第9話 ジョウモウカルタ

「オイっ!どこに連れていく気だ!!」


喫茶店のあるケヤキ通りを抜けて横断歩道橋へと連れてこられた。老朽化した歩道橋の下を無数の馬のいない馬車がものすごい速さで駆け抜けていく。


いい加減にしろ!と、王子は金髪男の体を突き飛ばした。金髪男はアララと言わんばかりの表情をしたのに王子は苛立った。


「まあまあ魔界の王子殿。こちらに来たばかりでしょう?ご案内しますよ」

「なぜオレのことを知っている!?そもそもここは一体なんなのだ!」

「キミはこの業界ではそこそこ有名人だし…ここは…」

「グンマーはグンマーなのであろう!?そうではなくて…」


金髪男はくるりと王子に背を向けた。そしてポツリとつぶやいた。


ーーー力合わせる200万人…。


「は?」

「力合わせる200万、ですよ」

「いや、だからそれがどうしたと…」

「おや、かの有名な古文書ジョウモウカルタをご存知ないのかね?」


知らんな…あいにく…と、言い放った王子の記憶の隅に寝る引き出しが唐突にガラリと開いた。そして頭の中に響き渡る無数の子供達の声が…つるまうーかたちのーぐんまけーん…。つるまうーかたちのーぐんまけーん…。


「ぅうっ!?頭の中から聞こえてくる…な、なんだこの独特なイントネーションとしつこく繰り返されるフレーズは…!?」

「ふふっ」


王子に背を向けていた金髪男は再び王子の方へと振り向く。馬のない馬車が出す強烈な光を背に受ける金髪男の表情はよく見えなかったが、王子には男が暗闇の中で怪しく笑っているように見えた。


「ジョウモウカルタ…それはグンマー人のDNAに深く刻まれた祖先の記憶…」

「なんだなんだ…なにが始まったんだ」

「ジョウモウカルタの札の中にある“力合わせる200万人”…悲しいかな。数年前、とっくにここの人口は200万を欠いているのですよ」


それがどうしたというのだ。王子は話の見えない男の口上に苛立った。まあまあ落ち着きなさい、と宥めるように両手の平で制した。


「ここグンマーの総人口が200万を欠くという沽券に関わる事態にジョウモウカルタは考えたのですよ。どうすれば200万人に復活できるのか、とね…」

「ま、まさか…」


足元を行き交う馬のない馬車がカッと強い灯りで金髪男の顔を貫いた。その顔はどこか遠くの景色を見ているようでそれが殊更王子の不安感を駆り立てた。


「ジョウモウカルタは今まで貯めてきた己の力を使い、ここグンマーと魔界を繋げたのです」


正確には魔界からの転送トンネルに穴を開けて、グンマーに送られるような仕様のようですが。金髪男は続けて話したが、もはや話の内容など耳に入ってこなかった。

話が事実だとしたら、そのジョウモウカルタはあろうことか魔王の魔法行使に干渉しているのだ。

そんなことあるはずがない。

いや、あってはならない。


「ふ、ふざけるな!?人間ごときが作った古文書にそんな力があるわけないだろう!父上…いや、魔王様の空間転移魔法を捻じ曲げているのだぞ…!」


それがどうしたというのです。

金髪男はそう言うながら王子の方へと足を向けた。


「ここはグンマーですよ?」


金髪男のやけに通るイケボに王子の耳の奥がジンジンとするような錯覚を覚えた。


そうか…グンマーだからか…。グンマーなら致し方ない。そういうこともあるか。いや、ないだろう。


戸惑い、動揺、不安…混沌とした感情に震えそうな体を押し込み、王子はそもそもの疑問を口にした。


「なぜお前のような人間がそんなことを知っているのだ!お前は一体…!?」

「ふふっ…紹介が申し遅れました」


ズイッと近づいてきた顔に王子は思わず後退りした。背中にドンッと横断歩道橋の錆びた柵が

当たった。逃げ場は無かった。

そんな王子の様子を面白そうに見る金髪男。その端正な顔を親しげに微笑ませた。


「私はエド・丸野…あなた方魔族が“賢者”と呼ぶただの人間ですよ」

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