第28話 クルミ・フォートレス

 「人をまとめるって、難しいなあ……」


 夜明け頃、たまたま目覚めたゼルアは、一人でいるクルミを見かける。


 だが、いつもの男勝りな様子はない。

 ゼルアは陰に身を隠すと、クルミは日の出に向かってつぶやく。


「アタシがもっとしっかりしないといけないのに」

「……!」


 体育座りのまま、顔をうずめるクルミ。

 その姿は、どことなく思い悩んでいそうだ。


「どうすればいいんだよ、公爵家の代わりなんて」


 出てくる言葉からは、苦労が読み取れる。


(クルミにも色々あるんだ……)


 いつもの様子からは考えられない。

 だが、クルミも年頃の女の子だ。

 学院の派閥問題は、一人で背負うには重すぎる。


 すると、ゼルアはパキっと木の枝を踏んでしまう。


「誰だ!」

「ご、ごめん」

「お前は……!」


 気づかれれば仕方がない。

 ゼルアも素直に姿を見せた。

 目を見開くクルミは、顔をひきつりながら尋ねる。

 

「まさか、聞いてたのか?」

「……ごめん」

「……はああ~」


 クルミは諦めたように言葉にした。


「よりによってお前に聞かれるかよ」

「盗み聞きするつもりはなかったんだけど」

「しょうがねえ。弱さを見せたアタシが悪い」


 こっち座りな、とクルミは隣を叩く。


「誰にも言うなよ、弱音を吐いてたなんて」

「言わないよ」


 ゼルアは口を割る人間ではない。 

 だが、気になることはあった。


「でも、みんなに相談するのはダメなの? 土派閥も良い人達そうだったけど」

「……だからだよ」


 対して、クルミはぎゅっとそでを握る。


「あいつらは、強気なアタシに付いて来てくれるんだ。土派閥はそういう奴が好まれるからな」

「……」

「だからアタシも、男勝りな女になるよう育てられた。土派閥は代々、力がつええ奴が上に立つんだ」

「あー」


 ゼルアもなんとなく察する。

 土の教官マッチョスもそんな感じだったからだ。

 派閥の事情を話し、再度クルミは前を向いた。


「その期待を裏切れねえよ」

「クルミ……」

「もうお前は気づいてるだろ? アタシはただ強がってる弱虫さ」


 勝負を仕掛けたのも、ゼルアをおちょくる態度をするのも、全て強い土派閥のトップを演じるため。

 クルミも人並み、いや人一倍繊細せんさいなのだ。


 すると、ゼルアは納得するように微笑ほほえんだ。


「なーんだ。だから、お菓子で喜んでたんだ」

「は、はあ!?」

「目をキラキラさせてたよね」

「ち、ちげーしっ!」


 本日の特訓では、休憩時間にお菓子が支給された。

 その時、クルミが目を輝かせたのをゼルアは見ていたようだ。

 だが、クルミは慌てて否定する。


「形が綺麗だと思っただけだし! なんなら、アタシは食べるより作る方が趣味で──」

「そうなんだ」

「……! って、何言わせてんだコラァ!」

「自分から言ったのに……」


 動揺からか、クルミは自ら趣味をバラしてしまう。

 誰にも話していないが、クルミは陰では少女っぽい事が好きなのだ。

 

 お菓子作り、ぬいぐるみ作り。

 休日に一人で作っては、一人で堪能たんのうしている。

 もちろん派閥の者を近寄らせることもない。


「可愛い趣味だね」

「お、おちょくってんのかお前は!」

「違うよ、僕は本当に!」

「……っ」


 ゼルアの表情を見れば、嘘をついていないのは分かる。

 だが、恥ずかしさが彼女につい声を上げさせる。

 それでも、ゼルアは真っ直ぐにたずねた。


「派閥の人には言えないんだね」

「……ああ。アタシがそんなんじゃ誰も付いて来ねえ」

 

 改めて、ゼルアは人間界の複雑さを知る。

 特にトップの者たちは色々と抱えているのだ。

 すると、今度はクルミから口を開いた。


「お前に勝負を挑んだのも、楽になりたかったのかもしれねえな」

「え?」

「アタシはいつものように演じた。けど、お前たちに吸収されたらトップの座は降りることになる。早くそうなりたかったのかなって」


 空を見上げたクルミは、どこか悲しそうに言葉にする。


「やっぱアタシなんかがトップじゃ、いけねえんだろうなあ」

「……」


 だが、それにはゼルアは首を振った。


「それはちょっと違う気がする」

「なに?」

「あの時のクルミは、少なくとも負ける気持ちはなかったと思うよ」

「……!」


 思い出すのは、クルミが宣戦布告してきた時の顔だ。

 負けるとは微塵みじんも考えてなく、正面から叩き潰すぐらいの勢いだった。

 そこに、楽になりたかった気持ちははなかったように思える。


「クルミは立派なトップだよ」

「お前……」

「だって、みんなのことが好きで導いてるんでしょ」


 ゼルアが指したのは、クルミの足だ。

 女学生用のスカートではなく、特殊なズボンを穿いている。


「もしかして派閥の人が作ってくれたんじゃない?」

「なんでそれを!?」

「土魔法を合わせて作られてる。クルミもみんなに応えたいんだよね」

「……っ!」


 ゼルアの言葉は当たっていた。

 可愛いものが好きなクルミは、本来はスカートが好みである。

 だが、派閥の者に託されたズボンを今は気に入っていた。


 それは、クルミが派閥の者を好きな証拠だ。

 

「クルミがトップだったから、今の土派閥の連携力がある。僕にはそう思えるよ」

「お、お前……」

「でも、思い詰めすぎても潰れちゃう」


 そうして、ゼルアがふっと笑った。


「僕でよければまた話を聞くよ」

「……!」

「それにクルミのお菓子も食べてみたいし!」

「……ははっ」


 ゼルアの優しさに触れ、クルミにも笑顔が戻る。

 すると、いつもの調子で返した。


「お菓子が食べたいだけじゃねえかよ」

「そ、そんなことないけどなあ」

「ったく、ほんとかよ」


 笑みがこぼれたクルミは、ふと感じる。


(これが真のトップの器か。かなわねえな)


 ゼルアを心の底から認めたのだ。

 だが、決して諦めたわけではない。


(でも、土派閥を率いてやれんのはアタシだけだ。だったら最後までやってやるよ)


 クルミはすっと立ち上がる。

 その勇ましい様は、紛れもなく土派閥のトップだ。


「今日が合宿の最終日だ。本気でいくぜ」

「受けて立つよ!」


 クルミが差し出した手に、ゼルアが応える。

 そこには、秘密を共有した友情が表れている。


 もっとも──


(かっけえな、ゼルアは)


 クルミは高鳴る鼓動を抑えきれない様子だったようだが。





 そして迎える最終日。

 

「あれがセントフォルティア学院か」

「おーおー若々しいねえ」

「じゃあちょいと行きますか」


 明らかに学院関係者ではない集団が、学院の箱庭に降り立つ。


「白の素質を持つ者をりに」


 合宿に不穏な影が迫っていた──。

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