黒猫のセレン〜約束の旅〜

小桜八重

プロローグ

シロイカミノショウジョ


 鬱蒼ウッソウとした森の中。


 月光をサエギる木々の影に視界シカイは暗い。


 虫のヒビき渡り、両腕リョウウデ枝葉エダハカスめ、一歩、足をみ出すたび、大地が地底チテイへ引きずり込もうと手を伸ばす。


 白雪シラユキヨウ長髪チョウハツ深泥シンデイき、露出ロシュツした褐色カッショクの肌は擦過傷サッカショウオオわれている。


 ベチャベチャと音を立てる泥足ドロアシ赤黒アカグロく、足裏アシウラの皮はめくれ、いくつかツメがれ、足首もれているようだ。


 全身に旅路タビジ苛酷カコクさがキザまれた少女が、アエぎながら走っている。


 赤錆色アカサビイロのシミがにじむ薄汚ウスヨゴれたボロのヒラいた肩が、冷たい夜風を切り、汗を吸ったスカートがマタマトわりつく。


 モトっ白なワンピースであったが、所々、生地がけ、その隙間スキマから痩躯ソウクナメらかな肌がノゾいて見える。


 少女は森に入りワズかばかり進んだ所で、オモムろに歩みを止めると、素早く左右に頭を振って周囲を見回し、カタワらのシゲみに視線シセンを落とす。


 ふらふらとそこへ歩み寄り、ヒザ泥濘ヌカルみにシズめ腰を丸めてカガみ込んだ。


 鼻を突く刺激シゲキと共に酸っぱい味が口に広がり、声をこぼす。


「ムウゥ……」


(白髪のクロノヒトはメズラしいからって……まさかサラわれるなんて……)


 胸をで、ヒトミを閉じて、小声でツブヤく。


「本当に……許せない」


 一度、深呼吸シンコキュウして息をトトノえ、ヒトミを開き、ヒザを手で押して立つ。


 全身をフルわせながら、ゆっくりと歩みを進めた。


此処ココ何処ドコ……?」


 守るように両腕リョウウデを胸の前に回し、ヒタイにプツプツと汗掻アセカく青い表情をしかめる。


 しばらく進むと月明かりが差し込み、顔を上げると、キラキラといくつもの星が夜空に輝いて見え、美しい。


(良かった……貧しくて……)


 一瞬、自分の境遇キョウグウに感謝しかけたが、すぐにそれは気の迷いと激しく頭を左右に振る。


(でも……小さい頃……スラムで覚えた開錠術カイジョウジュツと、檻の隙間スキマも通せる細い腕のおかげで逃げ出せた……)


 うつむき、腰のポケットにれた。


スキを見て開錠コノ道具をくれた黒鳥人クロノトリノヒトのお姉さんに、いつかお礼したいな……お姉さんもきっと……)


 無意識ムイシキに片手を上げ、クルクルと返して肌の色を確かめる。


(逃げ出す機会チャンスるまでに何ヶ月もかかった……。奴隷商人達ドレイショウニンタチ博打バクチで勝って、お酒を飲んで馬鹿騒バカサワぎした夜、全員が寝てる間に抜け出して、無我夢中ムガムチュウで走り続けて一週間はったわ……)


 先程から、何度か後ろを気にしながら進んでいた。


「もう、けたはず……」


 声を出そうにも、かすれて小さくなり上手く出せない。

 

 しかし、雷のような音ならお腹から響いている。


(水は飲めた……。けど……野草や木の実しか食べてない……一昨日からなんか熱っぽいし……頭がボーッとする……)

 

 汗をヌグって、もう一度、前を向いた。

 

(長い間……世界を回って見世物ミセモノにされた……。西の大陸からこんな遠く東の大陸まで……。最後は何処ドコかの金持ちの変態に売られて、コレクションにされる……)


「ムウゥ……。キモチワルイ……」


(今、世界のどの辺りにいるの? いつか世界を見て回るのが夢だった。オリに入れられ見てきたのは世界の汚い面ばかり。海人ウミノヒトの引く高速舟コウソクノフネ鳥人トリノヒトの運ぶ空飛籠ソラトブカゴには感動したけれど。次は必ず、自分の足で見て回るわ)


 フルえる手で、首に下げたツヤやかな黒い石をニギリチカう。

 

(肌の色で差別サベツされて、ヒトノ国では底辺テイヘンの生活だった……。けれど、優しい両親がいて十分しあわせだった。絶対に家へ帰る! 家族のもとへ……。お父さん、お母さん、待っててね……)


 上を向き、コボれそうな涙を必死ヒッシコラえながら進む。


「ムウゥ……」


 しかし、次第シダイに歩みは遅くなり、ついには立ち止まる。


(足の裏が痛い……足首も、頭も、身体中が痛い……。熱い、水が欲しい、お腹も空いた……。なんだか……まぶたが重い)


 再び、歩き始めようとするが力が入らない。


(疲れた……)


 小さな身体が小刻コキザみにフルえて、グラグラとれている。


(少し……)


「すこし……だけ……ねむ……らせて……」


 ヒザが折れ、前のめりにタオれた。




 

 かつて、世界は人間が全てを支配シハイしていた。

 

 その文明は今より遥かに高度コウドであり、その力は強大で、一夜イチヤにして世界をホロぼせるほど。


 彼らは多くの国々に分かれて暮らし、その繁栄ハンエイは永遠に続くと思えた。


 だがある時、彼らは東と西に分かれ、かつてない大戦を始める。


 世界に人間が増えすぎた為、土地も資源シゲンも不足し、皆が平等に生きることが難しくなり、手段を選ばぬ奪い合いが始まったのだ。


 争いは数十年ほど続き、ほぼ全ての人間が世界から消える形で終結した。


 いくつもの強烈な光、巨大な爆発、東西で、世界中のいたる所で。


 築いた高度な文明も、自然も、全て吹き飛ばす爆風。


 大地は炎で焼き尽くされ、空を黒く塗り潰す真暗マックラな灰に包まれた。


 世界は人間が住めない死の大地となり、奇跡的に生き残ったわずかな人間は、残された小さな島々に逃れる。


 それから……長い……長い時が流れ……死の大地で異変が起きた。


 そこに残されていた生き物達に変化が起こり、人間に似た姿へと進化シンカが始まる。


 彼らは以前よりもスグれた知能チノウを得て、時間をかけて文明をキズく。


 生きびた人間もまた、一から文明をキズき始める。


 両者はやがて、かつての死の大地の上で出会い、時に争いながら理解リカイを深めていった。


 その後、人間はタンにヒトと呼ばれるようになり西の大陸に、他人種族タノヒトシュゾクは東の大陸に分かれて住み、共存キョウゾンするようになる。


 北方に誰も立ち入らぬ『毒の大地』を残しつつ。


 新たな世界にかつてのような高度な文明はない。


 この世界ではヒトによって広められた共通言語カタカナを話す。


 世界の始まりが、一つの神話シンワとなり伝承デンショウされている。


 神話シンワの意味を知るのはわずかな者のみ。


 今、世界はかつての時代のように多くの問題でアフれている。





 『新生神話シンセイシンワ



 カツが祖は


 言葉を発さず


 二足を持たず


 地にし神に新たな血肉チニクを求めた


 天をアオぎ神に新たな知恵チエを求めた


 世界の新生シンセイを求めた


 神はクロノカクノミをサズタモうた


 それは禁断の毒の果実カジツ


 数多アマタの魂を奪い


 エラばれた者達モノタチに新たな知恵チエ肉体ニクタイサズけた


 ……を……した……に……に……しき……を……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る