第29話 失策

### 三河中入り作戦への参加


羽黒の敗北から数日が経過し、藤堂高虎は戦略の次なる段階へと進む準備をしていた。秀吉は池田恒興の献策を受け入れ、**三河中入り作戦**を決行することを決めた。これは、家康の本拠地である三河に奇襲を仕掛け、その補給線を断つことで小牧山城からの撤退を強要しようというものであった。


高虎はその作戦に参加することとなったが、彼の心には一つの疑念があった。


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夜、戦の前夜、高虎の幕営で、側近の**山崎**が近づいてくる。


**山崎**: 「高虎様、明日からの三河への進軍…本当に大丈夫でしょうか?」


高虎は地図を眺めながら静かに応じる。


**藤堂高虎**: 「三河は家康の本拠だ。そう簡単に攻め落とせる場所ではない。それに、補給線を狙うにしても、敵の警戒は強い。作戦は慎重に進めなければならない」


山崎が少し焦りを見せる。


**山崎**: 「そうであれば、もっと別の策を考えるべきではないでしょうか?家康は油断しないでしょう…」


高虎は一瞬黙った後、決然とした声で答えた。


**藤堂高虎**: 「今は秀吉公の意向に従うしかない。しかし、重要なのは作戦が失敗した時にどのように動くかだ。私たちは常に次の一手を考えておく必要がある」


山崎はその言葉に納得し、深く頷いた。


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### 三河中入り作戦の開始


4月6日の夜、藤堂高虎、森長可、そして池田恒興らは秀吉の命令を受け、三河への侵攻を開始した。夜闇に紛れ、数千の兵士たちが密かに進軍する。高虎の目は鋭く、常に周囲の動きを観察していた。


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三河の街道沿いで、高虎はふと馬を止め、部下たちに指示を出した。


**藤堂高虎**: 「ここで一旦止まれ。周囲の地形を確認し、伏兵がいないか確かめろ」


部下たちは即座に散開し、道沿いの森や川の付近を探索し始めた。ほどなくして、報告が上がる。


**部下の一人**: 「高虎様、先方に少数の敵兵が確認されました。どうなさいますか?」


高虎は少し考えた後、冷静に指示を出した。


**藤堂高虎**: 「敵に気づかれぬように動け。こちらが奇襲する形で一気に蹴散らす」


彼の指示通り、少数の敵兵はすぐに撃退された。だが、その後も高虎の頭の中には一つの不安が残っていた。三河への進軍は計画通り進んでいたものの、敵の抵抗が予想よりも少なかったのだ。


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進軍を続ける中、高虎と恒興が会話を交わす。


**池田恒興**: 「順調だな、高虎。家康の兵は大したことがない」


高虎は少し眉をひそめながら答える。


**藤堂高虎**: 「いや、油断は禁物です、恒興様。家康が何の手も打たずに我々をここまで通すとは思えません。おそらく、こちらが罠に嵌められている可能性が高い」


恒興が少し不安げに頷く。


**池田恒興**: 「そうか…だが、今さら退くわけにもいかない。ここで一気に攻め込むしかあるまい」


高虎はその言葉を聞いて決意を固めた。三河に入った以上、後戻りは許されない。たとえ罠であったとしても、それを打破するために全力を尽くすしかない。


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### 決戦への備え


進軍の終盤、高虎は再び地図を広げ、最終的な作戦を練っていた。彼は戦場の地形を利用し、敵の包囲網を破るための策を考えていた。


**藤堂高虎(心の声)**: 「ここでの一戦が運命を決める。失敗すれば全軍壊滅、成功すれば家康に勝利を掴む機会を得る。森長可が望む力攻めは無謀だが、私は違う道を選ぶ」


彼は自らの戦術を確信しつつ、部下たちに最後の指示を下した。


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**山崎**: 「高虎様、準備は整いました。次の指示をお待ちします」


高虎は静かに頷き、最後に言葉を発した。


**藤堂高虎**: 「よし、すべての部隊に通達しろ。敵の隙を突き、一気に勝利を掴む。我々は勝つためにここにいるのだ」


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こうして藤堂高虎は、慎重な計画のもと、次なる戦いへの準備を整えた。彼の冷静な判断と鋭い戦術眼が、秀吉軍に勝利をもたらすかどうかは、まさにこの一戦にかかっていた。


 ### 三河侵攻の展開


4月6日の夜、藤堂高虎率いる部隊は、予定通り三河の領内に侵入した。しかし、高虎の胸中には依然として緊張が走っていた。進軍は順調すぎるほどで、家康側の防御がほとんど見られなかったからだ。


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道中、高虎と池田恒興、森長可が集まり、戦略会議が開かれる。


**森長可**: 「家康の連中、臆病風に吹かれたか?これでは戦いにならん!」


長可は笑い飛ばしながら、剣の柄に手を掛けている。彼の目には戦の熱気が宿っていた。


**池田恒興**: 「確かに、ここまで抵抗がないのは拍子抜けだ。しかし、油断するな、長可。家康が策を練っていないとは思えん」


高虎も口を挟む。


**藤堂高虎**: 「恒興様の言う通りです。これほどの静けさは不自然です。敵は確実にこちらを見ている。罠を張っているか、我々の動きを誘導しているのでしょう」


長可は不機嫌そうに顔を歪める。


**森長可**: 「罠だろうが何だろうが、正面突破で構わん!こっちには力がある。家康の軍など一蹴してやる!」


高虎は冷静に反論する。


**藤堂高虎**: 「確かに力は大事だが、ただ力任せでは戦に勝てません。我々はここで時間を稼がれているのかもしれない。周囲の地形を生かし、敵が待ち伏せている地点を予測すべきです」


恒興が同意の意を示しながら、高虎に話しかける。


**池田恒興**: 「高虎、お前の策を聞こう。我々はどう進むべきか?」


高虎は地図を指し示しながら語り始める。


**藤堂高虎**: 「我々がこのまま進軍を続ければ、必ず狭い谷間に差し掛かる。その地点で敵の伏兵が待ち構えている可能性が高い。私たちはあえて進軍速度を落とし、偵察を強化するべきです。さらに、森殿には別働隊として左翼を牽制してもらいたい」


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### 伏兵との遭遇


高虎の予感は的中した。進軍を進めるうちに、突然森の中から伏兵が現れた。家康が手を回していた兵士たちが一斉に矢を放ち、前衛の部隊が混乱に陥る。


**兵士**: 「伏兵だ!敵がこちらに向かってくる!」


混乱が広がる中、高虎は冷静に指揮を取った。


**藤堂高虎**: 「動じるな!我々は敵を待っていた。弓隊、後方から援護射撃を行え!鉄砲隊は側面を固めろ!」


彼の的確な指示により、部隊は一時的な混乱を乗り越え、反撃体制を整えた。森長可も側面から攻撃を仕掛け、家康軍の伏兵を追い詰めていく。


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### 戦後の余韻


伏兵を退けた後、高虎たちは改めて作戦の進行を確認するために集まった。森長可は相変わらず勝利に酔いしれた様子であるが、恒興と高虎の表情は慎重だった。


**森長可**: 「どうだ、高虎!俺の力で敵を一掃してやったぞ。お前の慎重策も悪くないが、やはり俺のように勢いで突き進む方が早い!」


高虎は微笑みながらも、森の言葉に応じなかった。ただ、恒興に視線を向け、次の作戦について確認した。


**藤堂高虎**: 「恒興様、敵の伏兵はこれで片付けましたが、まだ油断できません。三河の本拠に近づくにつれ、さらに大きな抵抗が待っているでしょう」


恒興はうなずきながら答える。


**池田恒興**: 「その通りだ。家康はただの伏兵だけで我々を止めるつもりではない。次はさらに強力な軍勢が待ち構えているだろう。高虎、引き続き慎重に動いてくれ」


高虎は頷き、再び地図に目を向けた。


**藤堂高虎**: 「我々の最終目標は三河への奇襲です。しかし、敵の動きを警戒しつつ、最も効率的に進軍する策を練る必要があります」


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### 秀吉からの命令


その晩、秀吉からの伝令が届き、高虎たちは新たな指示を受けることとなる。秀吉は三河侵攻が順調に進んでいることを確認しつつも、さらなる戦局の変化を予感していた。


伝令が秀吉の言葉を伝える。


**伝令**: 「秀吉公より、藤堂高虎殿、池田恒興殿に伝えられました。これより三河にて徳川の主力を引き出し、決戦に備えるようにとのことです」


高虎はその言葉を聞き、心を引き締めた。


**藤堂高虎**: 「これが最後の戦いだ。秀吉公の期待に応えるためにも、我々はこの機会を逃さず、徳川を討たねばならない」


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こうして、藤堂高虎は三河中入り作戦の最終段階に向けて動き始めた。家康との決戦が間近に迫る中、彼の冷静な判断と緻密な戦略が、戦の行方を大きく左右することとなる。


 ### 長久手の戦いと高虎の動き


#### 背景


長久手の戦いは、秀吉の家臣である藤堂高虎にとって重要な局面となる。4月9日、池田恒興と森長可の軍は、徳川家康の軍勢との壮絶な戦闘に突入した。家康の陣営には自身と井伊直政、織田信雄が加わり、総力を挙げて戦いに挑んでいた。一方、恒興と長可は、部隊を分けて応戦するが、次第に不利な状況に追い込まれていく。


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### 高虎の指揮下


高虎は、秀吉の命令で池田勢と森勢の支援に向かっていた。彼の部隊は長久手の戦場から少し離れた位置にあり、敵の動向を注視しつつ戦略を立てていた。高虎の知謀が戦局を大きく左右する瞬間が訪れる。


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#### 高虎と恒興の対面


恒興が戦況を見守りながら、崩れ始めた左翼を立て直そうと奮闘していたころ、高虎は恒興に近づき、直接対話する機会を得た。


**藤堂高虎**: 「恒興様、事態が急変しています。長可殿が討たれ、敵の勢いが増しています。このままでは戦局が完全に不利に傾きます」


**池田恒興**: 「分かっている、しかしどうすることもできぬ。すでに我が軍は多数が失われ、立て直しが困難だ。もし何か策があるのなら、直ちに実行してくれ」


高虎は深く考え込む様子を見せた後、決意を固めた。


**藤堂高虎**: 「それでは、私の部隊を使って後方からの奇襲をかけます。敵の補給線を断ち、混乱を引き起こすことで、少しでも勝機を見出そうと考えています」


恒興は少しの希望を持って、頷いた。


**池田恒興**: 「頼む、高虎。もし可能なら、少しでも敵の力を削いでくれ」


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#### 奇襲作戦の実施


高虎はすぐに部隊を指揮し、徳川軍の補給線を攻撃する計画を立てた。彼の指揮する部隊は夜間に静かに進軍し、敵の後方に潜入した。


**藤堂高虎**: 「全兵、静かに動け。敵が眠っている間に、一気に補給物資を奪い、混乱を引き起こすぞ」


部隊が補給線に到達すると、高虎は静かに指示を出し、敵の物資を焼き払い、兵站の混乱を引き起こす。彼の冷静かつ迅速な行動は、敵に大きなダメージを与えた。


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#### 戦後の報告


戦闘が終息に向かう中、高虎は恒興と再び対面し、戦局について報告した。


**藤堂高虎**: 「恒興様、私の奇襲が成功し、敵の補給線に大きな打撃を与えました。これにより、敵の士気も低下するでしょう。」


恒興はその報告に安堵の表情を浮かべた。


**池田恒興**: 「素晴らしい。これで少しは持ち直せるかもしれぬ。しかし、家康の動向には依然として警戒が必要だ」


高虎は深く頷いた。


**藤堂高虎**: 「引き続き、戦況の変化に対応し、最善を尽くします」


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### 戦後の調整


長久手の戦いの結果、恒興と長可の軍は潰滅し、徳川軍の勝利に終わった。秀吉は戦場近くの龍泉寺に急行するも、本多忠勝の妨害を受け、予定通りの攻撃は叶わなかった。家康は小幡城を経由して小牧山城に帰還し、秀吉は翌日楽田城に退却した。


高虎の活躍は、戦局における重要な要素となり、秀吉の軍勢に一定の猶予を与えた。戦後、彼の冷静な判断と迅速な行動は、高く評価されることとなった。

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