映画のようなラブストーリー

田中ソラ

本編

「この子達はずっと一緒かしらねえ」

「私たちが一緒だからそうかもね!」


 私と晴樹はるきは幼なじみだった。親同士が親友でたまたま病院が一緒でたまたま家が近所だった。生まれた日も1週間違いで双子のように育った私たち。ママはいつも言ってた。


 晴樹は日菜子ひなことずっと一緒ね、って。


 私はその言葉をずっと信じてた。小学校も、中学校も高校も一緒。クラスも2回しか離れたことない。親も認める公認の仲。でもその仲に〝恋人〟って文字は入っていなかった。皆が認める幼なじみ。男女の仲を超えた関係。晴樹に彼女が出来ても、好きな子が出来ても私はその仲を壊すことはできなかった。日菜子、って私の名を呼ぶから。その仲に甘さなんて一切含めていないから。


「日菜子?」

「……ううん。なんでもない」


 だからこうして晴樹の部屋に許可なく入れるし晴樹のお母さんと一緒にご飯作ることだってできる。それは歴代の〝彼女〟にはできなかったこと。結婚してもできるか分からないこと。無くなるなんて嫌だ。そう思う気持ちが、また自分を傷つけるなんて知ってるのに辞めることができなかった。


 最初に苦しかったことはいつだろう。晴樹に好きな子の話をされた時だったかな。小2の時に同じクラスの子が好きだって言われて、何度一緒に遊んだか。その子は色々な男の子を好きな、The小学生だったし付き合うなんて概念当時の私たちにはなかったからただただ遊んで好き!って言うだけで終わった。苦しかったけどそんなもんだって割り切ってた。


 次はいつだろう。晴樹に彼女が出来た日かな。晴樹ママから彼女ができたこと聞いて、その時初めて私に晴樹が好きな気持ちがないの?って聞かれたかな。元々から私たちの関係は男女を超えたものだと思われていなかった。ここが私と晴樹の関係のターニングポイントだった。

 私はバカだから大人ぶってなんとも思ってないって嘘ついた。もしかしたらバレてたかもしれないけど晴樹ママは何も言わずにそっとしてくれた。晴樹は勿論、そんなこと気づいてすらなかったと思うけど。晴樹ママもパパもいない日に彼女と家から出てきた日はショックが大きすぎてあまり覚えてはいない。日菜子、と呼ぶ声が恋人のそれとは違うと初めて気づいたことだけは鮮明に記憶に残っているけれど。クラスメイトから晴樹との関係を聞かれても幼なじみとしか答えなかった。最初は本当か疑ってた女子も何人かいたけど次第に晴樹の態度に本当のとことだと信じたみたいで今はもう学校を代表する〝幼なじみ〟だ。


「日菜子は彼氏ほしくないの?」

「んー彼氏なんて考えたことないかも」

「うそ! 日菜子めっちゃモテるのに」

「そんなことないって! 晴樹のほうがモテてるじゃん」

「晴樹くんは……比べる対象が悪い」


 高校の時は何人か友達がいた。晴樹は学校1のイケメンでころころ彼女も変わってた遊び人になった。いい噂も悪い噂も聞くけど女の子を粗末に扱ったって話だけは聞かなかった。小さい頃から私に意地悪するだけでママ達に散々怒られたから。ずっとそういう環境にいたから粗末に扱って、ポイ捨てするって考えがないんだろう。いい男に育ったじゃん。この頃からもう随分と割り切ってて晴樹と付き合いたいって気持ちも薄れてた。ただ晴樹が幸せになってくれればいいって思ってた。それが私じゃなくてもいい。私以外の誰かが、幸せにしてくれればそれで……。


「日菜子ちゃんってほんと損な役回りしてるよね」


 晴樹と仲良い男子に言われた言葉。それがどこかすっと心の奥深くに入り込んだ。この気持ちに名前を付けるとすればそれは恋だ。間違いはない。だけど、私はそっか。損な役回りしてたんだ。晴樹の傍にしてできた彼女に意地悪しないで、幼なじみマウントとらないでただただいい関係になるために話を聞いてた。最初は好きな人の好きなところを聞いたり、悪口聞いたりそんなことが嫌だった。だけど今は昔気づいてくれたのに今は気づいてくれない数センチ短くなった髪のほうが辛かった。


 私は自分では損な役回りをしているとは思わない。その方が晴樹が幸せになると思ってるから。告白する勇気がない私には、晴樹を幸せにできないから。でも周りから見れば損な役回りをしているのだろう。私はその時、初めて人前で泣いた。自分の情けなさに泣いてしまった。

 泣くなんていつぶりだろう。もう覚えてもいないぐらい、泣いていない。


「辞めなよ。晴樹好きなの、辞めなよ」


 そう言われて抱きしめられた。胸板に耳が当たったことでわかる鼓動の速さ。少し熱を帯びた体温。この人もおなじなんだってすぐに気づいた。私と同じ叶わない恋をしてる。でも私とは違う。こんなこと晴樹にできないし、名前しか知らない存在ではない。私は胸板を押して彼から離れた。


「ごめんなさい。貴方の辛い気持ち凄く分かるけど、私はもうずっとこうなの。物心ついた頃から、ずっと」


 17年の恋は、すぐには辞められない。辞めるタイミングはどこだろう。ずっと探して、探して。目の前の彼は辛い顔をしているけれど、私の気持ちにもどこか共感できるようで覚えておいてほしい、それだけ言って立ち去った。私に気持ちをぶつけてくれた人なんて彼しかいない。たとえ何人であっても忘れることはない。失恋させてごめんなさい。思いをさせてごめんなさい。罪悪感で、少しの喜びでずっと覚えている。


「……日菜子。もう、俺に話しかけないで欲しい」


 恋を、辞めるタイミングは自分で探るのではなく相手から作られるものだと分かった時はもう手遅れだった。高校を卒業して大学に進学した。私は晴樹と同じ都内の大学に進学した。本当は離れようと思っていたけど学びたいことが同じところにしかなくて晴樹にも尋ねて、同じになった。ママの心配で晴樹と同じマンションに住んでる。大学では晴樹とは学部が違うからほとんど接点はないけど何人か同じ高校の人がいるから晴樹との噂は広まった。胸元の空いた派手な人が何人も尋ねてきたけど高校の時と同じ対応をしていればすんなり引いていった。大学でできた友達は晴樹の幼なじみってレッテルを貼ってきてあまり仲良くはなれなかった。隙あれば晴樹の連絡先ばかり狙ってくる。晴樹からは自分のところに聞きに来ない人には教えないで、と言われているので教えるつもりはないけど時々携帯のパスワードを突破する人がいたので2重パスワードを強いられることになった時は付き合いを考えた。

 本当の意味で友達ができたのは2年になってから。学部の人は諦め別の学部に手を伸ばしかけた時にできた子。東北の田舎に住んでて1年では抜け切らなかった方言が混じった子。その子は晴樹のことなんて全く知らなくてよく話もあった。一人暮らししてる部屋にも招き入れたし彼女の部屋にも泊まった。晴樹に紹介してもいいかも、と思えた初めての友達だった。


 でもそれは、ダメだったみたい。いや、私にとってはダメだった。2人にとっては奇跡のような出会いだっただろう。


「日菜子ちゃん! 凄くいい人だね晴樹くん!」

「そう、だね。幸せにしてあげてよ」

「えぇ!?」

「好きなんでしょ晴樹のこと。色々な子見てきまし分かるよそれぐらい」

「……応援、してくれる?」

「もちろん」


 晴樹と友達、めぐみはすぐに付き合った。私は初めて紹介した時の、2人の顔がいつまでも忘れられなかった。映画の主人公のようだっただろう。あなたがそんな顔したの初めて見た。そんな横顔、知りたくなかった。


 私はふたりの主人公を会わせたただのモブ。映画なら名前もないような配役。でもかけがえのない配役。その時、損な役回りと言った彼の言葉の意味をようやく理解した。理解したつもりでいた事を、気づいた。


 めぐみを幸せにできるかって酔った勢いで言った悩み。終電で帰せそうにないって、すぐに潰してしまいそうだって。そんなこと聞きたくない。


 幸せになってほしいのに、自分の気持ちに少しづつ貪欲になっていく私が嫌だった。めぐみが羨ましかった紹介しなければよかった。そうすればあの横顔を、見なければ済んだのにって。そう思っていた私に罰が当たった。晴樹に、話しかけないで欲しいって言われたことはなかった。彼女と私のことで喧嘩してもそんなこと言われなかった。それほどにめぐみが大切なんだろうって私は瞬時に察した。会えば会うほどめぐみは私も晴樹の関係を気にし始めたことにも、同じマンションに住んでるのも自分が知らない晴樹を知っていることにも。どれもどれもに嫉妬していることを気づいてた。気づいた上で、無視した。だからバチが当たった。


 もう晴樹の人生には関われない。私は最後に晴樹の背中を押した。幸せを願ってる。本当と、強がりを言葉にして。


「ずっと好きだったよ」


 背を向けて去る晴樹に私は初めて自分の言葉を口にすることが出来た。終わりは突然で、自分の思い通りに終わることなんてできないけど、これでいいと思った。数年後に家に届いた結婚式の招待状には不参加に丸をして、送り返した。花道を見送るのに、私は必要ないよね。


 だから私も、自分の花道を晴樹に送って貰うことはしなかった。

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映画のようなラブストーリー 田中ソラ @TanakaSora

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