第8話 ふしぎなちからによってかきけされてしまった!

金髪男から溢れ出る膨大な魔力のオーラに圧倒されそうになりながら、王子は負けじと男を睨みつけた。

金髪男は王子と目が合うなり、ふっと不敵な笑みを浮かべて颯爽と店の中を歩いた。


「大家さん!今日はお見えにならないのかと思いました」

「やぁモトコ。実に…面白い知らせが舞い込んできてね」


金髪男がパチっと指を鳴らすと男の体から溢れ出ていた魔力はスッと消え去り、カウンター席にはただの人間が座っていた。

顔色ひとつ変えずにやってのけた。この尋常ではない魔力の量と操作性…コイツ、ただものではないと感じつつ今の自分にはどうすることもできない無力さに王子は打ちひしがれた。


…いや、武器がないのであれば呼べば良いのだ。コチラに。


王子は右手に魔力を込めた。

父親である魔王ほどではないが王子にも空間転移魔法の心得はあった。生命体は飛ばせないが物体であればある程度呼び寄せることが可能…とはいえ、人間たちが魔界と呼ぶ範囲から出たことのない王子には実質初めての試みであった。

カウンター席に座ったままの金髪男こと大家は王子の挙動に微笑みを絶やさないまま、組んでいた長い足を組み替えた。


目の前で何が起こっているのか分かっていない喫茶店員はなにかゆっくりとした動作で動く王子に太極拳習ってるんですか?健康に良いですからね!と、声を掛けながら大家の方へ顔を向けた。


「大家さんもいつもので…」


と、少女が金髪男に声を掛けたところでプルルっ!とけたたましい音が鳴った。少女が慌てた様子で机の上で震える薄く四角いなにかを手にすると耳に近づけた。


「はい、モトコです!あ、店長〜もーどうしたんですかー?」


なんだあれは…と、転移魔法途中の王子が訝しんでいると右手をそっと掴まれる。金髪男の手が王子の手首に触れていた。


「…!?」

「驚かせて悪いけど、ここでは魔法は使えないよ」


王子が手の中に込めていた空間転移魔法は情けなくプシュ…とわずかな煙を上げて消えてしまった。ふしぎなちからによってかきけされてしまった!


まぁ、座ったら?と、金髪男は座るように促す。この男…やはり只者ではない!王子はジリジリと後退していると少女の声が慌てた様子で大きくなった。


「はい…えっ!これからですか?」


チラリと金髪の大家と新規客である王子に視線を投げた。ちょっと待ってくださいね、と言うたその四角て薄いものから耳を離し、こちらに困ったような顔を向けた。かわいい。


「あの…大家さんとこんにゃくのお客さま…きていただいて本当に申し訳ないのですが、アルバイト先のお店で風邪ひいて急遽来られない子がいて…」


その先は言わずとも悟った大家が王子の肩に馴れ馴れしく手を回した。


「ああ、大丈夫だよ!そもそも表にクローズの看板が出て入ったんだし、気にせずアルバイトにいっておいでモトコちゃん」


もうオレ達意気投合しちゃって!これから飲みにでも行くね、と付け加えると金髪男は王子に構わず店の出入り口まで引っ張っていく。肩を組まれたままの王子は成すすべなく引きずられていった。


「お、オイ!!お前勝手に…オレはそんなこと言って…」

「おや、本当にいいのかい?…魔界の王子さま」


端正な唇から発せられた自分の正体ーーーギョッとして金髪男の顔を見ると、青い瞳は全てを知っているかのように王子を鋭く射抜くような眼差しのまま、半月を描いて笑った。


「そうなんですね〜彼、お金を持ってないって言うし…大家さんとなら安心かな?」


でも、ヘンナトコロ連れていっちゃダメですからね!と少女は釘を刺した。


「あ、そうだ…これ」


良かったらあとで食べてね、と王子の指先にビニール袋が引っ掛けられる。

適度なその重みと僅かに触れた少女の指先にどきりとする間も無く喫茶店の外へと引き摺り出されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る