第7話

アルゴンキン族の女は、アワワワワと、神・グルスキャップに祈りを捧げながら、リボンの付いた漆黒の日傘を広げ、ブルーライトバハマの砂浜でフリルだらけの石斧を振り上げて激辛龍ハーバネルラとの死闘を繰り広げていた。


ハーバネルラの吐き出す真っ赤な激辛液がうねりながら目の前を掠め、牛田ひかるは顔をしかめて焼きトウモロコシを作っていた。


近隣のインディオから買った七色の粒が並ぶトウモロコシはこんがりと焼け、砂糖じょうゆを染み込ませながら更に丹念に焼いて行く。


ライラックの茂みで掘り出したのどけき月のシャイタン、イブリースがゴロゴロと鳴いている、その青い目が女の石斧の動きを追っている。


牛田ひかるはイブリースを腕に抱いて「ミュートスの霊薬」をあおった、幾百万の異界言語の語彙が精神を撫でた、感覚に従い口を開くと、呪詛、祈り、呪詛、が、知らぬ言葉となって発せられる、それはそのまま呪文となり、龍の鱗を貫いて白光の結晶が突き刺さった、激しく六花弁の花を咲かせながら、光子の結晶体が未知の物理的実体となって成長して行った、名状し難き異界の神の司る理が、顕現していた。


定義を拒み、彼方におわす無窮の力は、霊薬を通じてその一端を見せるのだが、如何なる賢哲といえども、彼を概念とする事は許されぬ。


定義し、括ること、超えることは不能である。


言葉が力を及ぼすのを彼は許さぬ。


彼は言葉の主であるから。


ヌースは彼から生じるのであるから。



無窮の力もて加勢した牛田ひかるの屋台に、女は焼きトウモロコシを購いに寄った、十二の焼きトウモロコシがその手に渡り、ヤシの木に紐を結んであった猿を取り戻すと、ヤシの実を割った椀にサルザケを吐かせ、龍の肉を石斧で輪切りにしては焚き火で焼いて、骨を持ち、紫に塗った唇で食っては飲むを繰り返す。


貪り食われたキビガラが放り上げられ、四百万年後、月面での状況に関する対外的な発表を行う研究者の一団を乗せて宇宙ステーションへ向かうシャトルの中には、心理学者フロイド博士の姿があった…。

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