第3話 何も知らない二人

 「なぜ汚らしい平民がここにいる?」


 高貴な服を着た男が、ゼルアとミルフィに話しかけてくる。

 だが、その目は明らかに二人をさげすんでいた。


 見下した目のまま、男は言葉を続ける。


「ここから先は学院だ。世界中の“貴族”が集まる、世界で最も高貴な学院だぞ」

「あ、セントフォルティア学院のことだよね」

「そうだ。そこに平民の貴様が入れるとでも?」


 セントフォルティア学院は、世界で最も難しい学院。

 そのため合格者の99%が、幼少期から高等教育を受けられる“貴族”に限られる。

 男爵程度ではバカにされるぐらいだ。


 そうなれば、自然と選民思想を持つ貴族も生まれる。

 この男も同じく“貴族至上主義”のようだ。

 

みにくい足で学院の土を踏むな。高貴な学院が汚れるであろう」

「……」


 男は白いハンカチで口元を閉ざし、ゼルア達を激しく睨みつける。

 対して、ゼルアはぼーっと男を見ていた。


「フン、何も言い返せぬか。さすが下民だな」


 ゼルアの態度に、男は鼻で笑った。

 だが、ゼルアは言い返せなかったのではない。

 この男が何者かを知らなかったのだ。


「えと、ということは君は貴族様?」

「なっ! こ、この俺を知らないだと!?」

「え、あ、すみません!」


 やべっと思ったゼルアは、とりあえず頭を下げておいた。

 おびえてはいないが、人間界に来てすぐ騒ぎを起こすのは避けたかったのだ。

 しかし、男は怒りをあらわにした。


「ふざけやがって! 俺の名を聞いて驚くなよ!」


 すると、屈辱を受けたような顔で男は自らの名を口にする。


「俺はヴァリオス・レグナルト! あの・・レグナルト公爵家の次男だ!」

「「……」」


 対して、二人は目を合わせて返答した。


「ふーん」

「へー」

「んなっ!?」


 片や、何も知らない少年。

 片や、スイーツしか知らないメイド。

 “あの”レグナルト公爵家と言われても、全くピンとこなかった。


 それでも、ゼルアもおそらくすごいだろうとは感じ取った。

 貴族に興味があったのもあり、ヴァリオスに駆け寄る。


「僕はゼルア、よろしくね!」

「……っ! その薄汚い手で触るな!」

「わっ!」


 だが、ヴァリオスは鬼の形相でゼルアの手を振り払う。

 ただでさえ屈辱を受けた上、蔑む平民に触れられたのだ。

 ヴァリオスの怒りは頂点に達した。


「このゴミ共が! こんな無礼な者は初めてだ!」

「ん?」

「貴様たちは、試験に行く前に処理させてもらう……!」

「うわわっ!」


 ヴァリオスが腰の剣を抜いた。

 頭に血が昇っており、どうやら本気のようだ。

 しかし、ゼルアに刃を向けた途端、目の色を変えた者がいる。


「刃を向けましたね。それがどういう意味か分かりますか」

「あぁ!?」


 ミルフィだ。

 今まで興味なさげだった彼女は、途端に冷徹れいてつな目を覗かせる。

 ゼルアを守ることを自らの使命としていたのだ。


「意味だと! そんなもの知るか──」

「剣を向けるなら相応の覚悟を持て、そう言ったんですよ」

「……ッ!?」


 姿を消した次の瞬間、ミルフィは隠しクナイをヴァリオスの首に迫らせた。

 スカートの下に携帯しているのだろう。

 突然の事態に、ヴァリオスは慌てて剣を振り払う。


「き、貴様ぁっ!」

「……はあ」


 しかし、ミルフィはひょいとかわす。

 スイーツに夢中だった時とは、まるで雰囲気が違う。

 その様子に、周りの護衛も遅れてざわついた。


「バカなっ!?」

「ヴァリオス様を囲んでいたはずだぞ!」

「ヴァリオス様から離れろ!」

 

 だが、ヴァリオスは護衛を一掃する。


「お前ら、邪魔だ」

「「「……!」」」

「こいつは俺が始末する」


 すでに怒りは収まらず、自分の手でやらなければ気が済まないようだ。

 

「俺をコケにしたこと、後悔するがいい!」

「……少々計らせてもらいましょうか」


 ヴァリオスとミルフィが激しく睨み合う。


 ゼルアがセントフォルティアに着いて数十分。

 早速騒ぎが起きそうな予感がするのであった。

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