ボージョレ―ヌーボと男子
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深く考え出すと気が遠くなる。
「ただいまです」
と玄関の辺りから女の子の声がした。とんとんと、階段を登る軽快な足音がする。徐々に足音が近づいてくる。
ガシャッ
「ねぇ、兄さん。マサさん来てま……うわぁ、なんですかココは?すごいお酒臭いのです」
いつも通りノックもなく開いたドアから顔を覗かせると、あふれ出るお酒の匂いにユナちゃんは顔をしかめた。
「やー、ユナちゃん。お邪魔してるよー」
そう僕はユナちゃんにテーブルに突っ伏した状態で手を振った。
「ユナ、何度も言うが開ける時はノックぐらいしろよ。俺にもプライバシーというものが……」
「良いではないですか、本当にマズい時は鍵を掛けてる事をユナは知っているのです。
それより、どうしたのです?お酒も飲める大人なお二方、明るいうちからお酒とは良い大人のする事ではありませんよ?」
そう言ってユナちゃんは背負っていたランドセルを床に降ろす。
「うー、ほっといてくれよー。飲まずにはやってられなかったんだよー」
そう言って僕は缶ビールを口元で傾ける。空っぽだった。僕はまだ空いてない缶を探す。
「もう一本……」
「いけませんよ、マサさん。事情はとんと分かりませんが。何やら大変だったみたいですね。お可哀そうに」
「うう、ユナちゃん、僕の味方は君だけだよ。ありがとう」
彼女の優しさが身に沁みた。ただ、その後彼女は少し離れたところに座ると、膝をポンポンと叩く。
「?なにかな、ユナちゃん?」
「膝枕で頭ナデナデして差し上げます」
「いやー、それはさすがにいいかな」
小学生に膝枕で頭ナデナデされる大学生は印象が悪過ぎる。
「そうですか」
彼女は立ち上がると僕の横に座ってテーブルの上にあった柿ピーをポリポリ摘まんだ。
「美味しいのです。……それで、兄さん、マサさんに何があったんです?」
「マサが好きだった女に彼氏が出来た」
「そうでしたか。それはそれはお可哀そうに。お寿司取りますね」
「ちょっと待ってユナちゃん!?僕が大学受かった時はうまい棒だったのに、お寿司取るの!?あと、ちょっと嬉しそうじゃない!?」
「4年生と6年生の経済力を同一視しないでください。嬉しそうなのは単純に気のせいなのです」
そう言って彼女は兄からスマホを借りると電話を掛けた。
「え、本当に出前取ったんだ?」
「もちろんです。二人前」
「え、待て俺の分は?」
「え、何故兄さんが私のお小遣いでお寿司を食べるのでしょうか?」
不思議そうにユナちゃんは兄に答えた。まあ、それはともかくとユナちゃんは仕切り直した。
「マサさん、ご愁傷さまでした。どうか元気を出してください。寿司でも食べて」
「ありがとうユナちゃん。でも僕はダメダメだ。ダメダメすぎて誰の目にも適わずに、きっとずっと一生独身のままなんだ」
「そんな事ありませんよ、マサさん。マサさんはけしてダメダメなんかじゃありません。そうです、マサさん。よいご提案があります」
「なんだいユナちゃん」
「私が大きくなったらマサさんのお嫁さんになって差し上げます」
「え」
隣りに座っていたユナちゃんをマジマジと見る。
「お、お気持ちだけで十分だよ。ありがとうユナちゃん。うんうん、その言葉だけで何だか元気が出たよ」
するとユナちゃんは更に一歩詰め寄る。下から覗き込むように顔を寄せる。
「私じゃいけませんか?こう見えても私結構モテるんですよ。自分で言うのも何ですが可愛いと思うんです。将来有望だと思いますよ」
「そこはほら、歳の差あるし」
「歳の差が何だと言うんですか」
「いや、ほら。そこは年齢近い方が共通な話題が豊富だったり価値観が合ったり、色々良いでしょう?」
「いいえ。同い年の男の子なんて、正直幼稚なのです。
やはり年上がいいのです。知らない話題が豊富で話していて面白いですし、一緒にいると色々学べて成長できる気がしますし、経験豊富でリードしてくれますし、経済力だってあります!」
「をい」
「ですから!マサさん!」
「をい、妹よ」
「なんですか、兄さん先ほどから。今良いところなんですよ」
「その辺で勘弁してやれ。ホント死ぬぞ?」
「は?」
ユナちゃんには悪いが、ボクは耳を塞いでガタガタ震えていたのだった。
「マサさんっ!?」
まだ多少震えていたが、ユナちゃんに頭を撫でられて多少は気持ちを持ち直した。
「で、何があったんですか兄さん?」
「そいつの振られた理由、まんまお前が言ってたんだよ」
「は?」
同じ大学に入った後も変わらず仲良しだったんだ。お互い好きなんじゃないかなって思ってたんだよ。
でもこの夏新しくバイトを始めたその子は、そこの店長と、店長と……ううっ。
『やっぱり大人な男性って素敵だよね。経験豊富で話してて楽しいし、一緒にいて勉強になるし。経済力あるから色んな美味しいお店連れて行ってくれるし』
そう彼女は嬉しそうに語ったんだ。
「それはまあ、仕方ないのではありませんか?」
「ぐふぅっ!?」
「おい、ユナ!!」
「何故です兄さん?本当の事だと思うのです。アプローチされてる方がお二方いらしたのならより好条件な方を選ぶのは普通だと思うのです」
「だからって言葉を選べよ!」
「ヤです。この機にマサさんの気持ちをヘシ折っておきたいのです」
「そっちが本音か!?鬼か!?」
「うっ、うっ、さ、酒だ酒だー!!もう一杯だー!!」
僕はヤケになって更なるお酒を所望した。
「はい、どうぞ」
ユナちゃんがとくとくとグラスに注ぐ。
僕はそれを一気に煽る。
「ウマイ!これ、何!」
「ファンタです」
「酒じゃなかった!!」
「小学生のお酌でお酒を飲もうとか8年早いのです。……それで、やはり言わせて貰いますが仕方ないと思うのです。理由は先ほど述べました通りです。これを私の立場から述べるのは些か嫌なのですがいつから良いなとお相手の事を想っていたのですか?」
「……意識し出したのは高校2年の夏の頃だったかな」
僕は女子小学生に何の話をしているのかと思わないでもなかったけれど、だいぶ弱っていたのでついつい素直に気持ちを吐露していた。
「……はぁ。という事は通算3年ですか。3年間もあったのにですか。
少々きつい事を言わせて頂きますが、その優位なお立場に胡坐をかき過ぎだったのではありませんか?」
「そんな」
「その3年の間に何をされていたのですか?」
「それは、徐々にお互いの事を知りあって距離を詰めて……」
「で、その結果ひと月で別の男性に上書きされてかっ攫われたと」
「うわーんっ!!ちょっとあの女子小学生恐いんだけどっ!?」
僕はユナちゃんの兄に縋りつく。
「おい、ユナ?もっと手加減をだな……」
「くっ、何故隣りの私ではなくて兄さんにマサさんは抱きついてるのでしょうか……っ!!」
ユナちゃんは苛立たし気に親指の爪を噛むと兄の事を睨んでいた。
「とんだ流れ弾だな!?お前も離れろ」
イヤそうにしていたユナちゃんの兄からひっぺがされた。
「まあ、閑話休題です」
「自分で言うのかユナ?」
ユナちゃんは兄の事を無視して話を続けた。
「マサさんは、本当に好きなら高校の間にどうにかすべきだったのです。ライバルがほぼ学校の幼稚な男子だけだったうちにどうにかすべきだったんですよ。何故大学まで先延ばしされてしまったんですか。ハードモード通り越してヘルモードを選んだんですかビギナーな身の上で」
「それは……」
「それはそれとして、これを機にお伺いしたかったのです。高校卒業したら社会人も手を出して良いみたいな風潮がありますが、アレって何なんでしょうか?ただ単に法律上だけの
都合ですか?それとも紳士協定みたいなものがあるのですか?教師も、卒業したらいいよ、みたいなマンガ多いじゃないですか。昔から気になってたんですよ。兄さんはご存知ですか?」
「知らね」
「そうですか、残念です。まあ、ともかく。高校を卒業した女の子は社会人男性にとって解禁みたいな扱いのようですし、実際一気に活動範囲が広がって出会いの場がそこかしこなのです。急激にライバルが急増するのです。そしてそのライバルはとても強力です。経験も豊富、お金も潤沢な手練れですよ。何十年分のそのような方たちからどのように出し抜いて意中の方を射止めるおつもりだったんですか?」
「それは……」
「もうですね、勝ってるところなんて先に出会ってたという点と、同世代だから辛うじて話題が合うという点ぐらいなもんですよ!それなのにマサさんときたら。マサさんときたら!」
「……」
「おい、ユナ。それぐらいにしとけ?な?もう、泣きそう……じゃなくてマジ泣きしてるじゃねーか」
「おっと、マサさん。別に私はマサさんをイジメてる訳じゃないですよ?
ただ事実を述べてるだけで」
そう言ってユナちゃんは僕の頭をよしよしと撫でた。
「別にマサさんが悪かった訳じゃないです。ただ、その女がマサさんに相応しくなかっただけです」
「ユナ、口が悪い」
「おっと、失礼しました。でもですね、やはりマサさんにその女性は合わなかったと思うんですよ。その女性にマサさんは相応しくなかったと思うんですよ。その点、私はどうですか?」
さり気なさの欠片もなく無遠慮にアプローチしてきた。
「いや、どうって言われても」
急にユナちゃんがもじもじし出す。
「さっきも言いましたが、結構私学校でモテるんですよ?将来有望ですよ?
何がとは言いませんが、色々今も成長してるのですよ?何だったらご確認されますか?」
「しない」
「そうですか。では先送りですね。6年後ですね」
そんなユナちゃんを僕はジト目で見つめる。
「ユナちゃん……わざわざこんな黒歴史を作る必要はないと思うよ。きっと6年間もあれば他に同じ年ぐらいで好きな男子ができるって」
「いえいえ。黒歴史ではありません、これは結婚式で語られる感動エピソードになる予定なのですよ?」
「いやーでもさ、実際小学校でモテてるのはホントでしょ?その子たちと仲良くしたらいいんじゃないかな?」
「いえいえ。正直マサさん以外眼中にありませんので」
「……正直第二第三の僕みたいな人間を生み出したくない」
「おっと思いのほか病まれてました」
そういって「どうぞ」と僕のグラスにファンタを注ぐ。
僕はそれを「ありがとう」と言ってグイっと飲み干す。
僕はぷふぁーと息を吐く。
「いや、ホント。ユナちゃんの言う通りだと思う。僕は認識を誤っていたと思うよ」
「ふむ?どの辺を理解して頂けたのでしょうか?」
「僕が全然大したことないってことさ。僕より顔の良い男も、僕より逞しい身体の男も、僕より楽しい男も、僕より賢い男も、僕より優しい男も、それこそ履いて捨てるほどいるんだよな。そんな男どもを振り切って誰かに愛されたいと思うなんて、僕はなんて御目出度く自惚れていたんだと、今なら理解できるよ」
「おっと?ユナはもしかしてやり過ぎてしまいましたか?弱ってる時に聞かせる話としては刺激が強すぎましたか?激しく刺さり過ぎましたか?」
「ああ。気持ちは末期の黒髭さ。あと1本2本で飛び上がってしまいそうだよ」
「ごめんなさい、そこまで追い詰める気はなかったのですが……」
「いや、ユナちゃんには感謝してるんだ。身の程を知ったよ」
とても今僕は清々しいんだ。
「仮に誰かに好きになって貰えたとしてその後も好きでいて貰える気がしないよ。他にいい男はたくさんいるんだ。きっとすぐに愛想つかされるに決まってる。そうでなくても、いつも誰かにアプローチされてるんじゃないかと思うと気が休まらないと思うんだ」
「付き合ってもいないのに、別れの心配をするだなんて、マサさんは案外と想像力豊かなのですね」
「いや、だってさ」
「その想像上の彼女さんはどうも私ではないようですが、まあ、それはこの際いいでしょう。しかし、その言葉にしたら悲しいイマジナリー彼女さんはきっとマサさんに合っていませんよ。むしろすぐ別れた方が良いでしょう」
「ユナちゃんは何かと僕に別れさせようとするな!?想像上の彼女ぐらいイイだろ!?」
「いいえ、いけません。合ってません。なにせ、マサさんが彼女の事を信じてませんし、彼女さんはマサさんに好きだと伝えきれてないのです。それではうまくいきませんって。即刻別れた方がいいのです。イイですか、マサさん。彼女さんはモノではないんですよ?その彼女さんは、事情は知りませんが色々すったもんだあったかもしれませんが、一応マサさんを選んでお付き合いし始めたのですよ?それなのにすぐに心変わりを疑うなんて彼女さんに失礼ではありませんか。もっと信じて差し上げましょうよ、その架空の彼女さんの事を」
「う、うん。……うん?おっと、恋愛上級者みたいな語りだったので、なんだか納得しかけたけど、ユナちゃん小学生じゃん」
「ええ。ピチピチしてます」
「僕なんかより、よっぽど恋愛経験少ないよね?」
「うだつの上がらない恋愛初心者の大学生には耳年増の小学生恋愛トーク位で十分なのです。それとも何でしょう?マサさんから私に恋愛について教えて頂けるのでしょうか?」
「ああ、いや、まあ、確かに。耳が痛かったけど色々ためにはなった」
「おっと残念です。納得されてしまいましたか。むしろ私はアレコレ逆に恋のレクチャーを受けたかったのですが」
「ねえ、ユナちゃん。ユナちゃんはどうして僕の事をそんなに好きだと思っているんだい?」
「私の事を好きになって頂ければお伝えしますよ?」
「そっか。残念だけど。まあ、何でも聞けば教えて貰えるハズもないもんね」
「私も残念です。やはり好きとは思って頂けませんか」
「さすがに小学生相手にはね。それにやはり第二、第三の僕を生み出すのは気がひけるよ」
「マサさん、今度面白いマンガ貸してあげますね。CLAMPというサークルの方が描かれてるんですよ。
まぁ。それはともかく。あと6年ぐらいはライバルは少ない状態ですので是非ともご検討ください。優良案件なのは確かなのですよ?」
「……ところで、お前は何をしてるんだ?」
部屋の隅でユナちゃんの兄はスマホを操作していた。
「いや、話聞いてたら赤ワイン飲みたくなって、ボージョレ―ヌーボの販売サイトみてた。でも解禁秋だと思ってたけど11月なのな」
「あ、結構先なんだ」
「もうすっかりその気になってたから我慢できるかどうか……どっか闇サイトとかで事前販売してないかな?」
「いや、止せよ?捕まるぞ?……どうしたのユナちゃん?」
「お酒ってそんなに美味しいのですか?ちょっとひと舐めだけでもしていいですか?」
「いや、ダメだよ!?20歳まで待とうよ!?なんで兄妹揃って待てないんだよ……」
ボージョレ―ヌーボと男子 dede @dede2
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