#3
僕の案内で入ったのはザ・下町って感じで小汚いけど、グルメサイトでは味に定評のあるリーズナブルなお店。綺麗めの格好をしているクラウドちゃんには合わないかもだけど、できる限り食費は抑えたいんだよね。ほら、人間節約しようと思ったら、エンゲル係数ぐらいしか削るところないじゃん?
「こういうお店、初めて来ました!なんか新鮮でいいですねっ」
「そうなの?!ここ、めちゃくちゃ美味しいんだよ」
ごめん嘘。僕も始めてきたお店なんだよね。でも可愛い子の前で見栄を張っちゃうなんてよくある事だし、きっとロマンスの神様もこれくらいの戯事なら見逃してくれるでしょ。ペラペラとメニューを捲った僕は、グルメサイトでオススメされていた明太もちチーズの天かすましましを常連風に注文する。
「なんか、行きつけって感じで羨ましいなぁ〜」
注文ついでに置いてかれたお冷やを飲みながら他愛もない話を続けると、クラウドちゃんはキラキラとした笑顔で僕を見つめた。う、うん……嘘だと言いたいけど言いたくない。ここで人生何度目かの『一生のお願い』を使ってクラウドちゃんを持ち帰れたら、ちゃんと真っ当な人生歩みます……だから見捨てないで女神様。
「……たまに来る程度だよ。あっ、そうだ、クラウドちゃんの行きつけとかってあるの?」
「私の行きつけ……えーっと、渋谷のカフェと赤坂のレストラン、それから……」
「あぁもういいもういい、めちゃくちゃ美味しそうだね!そういえばクラウドちゃんって、お仕事何やってる人?」
「えっと、大学の研究室に勤めています。簡単に言うと、イキモノの生態とかを研究してますね」
イヤイヤあかん、この子のスペックは僕のステータスに見合わない。身長からして、財力も、知性も何一つ及んでないよ……。いや待てよ、彼女を娶ったら、俺の人生安泰ヒーローじゃないっすか!
「えっ?!凄い!クラウドちゃんって、めちゃくちゃ頭良いじゃん!!」
「いえ……そんな事はないですよ。実験だって失敗することも多いですし」
はにかんで謙遜するクラウドちゃんがまだ手袋を付けたままの手を小さく振って否定すると、唐突に黒い物体が僕の視野に飛び込む。黒い体に見合わないほど長い8本の脚、大きい割りに動きが素早いモジョモジョとしたソレは、テーブルの端から真ん中に設置された鉄板を目掛けて駆け抜ける。
「く、蜘蛛だぁ!!」
驚きのあまり周りも構わず叫んだ僕は、自分の情けない声にハッとした。やばい、クラウドちゃんに嫌われちゃうかも。ダサいって思われるかも。ここはスマートに「〇〇クモですね」とか言って叩きのめすのがベター?
「あっ、これ、ジョロウグモですね」
僕の思考回路がフル回転で正解図を描いている間に、彼女は手袋でヒョイと蜘蛛を摘まみ上げる。そしてそのまま店内の壁に引っ付けると、「戻ってきちゃダメだよ〜」なんて呑気に声を掛けた。
「む、虫とか平気な人?」
「まぁ……研究室によくいますし。もしかしてお嫌いでしたか?」
「嫌いじゃないよ……全然」
ごめん嘘。虫の類はオールアウト、お気持ちすらも要りませんってレベルで大っ嫌い。
「ふふふっ……それは頼もしいですね。私も素手では触れませんが、今は手袋してるんで大丈夫です!」
じゃーんと効果音が付きそうな身振りで僕の目の前に手を伸ばしたクラウドちゃんは、「私、実は極度の潔癖症で、手袋が外せないんですよ」と苦笑いを浮かべる。
「そうなんだ……いいよね、そーゆー綺麗好きな子!僕は結構だらしないから、ちゃんとしてる子を見るといいなぁって思っちゃう」
これは本当。
「クラウドちゃん、本当に可愛いし最高……僕の理想そのまんま過ぎて結婚しちゃいたいよ」
これも本当。
「いいですよ」
「はぁっ?えっ??」
「結婚、私でよければ」
イイデスヨ、ケッコン、ワタシデヨケレバ……?やばい頭が言葉をうまく消化できない。口説いた僕が言うのもなんだけれどさ、結婚ってこんなにサラッと決まっちゃっていいもんなの──。
壊れたコンピューターみたいにショート寸前の僕は、彼女の口から出た嬉しすぎる予想外の言葉に本日2回目の雄叫びを上げる。
「是非ッ!是非、宜しくお願い致しますッ!!!」
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