#5

 八雲さんの妊娠が発覚したのは、僕らが結婚してから1ヶ月ぐらい後のことだった。


 いつのまにかふくよかになった彼女に違和感を覚え、それから体調不良で夜のお楽しみがお預けになる事もしばしば。もうそろそろ搾り取ってもらわないと限界……に近付いた頃、マイハニーは一段とご機嫌な声で懐妊報告をしてくれた。


「えっ!本当?!僕、本当にパパになるんだね……」


 思いもよらない彼女の言葉に僕は泣いた。その涙の大半は喜びだったけど、残りの0.001%は禁欲に対する絶望。今まで八雲さんを独り占めできていたこと自体が奇跡なんだから仕方ないけど、それでもやっぱりトツキトオカとベッタリしていられる赤ちゃんは羨ましい。いっそこの際、僕も彼女の赤ん坊だったら良かったのに。少しの嫉妬で唇を尖らせた僕は、せめてもの抗いとして甘くて優しい香りのする八雲さんをふんわり抱きしめた。


 それからというもの、ニート改め専業主夫となった僕は、今まで尽くしてもらった分の恩返しをしようと家事を引き受ける。昔から大っ嫌いな掃除と洗濯、鍋で作る即席麺は天下一品の料理etc……。仕事先でもバリシャキ働いて、家でも完璧にこなしてくれていたスーパーウーマンハニーには敵わないけれど、彼女の心地良い生活と僕の禁欲精進に抜かりはない。


「あれ……なんか、お腹が大きくなるスピード早くない?」


 彼女の赤ん坊サプライズから3ヶ月ぐらい経った頃、八雲さんのお腹は臨月みたいにパンパンだった。肌の質感はスベスベなままだけど、たんこぶみたいに腫れ上がったお腹はふにゃふにゃというよりカッチリしている。まぁこの中に人間が入っているわけだから、これくらい膨らんでないとおかしいか。


「そう……かな?この子が出来てからよくお腹が空いて食べちゃうから、少し太ったかもしれないね」


 苦笑いとも照れ笑いともつかない悪戯っぽい彼女の表情に胸と下半身が高鳴る。いや、流石に今はダメだろ……確かにそーゆー系のエロ動画も、僕のパソコンのデータコレクションで立派なオカズになっているけれんども……。収まれ、僕。耐えろ、僕。


「太った私なんて、もう可愛くないよね……」


 寂しげな表情で呟いた八雲さんの手を取って、「そんなことないッ!!」とほぼ反射で答えた僕は、ジッと彼女の顔を見つめる。


「八雲さんは僕の愛しすぎるハニーで天使で超ウルトラデラックス激最強自慢の妻だから、いつまでもいつまでも可愛いよ!」


 勿論これも本音。そういえば彼女と結婚してから、嘘を吐くのが少なくなった気がする。やっぱり八雲さんは、ロマンスの神様がクズニートの僕を更生させる為に与えてくれた蜘蛛の糸なんだね。

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