第30話 紀州征伐

 根来寺は室町時代においては幕府の保護を背景に紀伊・和泉に8か所の荘園を領有し、経済力・武力の両面において強力であった。戦国時代に入ると紀北から河内・和泉南部に至る勢力圏を保持し、寺院城郭を構えてその実力は最盛期を迎えていた。天正3年(1575年)頃の寺内には少なくとも450以上の坊院があり、僧侶など5,000人以上が居住していたとみられる。また根来衆と通称される強力な僧兵武力を擁し、大量の鉄砲を装備していた。根来寺は信長に対しては一貫して協力しており友好を保っていたが、羽柴秀吉と徳川家康・織田信雄の戦いにおいて留守の岸和田城を襲うなどしたほか、大坂への侵攻の動きも見せていたため、秀吉に強く警戒されており、秀吉側は根来寺を攻略する機会を伺っていた。


 本能寺の変は雑賀衆内部の力関係も一変させた。天正10年6月3日朝に堺経由で情報がもたらされると、親織田派として幅を利かせていた鈴木孫一はその夜のうちに雑賀から逃亡し、4日早朝には反織田派が蜂起して孫一の館に放火し、さらに残る孫一の与党を攻撃した。


 以後雑賀は旧反織田派の土橋氏らによって主導されることとなった。土橋氏は根来寺に泉識坊を建立して一族を送り込んでいた縁もあり、根来寺との協力関係を強めた。また織田氏との戦いでは敵対した宮郷などとも関係を修復し、それまで領土の境界線などをめぐり関係の際どかった根来・雑賀の協力関係が生まれた。


 天正11年(1583年)、秀吉は蜂屋頼隆を近江に転出させて中村一氏を岸和田城に入れ、紀伊に対する備えとした[47]。一氏の直属兵力は3,000人ほどで、紀州勢と対峙するには十分でなかった。そのため和泉衆[48] をその与力として付け、合わせて5,000人弱の兵力を編成した。これに対抗して根来・雑賀衆は中村・沢・田中・積善寺・千石堀(いずれも現貝塚市)に付城を築く。以後、岸和田勢と紀州勢との間で小競り合いが頻発するようになった。


同年7月、顕如は鷺森から貝塚に移った[49]。


同年秋頃から紀州勢の動きが活発になる。10月、一氏は兵力で劣るために正面からの戦いを避け、夜襲で対抗するよう指示を出した。同12年(1584年)1月1日、年明け早々に紀州勢が朝駆けを行う。3日、今度は岸和田勢が紀州側の五か所の付城を攻め、これを守る泉南の地侍らと激戦となった。16日、紀州勢が来援し、五城の城兵と合わせて8,000人の兵力となり、岸和田を衝こうとした。岸和田勢は6,000人の軍勢で対抗し、近木川で迎撃して紀州勢を退けた。


 同年3月、根来・雑賀衆及び粉河寺衆徒は日高郡の湯河・玉置氏の加勢を得て和泉へ出撃。さらに淡路の菅達長の水軍も加わり、18日には水陸から岸和田・大津を脅かした。大津の地侍真鍋貞成は菅水軍の200艘1,000人を撃退した。


 21日、秀吉は尾張に向けて出陣。翌22日、紀州勢は二手に分かれ、一手は土橋平丞兄弟を将として4,000 - 5,000人で岸和田城を攻撃した。もう一手は堺を占領して堺政所・松井友閑を追い払い、さらに26日には住吉や天王寺に進出して大坂城留守居の蜂須賀家政・生駒親正・黒田長政らと戦った。未だ建設途上の大坂の町は全く無防備で、紀州勢は大坂の街を破壊し焼き払いつつ侵攻した。また盗賊が跋扈し略奪が横行し、その治安の悪化は安土炎上時に匹敵したという。最終的には大坂は守られ、紀州勢は堺・岸和田からも撤退した。この戦いを岸和田合戦という。


 この攻勢は秀吉が小牧・長久手の戦いに出陣しようとした矢先に行われ、秀吉は一度は予定通り21日に大坂を出立したもののその後また大坂に戻るなど出鼻を挫かれることになった。その後も4月には保田安政が河内見山(錦部郡)に進出し、8月には見山城を築いて活動拠点とした。またこの時期、根来・雑賀衆は四国の長宗我部氏とも連絡を取り合っていた。


 ### 高虎の策と岸和田合戦の混乱


#### 秀吉の計画


 天正12年(1584年)春、岸和田の戦況はますます激化していた。秀吉はこの局面に対処すべく、高虎を呼び寄せた。高虎は秀吉の本陣で計画を練るために集められ、戦局の把握に努めていた。


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### 高虎と秀吉の会話


**秀吉**: 「高虎、今の状況をどう思う?」


**藤堂高虎**: 「紀州勢の攻勢は予想以上に強いです。彼らは水陸両面から攻撃を仕掛けており、岸和田の防備は限界に達しています」


**秀吉**: 「その通りだ。だからこそ、君にこの問題を解決してもらいたい」


**藤堂高虎**: 「了解しました。紀州勢の兵力は分散しており、各所で小競り合いを繰り広げています。これを利用して、彼らの補給線を断ち切り、混乱を引き起こす作戦が考えられます」


秀吉は高虎の提案にうなずき、作戦の具体化を指示した。


**秀吉**: 「君の策に従う。紀州勢が岸和田での拠点を固める前に、迅速に対応せよ」


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### 高虎の部隊出発


高虎は即座に準備を整え、部隊を指揮して岸和田へ向かった。彼は自身の部隊を細かく指揮し、紀州勢の補給線を狙う作戦に取り掛かった。


**高虎**: 「各部隊、敵の動きをよく観察し、機を見て攻撃を仕掛ける。紀州勢が意図的に兵力を分散させている隙をつけ!」


部下たちはその指示を受け、速やかに行動に移った。


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### 紀州勢との遭遇


高虎の部隊が岸和田周辺に接近する頃、紀州勢は依然として攻撃を続けていた。しかし、高虎の策によって紀州勢の補給線は次第に混乱し始めた。


**紀州勢兵士**: 「補給が途絶えてしまった!どうするんだ?」


**紀州勢指揮官**: 「落ち着け、まずは他の補給線を確保するんだ。だが、我々の補給が途絶えたのは、敵の策略かもしれん!」


紀州勢の指揮官は混乱する部下たちをなんとか立て直そうとしていたが、高虎の巧妙な策略によって紀州勢は次第に戦局に混乱を招いた。


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### 高虎の勝利と撤退


岸和田合戦が終息し、紀州勢は堺・岸和田から撤退することとなった。秀吉は高虎の奮闘に感謝し、戦の勝利を祝った。


**秀吉**: 「高虎、君の計画が功を奏したおかげで、岸和田の危機を乗り越えることができた。実に見事な戦略だった」


**藤堂高虎**: 「ありがとうございます、秀吉様。紀州勢が撤退した今、また次なる戦局に備えなければなりません」


秀吉は高虎の報告を受け、次の戦略を練るべく新たな計画を立てることに決めた。高虎の巧妙な戦術が戦局に大きな影響を与えたことを、秀吉は深く評価していた。

**秀吉**: 「まさしくその通りだ、高虎。戦の後こそが次の戦を決する。油断せず、次なる局面に備えよ」


秀吉は畳に腰を下ろし、地図を広げながら言葉を続けた。


**秀吉**: 「だが、敵は紀州だけではない。北陸も不穏な動きを見せている。今こそ、石田三成を越前に派遣し、上杉との同盟を強化するべきかもしれぬ」


高虎は秀吉の言葉に耳を傾けながらも、さらに次の戦局を深く考えた。


**藤堂高虎**: 「秀吉様、紀州勢が撤退した今こそ、岸和田と堺の再編成を急ぐべきかと存じます。次の戦の舞台はまだ分かりませんが、領地の防備を強化することは無駄にはなりません。特に海路の確保が肝心です」


 秀吉は頷き、ふと目を細めて高虎を見つめた。


**秀吉**: 「さすがだな、高虎。君の忠誠には感謝している。堺の再編成は君に一任しよう。海路の整備と城の防衛力強化、君の指揮で頼むぞ」


**藤堂高虎**: 「かしこまりました、秀吉様。迅速に対応いたします」


その時、側近が駆け寄り、耳元で何かを囁いた。秀吉は眉をひそめ、険しい表情に変わった。


**秀吉**: 「何?伊達政宗が再び動き出したと…?面白い。高虎、これからもお前には忙しくなりそうだ。準備を怠るな」


高虎は秀吉の言葉に深く頷き、すぐに行動に移る決意を固めた。戦国の世は、まだまだ終息の気配を見せなかった。

 

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