第13話

忌わしい「寄り道」の戦利品は、ほとんどが生活雑貨やありふれた古物であったためすぐに買い手が付くようなものではなく、結局現地のフリマ業者に販売を委託する事になった。


魔物が跳梁跋扈する世界とはあのようなものだ、時代の精神である。


そこに口を挟んでも押しつぶされるだろう…、ひかるは野生動物の生態を見た気分だった、元居た面倒な社会以上に慎重に距離感を持たねばならない、恐らく間違ったシグナルは死に直結する。


遠路はるばる砂漠地帯から来たという商隊が聖城都の露店で路上に大きな麻袋を直に置いて量り売りしていた、その少し埃っぽいナツメヤシを枕くらいの袋で土産に買って来たのを齧りながら、さわやかな潮騒の中、屋台でトウモロコシを焼く。


さっきから、腰みのと褌と胸当てを着けて全身に赤土を塗って鼻中隔に穴を開けて何かの骨を横向きに差した山奥のヴァルキューレが浜でシェンロン風のドラグーンとにらみ合っていた。頭の左右と額をきれいに剃って、残った髪を長く伸ばして頭のてっぺんでちょんまげにしている。眉を多分全部剃った上で、つながった太い真一文字の刺青にしていた。


「おお、腕に覚えのありそうな戦士だ、対峙しているのはエイシアンのジャーゴンか。いと高き悪魔の言語よ…」


いつの間にかカウンターにちょこんと座ったイブリースが観戦態勢に入る、後ろ脚で頭を掻いた。


「エハ!」

ヴァルキューレは空中に居るドラグーンへ粗末な木の槍を投げつけた、ドラグーンは槍をかわし、警戒してじっとヴァルキューレを見ていた。


ヴァルキューレは短い荒縄を使って猿のようにするするとヤシの木を登って行った。


「ウルルルル…」


ドラグーンはヴァルキューレが近くに登って来ると紫色にキラキラと光る息を吹きつけたが、ヴァルキューレは右に左にかわしていた。


「マゴットブレスだ、あれ自体が生命力を吸う生物でな、絡み付かれるとヒリヒリするぞ。ハッハ!うまくかわすなあの娘は!」


じれ始めたドラグーンが近くに寄るが、敵は落ち着いたもので、油断なく様子を窺っている、迂闊には手出ししなかった。


ヴァルキューレはヤシの木のてっぺん近くで葉に隠れながら腰にぶら下げていたナタで実の生り軸をたたき切り始める。


ドラグーンは鼻息を荒くしてその様子を見ていた。イブリースは尾の先を左右に揺らして動きが起こるのを待ち構えた。


「エハ!」

ヴァルキューレがヤシの実を投げつけた。


「ヴフッ!」

ヤシの実がドラグーンの頭に命中し、がつんと頭を下げさせる。

ドラゴンは怒りもあらわに噛みついて行った。


「グアアァァァ!!」


「おっ、行くか!?」

左右に振っていた尾の動きを止めたイブリースが身を乗り出す。


「ウァァァアッ!!」


ヴァルキューレは背にしていた短い槍を握ってドラグーンめがけて飛びかかり、見事目を突き刺した。


「ヴハッ!ブフーーー!!」


「やった!!」


イブリースが興奮して見守る中、ドラグーンは苦しみ悶えて躍り上った、その目に深々と突き刺さった槍を握ってヴァルキューレは宙をぐるぐると振り回されている。


「フシューーッ!フシューーーーッ!」

「アーーー!アーー!オアーーーーーーー!!」


暴れるドラグーンもしがみつくヴァルキューレも必死だが、やがてドラグーンが空中でぐったりとなった、槍にヴァルキューレがしがみついているのを振り回し続けたため、突き刺さった先端に頭の中をかき回されて力尽きたのだ。


苦しかったに違いない…。


「ノドの最果ての龍よ、安らかにな」


イブリースは落ちていくドラグーンに断末魔の苦しみを絶つ幻術を施した、速やかに旅立てるようにであった、彼は元々特段邪悪ではない。


ドブンという音とともに大きな水しぶきが立ち、澄んだ海に赤い血が広がった、小さなドラグーンではあったが、その血を浴びたヴァルキューレの肉体は格段に強くなったようだ、帰れば英雄としてこの先様々な伝説的戦いをするだろう。


「いい戦いぶりであったな、ひかる。龍は一口に言って魔物だが、戦士にとって関門となる神聖な獣でもあるのだ、わしもその中に数えられるようだ、人間に火を与えたその時から。…人間は、いずれ自ら使う【火】を乗り越えねばならぬ、その時までわしは地上に居る…」


イブリースは落ちた龍の骸を意味ありげに見ていたが、ヴァルキューレが屋台に向かってくるとただの猫に戻った。


近くに生えているヤシの木の根元に、紐で繋がれた猿が居り、近寄って口先を鳴らして「エノアウ」と声を掛けると、その紐を木から解いて連れて来た。


ヴァルキューレは褌の中から、驚いた事にエメラルド色をした明らかに街の工房で作られた革の折りたたみ財布を出し、黒褐色をしたスカシカシパンのようないびつな貨幣を出した。まるで石貨だ。


「コココカコアコペロトペコア」


早口で何か言ったがひかるには分からなかった。


『これで買えるだけ、だそうだ』


イブリースが心の中に告げてきた。

怪訝な顔をするひかる。


『ごく純度の低い古代の銀貨だ、二千年前の小さな都市が原始的な製法で作っていた。鉱石ならば値打はトウモロコシ七本分だな。売ってやれ、あんなものでも集める好事家が居る、機が巡れば銀貨以上のものになるぞ』


足元で猿がすばやくナツメヤシに手を出そうとし、イブリースがもっとすばやくネコパンチで追い払った。


ひかるが言われた通りにすると、ヴァルキューレは「ケケコパウヒ」と一言残して口先を鳴らし、猿を連れて少し離れた木陰に腰を降ろしてトウモロコシをかじり始めた。



平和な日である。

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