第2話 大都市セントフォルティア

 「ふわあ……!」


 ゼルアが息を呑むように声を上げる。

 船から降りた瞬間、目の前に大都会が広がったからだ。


「すっごーい!」


 キラキラと輝かせた目は、上下左右とあわただしく動く。


 建物、施設、にぎわい。

 視界に入る全てに感動を覚えるようだ。

 それもそのはず、ここは人間界で最も栄えた都市。


「ここが、セントフォルティア……!」


 ──大都市『セントフォルティア』。

 どの国にも属さぬ孤島にあり、人間界の中心に位置している。

 各国との自由貿易が可能であり、世界中から物や人材が集まるという。


「そしてあれが、セントフォルティア学院!」


 それから探す間でもなく、奥に巨大な建物が顔を覗かせている。

 この都市で一番大きな施設が、ゼルアが目指す『セントフォルティア学院』である。


 受験者数、受験難易度ともに世界一。

 世界中から同世代の精鋭が集まり、最高峰の剣と魔法でしのぎを削る。

 そして、世界で唯一・・・・・の“とあるカリキュラム”を持った学院だ。


 だが、ゼルアは詳しく知らない。

 魔界では見たことない建物に、ただただ興奮しているだけのようだ。


「これが人間の都市かあ……」


 右も左も分からず、ゼルアはフラっと歩く。

 ここから何もかもが新しい生活が始まるのだ。

 ──ひとりを除いては。


「で、なんでいるの?」

「ほへ?」


 ゼルアが振り返ると、同じく船から降りてきた少女がいた。


 少女の名はミルフィ。

 ゼルアの幼少期から、ずっと隣で世話をしてくれたメイドだ。

 もちろん魔族である。


「私のことですか?」

「ミルフィ以外にいないよ」


 明るめの茶色ショートに、赤みを帯びた美しい瞳。

 限りなく人間に近い見た目をしており、多くの男が振り返る可愛さを持つ。

 だが、性格は少々やっかいのようだ。

 

「私も受験しますので。私の居場所はいつでも坊ちゃまのお隣です」

「ん? 聞いていないんだけど」

「それはそうでしょう。魔王様にも言ってないのですから」

「えぇ……」


 両手を腰に当て、ミルフィはむふんと当たり前のように口にする。

 それから、ハッと何かを思い出したようだ。


「それより私、早速行きたいところがございまして」

「どこ?」

「カフェというものです」


 ミルフィは勝手について行く前提で、事前に人間界について調べていた。

 口からは少しよだれがたれている。


「そこには“ふわふわぱんけーき”、“ぱふぇたわー”なるものがあるそうで」

「へ、へえ……」

「私はそれを食べずにはいられません。では行きますよ!」

「ちょっ、うわっ!」


 坊ちゃまの隣が居場所と言いながら、自ら居場所を引っ張って行くミルフィであった。





「はあ~、おいしかったですね~」

「まだ夢の中だね……」


 ミルフィは顔をとろけさせ、はああと両手を握っている。

 もっともっと食べたかったようだが、目当ての物を食べ尽くしてしまった。

 結果、出禁の上に店から追い出されたのだ。


「人族は小食なのですね。私はまだ五分目だというのに」

「うぅ、僕は食べ過ぎたよ……」


 とにかく腹ごしらえを終えた二人は、足並みをそろえる。

 カフェでやるべきことを確認し、これからの予定を立てたようだ。


 まずは受験のエントリーをする。

 そのために学院に向かって歩き始めた。


「楽しみだなあ、セントフォルティア学院!」

「そうでございますね……はむはむ」

「まだ食べてる!?」


 魔族のミルフィは不思議な体をしているようだ。

 対して、ゼルアはぼーっと斜め上を見て歩いている。

 視線の先にはセントフォルティア学院があった。


「どんどん近くなってくる……!」


 大きさだけで言えば、魔王が住む魔王城も引けを取らない。

 だが、やはり人間が作った物がおしゃれに見えたのだ。

 単一的でなく、色んな構造を駆使して作られた学院は見ているだけでも飽きない。


「僕、あそこで受験できるなんて光栄だよ!」

「そうでございますね」

「早く入ってみたいなー!」


 無邪気だが、周りからは田舎者のような発言だろう。

 それを聞いたのか、二人の前にとある男が立ちふさがった。


「おい、そこの二人」

「ん?」


 まぶしい金髪に、上下共に白色の高貴な格好。

 腰には剣を携え、周りにも複数人の護衛がいる。

 明らかにくらいを持つ者だ。


 男はゼルア達を品定めするような視線で見ると、一つ尋ねる。


「お前たちは平民か?」

「うん、そうだけど」

「……!」


 ゼルアは人間界では位を持たない平民だ。

 しかし、答えた瞬間に男の表情が変わる。


「なぜけがらわしい平民がここにいる?」


 その目は明らかに二人をさげすんでいた。

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