最終話:悲しくならないさよならを教えて。

朝になったら死神の涼介はいなくなっていた。

できれば朝くらいは涼介と一緒に朝食を食べたいと思った。

だけど相手はどんなにそっくりでも涼介じゃない、死神さんなんだよね。


死神さんのおかげで、とりあえず死ぬことはとどまった。

あれはきっと魔が差したんだね・・・いくら好きな人のためとは言え私が

死のうって思うなんて・・・。


今日からまた、前に向かって生きていかなきゃ・・・。

どっちにしても夕方までは涼介と会えないんだし・・・。

気を取り直して会社へ・・・電車に乗るといつもの変わらない風景が流れていく。


で、向日葵は新しい企画の責任者を任された。

なんでも奇抜な発想力を買われたらしい。

時々人が思いつかないようなとんでもないことを言いだしたりするから・・・。


昨日まで死のうとしてた女が日を変えたら責任者に?

もしかしたら今日、私はニュースになってたかもしれないのに?


なんとなくだけど、今日から私も私の周りも変わった気がする。


変わった気がするんじゃなくて、たしかに変わったのだ。

死神と関わったことで・・・。


死神が向日葵の魂を奪わない限り向日葵の人生はこの先も続く。

死神の涼介が目には見えない力で向日葵を守っているから・・・。

だけど人間の向日葵にはそんなこと分かるはずもないことだった。


仕事を終えてアパートに帰ると部屋に電気が付いていて涼介が向日葵

の帰りを待っていてくれた。

陽の光はダメでも部屋の照明は大丈夫なんだ。


「おかえり、向日葵ちゃん」


涼介からそう言われた向日葵は涼介に抱きついた。


「ただいま涼介・・・ほんとにいるんだね」


「疑ってた?・・・誕生日だけのサプライズだって?」


「うん、まだ信じられなくて・・・」

「私ね、あなたには感謝してるの・・・私の命を救ってくれて、私のために

涼介にまでなってくれて・・・私を喜ばせようと頑張ってくれて、とっても

感謝してるの」


「できたら、あなたと涼介とずっと一緒にいたいって思いたい」

「だけど?私の中に、あなたがまだ本物の涼介じゃないって意識があって

素直に認められないの」


「このまま一緒に暮らしても、私の中からその意識がなくならない限り

あなたに甘えられない」

「知ってる?たとえ手の届かない場所にいる人でも好きになったその人と

結婚したいって思うこと、それってファンとしては究極の願望だよね」


「だけどいくらここに涼介がいたとしてもそれは叶わないでしょ?」

「本物の涼介はもうこの世にはいないんだから・・・」

「いくらあなたが私のために頑張ってくれても、それはやっぱり涼介じゃないもん」


「そう言われると身も蓋もないじゃん、せっかくの人の好意を・・・」

「まあな、俺は涼介じゃないのはたしかだもんな・・・化けてるだけで、ふりしてるだけで・・・一皮むけば死神だもんな」


「グリム・リーパーでしょ?」


「いいんだ、そんなこと」

「結局、俺が涼介でいることが返って向日葵ちゃんを悲しい思いにさせるんだな」

「俺を・・・この涼介を見るたびに向日葵ちゃんは生きてた頃の涼介を思い出す

んだ・・・なんだよ逆効果じゃん」


「それじゃいつまで経っても向日葵ちゃんは前に進めない」

「分かった・・・向日葵ちゃんのこと好きだけどそれ以上に君を愛してるし、

悲しませたくない・・・別れなくないけど、しょうがないな・・・

俺は涼介をやめるよ・・・ここにいても意味ないから・・・さよならだな」


「涼介にいてほしいけど、いたら辛いし・・・ごめんね、私のわがままで」


「いいよ・・・向日葵の好きにするさ・・・」

「晩ご飯できてるから・・・一緒に食べよう、俺と向日葵の最後の晩餐だ」


ふたり仲良く晩ご飯を食べた後、死神の涼介は向日葵に優しくハグして、

そしてキスした。


「じゃ〜な俺、行くから・・・向日葵、生きろよ絶対死ぬなよ、元気でな」


「あの・・・涼介じゃなくてもいい、グリム・リーパーでもいいから時々

私に会いに来て・・・だって私の命の恩人だもん、忘れられないもん」


「そうだな、向日葵がちゃんと生きてないと、また現れるかもな・・・」


「それよりさ、これから一緒に風呂に入ろうと思ってたのに・・・向日葵の裸見たかったからさ・・・」

「でさ、一週間くらい付き合った頃エッチしようよって誘うつもりでいたのに」


「私を笑わせようと思ってそんなこと言ってるでしょ?」


「本当にそう思ってたんだよ?冗談じゃなくて」


「じゃ〜な、涼介のままだと別れが辛いだろ?・・・元に戻ってやるよ」

「そのほうが気兼ねなく別れられるだろうからな?」


そう言うと涼介は死神にもどって元のフードを被ったドクロのマスクをした不気味

な人になった・・・。

死神は向日葵を見ずに後ろを向いたまま手を振ると彼女の部屋から静かに消えて

いった。


「ごめんね・・・悲しくならないさよならを私に教えて・・・」


そう言って向日葵はその場に泣き崩れた。

死神は向日葵の前に再び現れることはなかった。


向日葵にとって死神との出会いは、これからも命を大切に生きて行けよ、頑張れよ

と言う掲示だったのかもしれない。


世の中の自殺した人たちも向日葵のように死神と遭遇していたら、もしかしたら

死なずに生きていて素敵な人生を送れたのかもしれないね・・・。


おしまい。












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さよならを教えて。 猫野 尻尾 @amanotenshi

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