇぇぇーーー?」


『何とか言いさらせ!!』


「これ対話の余地なくない?」

「ツラ貸せ、と言われたジャリ」

「どうすんだよ…」


『殺すぞ!!』


「マジこれで群れの頭脳なのか」

「元々兵器ジャリから…」


『何とか言えっちゅーんじゃ!!』


聞いていた清子は眉をひそめた。


「なにかしらこれ」

「不良だ!」

「あんまり聞いちゃダメよ」


息子の両耳を塞ぐようにする母。

父は困っていた。


「どうすんだ…」

「回線繋ぐジャリ、耳で聞いた通りに言うジャリ」


宗盛はしぶしぶ話す事にして、腹をくくった。


「あのー、立ち退きの件ですけど」

『あ?やっと返事しよった。それはできまへんな』


『しかしそれはそちらの違法占拠でして。ジャリ』

「しかしそれはそちらの違法占拠でして」

『ワシらが住む言うたらワシらのモンでっせ、そら当たり前でっしゃろ(笑)』


『それなら当方が立ち退けというなら立ち退きです。ジャリ』

「それなら当方が立ち退けというなら立ち退きです」

『ええ度胸や。気に入った(笑)』


「ここに何か必要なものでも?」(上記と同様指示による)

『この位置でないといかんのや、ちょっとした用件でな』


「それまでは動けない?」

『そうや。ほっといてもらおうか』


「用件が済んだら帰るんですか、ここも世間の往来なんで」

『その時次第やなあ。気に入ったら住むし。それはあんさんの決めることやあらしまへんで(笑)』


「もっといい所があれば、引っ越して貰えますか」

『ワシらの住むとこ世話してくれるっちゅうんか』


「ええ。宇宙政府としても、宇宙内の全員に出来るだけ快適な住環境を提供したいからと、わが社からはそうお伝えするようことづかっております」

『ほな役人がこいや。なんであんたなんじゃ?』


「宇宙政府に関連する企業は、公共に奉仕するのも業務の内ですので、我々は半ば公的なものです、宇宙は極めて広大ですので、政府機関のみでは処理し切れない数量の案件が出ます、相手様を軽んじて政府機関直属の職員が対応しないのではありません」

『ああ。ようは下っ端の下っ端やわなあ、あんた』


「しかし、正式に公共の利益と安全を維持する行為の執行権を代行する権限も与えられています」

『こわいなぁ、それ。それ言われたら話し合い終わりちゃうの?』


「ご検討下さい、我々はパトロール権を有する宇宙政府の治安維持機構に「半ば属して」います」

『ちょっと考えるわ』


宇宙怪獣は静かになった。


「どうなった?アレ」

「んー。あいつら仲間内でネットワーク持ってて、でかい共通のテーブルに思考スレッドとレスの群構造構築して意思決定してやがるんジャリよ、太古の「ネット掲示板」というやつそのものジャリ」

「それどういうの?」

「ガキの遊び場ジャリ。軍艦ゲームとピンポンダッシュとポーカー合わせたみたいな相手をイライラさせ合うゲームとか、知識を読み込んだ量とか解釈の深さを競い合って相手をイライラさせるゲームとか、そういう「イライラゲーム」が何通りも編み出されてヒマな若い連中が現実そっちのけではまり込んでたジャリ」

「役に立たなくないか?」

「意志決定装置としてはからきしダメジャリな」

「そんなんと交渉かよ…」


宇宙怪獣の回答が木霊した。


『やっぱ飲めんわ(笑)!!!』


大声でそう言うと、背景いっぱいの銀河を背負った宇宙怪獣のシルエットは僅かに沈んだ。


「あいつ、図に乗ってるジャリ…。四秒後に強震が来るジャリ!!」

「なんで?」

「反重力止めて着地しやがったジャリよ」



ゴゴゴゴゴゴゴゴ


「うぉ!?」

「ケッ、こけおどしやってやがるジャリ」


暗いの中での大きな揺れだった、とは言え、まっ平らな砂漠のことである、何か落ちて来る訳でもない。


『ワシはここ動かんからな(笑)!!くそして寝ーや!!』


「どーする?…」

「ふん、あいつに関してだけ重力定数でも書き換えてやるジャリかね、動かねえつもりなら星の中に沈めて…」


その時である、清宗は悲嘆の叫びを上げた。


「うわーー!!アイス落ちたーー!!」


揺れのせいで、清宗は手に持っていたアイスの本体をコーンから落としてしまっていた。まだ半分以上あったそれは、無残にも足元で砂と砂利にまみれているのだった。


「あっ、服汚してないだろうな…」

「あれぐらいで済むような事でイキってやがる小者ジャリ」


赤松は宇宙怪獣をせせら笑った。


「あらあら。もう、せっかく持って来たのに…」

「くっそぉ…!!あいつ…!!」


清宗は宇宙怪獣を睨み付けていた、立ち上がってアイスのコーンを持っていた右手を下に向けて振る、その指先まで伸ばした手に淡い光。宗盛は表情を曇らせた。


「ん?清宗怒ったな、ちょっとマズイか?ここ公共の治安フィールド無いよな?護身術のビームって、光線だし確か結構飛距離あったよな?」

「あ、止めて欲しいジャリ。人間様の自己防衛行為に抑制利かす権限私にはないジャリ、あの子たぶんそれ分かってやってるジャリ、フィールド無いとアレに届いてしまうジャリ」

「おーい、清宗ぇ?ここケンカするとダメなとこだから、ちょっ」


その瞬間。


「貴様は俺を怒らせた」


ものすごい座った目で冷たく言うと、清宗は光を帯びた手刀を、地平線の彼方から星の領域まで聳える宇宙怪獣に向けて下から切り上げた。




少年の手の放った閃光が、闇のうちに星々を抱く天を裂いた。





ジュバッッッッ


『グブッ!!??』


「こぉらっ!!清宗っ!!」



清子の叱る声がした時には、宇宙怪獣の巨体の上半身は見事に斜に両断されていた。


『あかんがなあぁぁぁあぁぁぁああぁ!!!!』


大きな山脈ひとつぐらい、数兆トンはあるだろう金属質の肉片が大スケールのために見た目ゆっくりとずり落ちていく。


「ありとあらゆる波長と符号化方式のすげえ断末魔ジャリ…」

「だろなあ…わーお。大破壊。」

「あーあ。子供怒らすからジャリ…」


やった清宗は小首をかしげた、小学校で習った宇宙護身術の技にやけに桁違いの破壊力が出たからだった。


「あれ?」


右手を見る。


そして、


ズバババババババババ


「うぅおおおおぉぉぉぉぉぉおおお!!」

清宗は両手を激しくピストン運動させてビームを乱射し続け、崩れ落ちていく宇宙怪獣の肉体をこれでもかと言わんばかりに粉微塵に粉砕し続けた。


「アイスで相当キレてるジャリな…」

「普段いいもん食わせてなかったからなぁ…」


「きーよーむーね!!やめなさい!!」

背後から清子が抱きかかえるようにして暴れる息子を押さえつけ、「帰ったらまたあげるから!」と諭した、清宗は目に涙をため、口をへの字にして、遠くで空中を落ちていく、自ら葬った宇宙怪獣の残骸を憎々しげに見ていたが、母親が頭を撫でてやっているとおとなしくなった。


「基本的にはいい子なんジャリね」

「うん。たまに復讐の悪鬼だがな。婆さんから言わすと子供時分の俺そっくりて言うんだが、俺にはあの怒りっぽいのは母親似としか…」

「そうジャリかなあ?…可愛らしい子ジャリが」


赤松は見たのだが、ビームの乱射を始める一瞬、清宗はニヤリと、およそ子供らしくないぞっとするような笑いを浮かべていた。


今は手の甲で悔し涙を拭っている。


「よしよし…泣かないのよ、アイスぐらいで。甘えんぼなんだから…よーしよーし…」


清子は撫で続けていた。


ズン…

ガガン…

ドン…

スドン…


大地に降り注ぐ、おそらく一つ数千トンくらいの無数の残骸の衝撃音と振動。





離れた所の二人は、寝そべったまま笑っていた。


「すごいなぁ、子供って」

「でも楽しそうよ、ああいうのも」

「遊ぶにも宇宙は広いからねえ…」

「何でもありだものね」


柔らかな温かさを感じ合って、ぴったりと寄り添っている。


「あのロボットたち、拾い上げてあげましょうか」

「そうだな。折角通りがかったし、後で僕らが拾おう」


そして、戯れ合い始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る