魔王の息子~魔王に育てられた少年は、人間界で無自覚に常識をぶっ壊して無双する~
むらくも航
第1話 魔王に育てられた少年
『人間と仲良くしたい』
父さんがよく口にする言葉だ。
でも、父さんは魔王で、人間とは相容れない存在。
人間軍とは日々戦っているらしい。
だから、僕が友達をたくさん作って持ちかけるんだ。
“きっと魔族と人間は仲良くできるはず”って。
そうして僕は、この地元──魔界を飛び立つ。
「よーし、行くぞー!」
人間界の学院へ行くために!
★
<三人称視点>
「「「ウオオオオオオオオ!」」」
とある赤い大地の中、集団の声が響く。
人のような姿をしているが、顔や体格など、人間には見えない特徴がある。
彼らは──“魔族”である。
「今日こそは倒す!」
「これで最後だからなあ!」
「くらえ俺の必殺技ぁ!」
魔族は前方に向かって一斉に走り出した。
目標にしているのは、たったひとりの少年『ゼルア』だ。
対して、ゼルアは──
「よっ! とっ! たあっ!」
「「「……!?」」」
一人一人を正確に対処していく。
一番近い者を限りなく早くあしらい、遠距離攻撃もひょいとかわす。
あまりに洗練された動きである。
魔族たちも手は抜いていない。
ただ、ゼルアが強すぎるだけだ。
そうして、戦うことしばらく。
「はあ、今日も修行した~!」
「「「……っ!」」」
魔族の集団は、ゼルアに全て倒された。
すると、ゼルアの元に一人の男がやってくる。
「坊ちゃま、少々やりすぎでは?」
「クロード! でも今日で最後だからさ!」
「そ、そうでございますね……」
男の名はクロード。
彼もまた魔族であり、魔王軍では最上位の実力を持つ。
しかし、クロードはちらりと集団に目をやると、ため息をついた。
「これでも一応、必死に鍛え上げているのですが……」
この集団は、クロードの直属の部下だ。
もちろんゼルアとも知り合いであり、日々共に修行をした仲でもある。
「坊ちゃん、強すぎますぜ……」
「結局、最後までこの実力差か……」
「俺の必殺技がぁ……」
この日、ゼルアは故郷の魔界を旅立つ。
そのため最後のお別れとして、魔族らしく戦いで見送ろうとしたのだ。
だが、最後までボコボコにされてしまった。
それでも、ゼルアには笑顔が灯っている。
「みんな、ありがとうね! こんな僕に今まで付き合ってくれて!」
「「「坊ちゃん……!」」」
感謝をされて集団も喜ぶ。
ゼルアに褒めてもらうことが何より嬉しいようだ。
しかし、ゼルアにも不安はあるようで。
「ねえクロード、これぐらい修行すれば大丈夫かな」
「大丈夫とは?」
「人間界に行って、弱くていじめられたりしないかな」
「そ、そうですね……」
返答に困るクロードだが、何かを諦めた顔で答えた。
「まあ、これだけ強ければ問題無いでしょう」
「ほんと! よかった~!」
「ええ……逆に
だが、ボソっと漏らした本音はゼルアに届かず。
「なんだって?」
「い、いいえ! なんでもございません!」
「ふーん、そっかあ」
和気あいあいと話す中、ゼルアの後ろに巨大な影が現れる。
「ゼルアよ」
「「「……っ!」」」
見上げるほどに大きい図体だ。
その姿には、クロードを含めた集団が一斉に頭を下げた。
「「「魔王様……!」」」
彼は──“魔王”。
広大な敷地を誇る魔界の大半を占め、名実共に魔界を統べる王である。
だが、ゼルアだけは頭を下げていなかった。
「父さん!」
この魔王こそが、ゼルアの育ての父だからだ。
みんなから“坊ちゃん”と呼ばれるのも、このためである。
「みなに挨拶は済んだのか」
「うん! 今最後の修行をしたところ!」
「そうか」
魔王の声は、恐ろしく
まさに全ての生物を黙らせるような怖さである。
「ならばゼルアよ、こちらに来い」
「……っ!」
空間そのものを恐怖させるような雰囲気で、ゼルアを招いた。
さすがのゼルアも身構える。
そうして、魔王はすうっと手を上げると──
「寂しくなるのう!」
ガバっとゼルアを抱き寄せた。
声は急に高くなり、恐ろしさは途端に消え失せる。
本性を表した魔王はゼルアを掴んで離さない。
「本当に行くのか!? 今からでもキャンセルしてよいぞ!? もう300年は一緒におっても良いのではないか!? ああ、それか我自らが人間界を滅ぼして──」
「……はあ」
魔王は親バカだった。
実の息子はおらず、何の因果かゼルアを育てた。
そんなゼルアが可愛くてしょうがないようだ。
ちなみにゼルアが身構えていたのは、この
それでも、ゼルアは魔王に感謝をしている。
「父さん」
「む?」
だからこそ、最後はしっかり伝えたかった。
何でも力になってくれたこと。
修行に付き合ってくれたこと。
そして、何より──
「育ててくれてありがとう」
「ゼ、ゼルア……!」
親になってくれたことに心から感謝をした。
そんな言葉には、魔族の集団も号泣している。
「「「坊ちゃーーーん!」」」
「ご立派になられて……!」
しかし、それゆえにゼルアにはやりたいことがある。
「だから、人間と仲良くしたいっていう父さんの願いを手伝いたい」
「……そうか」
「どうしてそう思っているのか、自分で目で確かめたいんだ」
「…………そうか!」
対して、魔王も受け止めることにした。
苦労はあるだろうが、魔王は確信している。
自分と親子になれたゼルアは、絶対にやり遂げるだろうと。
そうして、いよいよお別れの時が来る。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気を付けるのだぞ」
「「「坊ちゃん、お気をつけて!」」」
荷物を担ぎ、新天地へ向かうゼルアの表情はワクワクに満ちていた。
「いつかまた帰ってくるからねー!」
「「「お元気でー!」」」
こうして、ゼルアは故郷の魔界を旅立った。
「行ってしまったか」
ゼルアの方向を見つめ、魔王は寂しそうに言葉を漏らす。
弱みを決して見せない魔王だが、今だけは目元が潤んでいた。
そんな魔王に、隣のクロードがそういえばと話しかける。
「今更ですが、人間との戦いの
「……いや?」
「え?」
すると、途端に場の雰囲気が変わった。
「言えるわけないであろう! 実はお主と同じ人間は“弱い”なんぞ!」
「そ、それはまあ……」
「魔王軍が
魔界と人間界の境界線では、戦いが繰り広げられている。
両者は拮抗しているかのように思えるが、実は全て“茶番”である。
人間文化が大好きな魔王は、適度に手を抜いているのだ。
もちろん、両者の被害者をなるべく少なくする方向で。
「なのに人間はそれに気づかず、もう少しで勝てるなどと言ってきよる」
「上層部が愚かなのかもしれませんね……」
それゆえ境界線で戦っているのは、魔王軍の“補欠”だ。
軍の若者はそこで経験を積み、魔王の元に帰ってくるという。
つまり、ゼルアがボコボコにしたのは、魔王軍の“本隊”だったのだ。
「人間軍より、ゼルアの修行相手の方がキツイらしいからのう……」
「それはまあ……はい」
しかし、結局その真実は伝えず。
そのためゼルアは、“ずっと魔王軍の下っ端と修行をしていて、人間は魔族と同じぐらい強い”と勘違いしている。
もちろん魔王にも、こうする理由があった。
「ゼルアの向上心は異常じゃ。それを阻害したくなくてな。どこまでも成長していくゼルアが父として嬉しかったのだ」
「魔王様……」
人と相容れない存在のはずの魔王は、父の目をしていた。
それと同時に、人類を
「その結果、化け物が生まれてしまったわけじゃが」
「……はい」
「人間も少しびっくりするかもしれぬな」
「……少しどころではないかと」
それでも、魔王は心配していない。
ゼルアは真っ直ぐな子になったと自信を持って言えるからだ。
「ただし、育て方を間違えた覚えはない。ゼルアは正しく生きてくれるであろう」
「それは同意いたします」
こうして、強くなりすぎてしまった少年ゼルアの、人間界での生活が今始まる──。
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