第4話 試験前の一件

 「俺をコケにしたこと、後悔するがいい!」


 公爵家のヴァリオスが剣を抜くと、ミルフィが前に出る。

 ミルフィはゼルアに刃を向ける者を放ってはおかない。

 だが、ふと思い立ったのか、ミルフィは笑みをこぼした。


「……少々計らせてもらいましょうか」

「何のつもりだ? 女ァ」


 ミルフィはクナイをスカートにしまい、両手を後ろで組んだ。

 そのままヴァリオスの剣を見て挑発した。


「攻撃当てられます?」

「な、なめがって……!」


 人間の強さを知っておく良い機会だと考えたようだ。

 バカにされたヴァリオスは完全に頭に血が昇る。

 

「後悔すんじゃねえぞ!」


 すると、すぐさま剣を振り回し始める。

 口調の割には、速く正確な剣さばきだ。

 しかし、ミルフィにはまるで当たらない。


「クソが! ちょこまかと!」

「……」


 学院と同じく、人間界では強者のほとんどが貴族だ。

 その傾向はどんどんと強くなっている。

 そんな事情も加わり、ヴァリオスはさらに屈辱を感じる。


「なぜだ、平民のくせに!」

「その程度ですか。準備運動にもなりませんよ」

「嘘をつくなァ!」


 ミルフィは決して嘘をついていない。

 魔法も使っていなければ、本気で動いてもいないからだ。

 ほんの二~三割程度の力である。


 それでも、ヴァリオスはミルフィをとらえられない。


(なんなんだ、こいつは……!?)


 さすがのヴァリオスも違和感を感じる。

 ミルフィの足さばき・体の振りが人間離れしているのだ。

 その上、呼吸も一切乱れず、表情は余裕を保ったままだ。

 

「受験生がどんなものかと思えば、ガッカリですね」

「……ッ! き、貴様ァ!」


 はあとため息をつきながら、ミルフィは小言をつぶやく。

 対して、さらなる屈辱を受けるヴァリオスは一度距離を取った。


「もう分かったぞ! そこまで殺されたいならこうしてやるぞ!」

「……!」


 ヴァリオスが振り上げた剣に、炎がまとう。

 魔法を発動させるつもりのようだ。


「後悔するなよクソ女ァ!」

「そちらこそ」


 ミルフィも受けて立つ構えだ。

 ならばと、ヴァリオスも怒りのまま剣を突き出す。


「死ねえええええ!」

「……」


 そうして、両者が交わる──ことはなかった・・・・


「そこまで」

「「……!?」」


 両者がぶつかる瞬間、ゼルアが間に入った。

 ヴァリオスの剣を人差し指で止め、反対の手でミルフィの手首を握っている。


 すると、ゼルアは何事もなかったかのように口にする。

 

「これ以上はダメだよ。人も見ているし」

「……!」


 ちらりと周囲に目を向けると、何事かと人が集まってきていたのだ。

 これ以上の騒ぎは面倒な事になるだろう。

 ミルフィも冷静さを取り戻し、素直に手を引いた。


「……おっしゃる通りです。失礼いたしました」

「ううん、そろそろ行かないと手続きにも遅れちゃうしさ」

「そうですね」


 それから、ゼルアはヴァリオスにも目を向ける。


「あ、もし学院で会ったらよろしくね! またね!」

「……っ! 貴様ッ!」


 ヴァリオスの言葉を聞くまでもなく、ゼルアはタッタッと学院に向かって行った。



 

 

「大丈夫ですか! ヴァリオス様!」


 ゼルアが去った後、護衛たちはヴァリオスに駆け寄る。

 だが、ヴァリオスは地に手を付いたまま口だけを動かす。


「あいつ、俺の魔法を……」


 たった人差し指一本。

 全力ではなかったとはいえ、ゼルアはそれだけでヴァリオスの魔法を止めた。

 あの光景は屈辱を通り越し、もはや困惑していたのだ。


 そして、もう一つ・・・・

 

「あのメイドの手首を掴んだだと……」


 ヴァリオスは、ミルフィの動きを全く捉えられなかった。

 だが、ゼルアはいとも簡単に彼女の手首を掴んだのだ。

 音も気配もなく、気づけばその場にいたかのように。


「……ふざけるなよ」


 状況をようやく理解すると、ヴァリオスの中に沸々と怒りが湧いてくる。

 最初の態度を含め、一連の行動はプライドを大きく傷つけた。


 今まで“天才”ともてはやされてきたプライドを。


「許さんぞ! あの平民どもォ!」

 

 こうして、早速一件を起こした後、ついにゼルア達の入学試験が始まるのだった──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る