第25話 ㉖亀裂

 天正11年(1583年)、日本の戦国時代は再び動乱の渦中にありました。秀吉(伊藤淳史)と勝家の間で熾烈な戦が続く中、両陣営は周囲の勢力を取り込み、自らの有利な状況を作り上げようと奮闘していました。


**秀吉の優勢と北陸の動き**


秀吉は周囲の勢力を巧みに利用し、自らの優位を確立しつつありました。北陸では、柴田勝家(坂口憲二)の後方に位置する上杉景勝(嶋大輔。超獣戦ライブマンのレッドファルコン)や、美濃の有力部将である稲葉一鉄(オダギリジョー)が秀吉側に鞍替えするなど、秀吉にとって有利な情勢が整いつつありました。特に上杉景勝の協力は秀吉にとって大きな力となり、北陸の戦局に大きな影響を及ぼしました。


 一方、勝家もまた積極的に調略を行い、自らの立場を維持しようとしていました。土佐の長宗我部元親や紀伊の雑賀衆を取り込み、特に雑賀衆は秀吉の出陣中に和泉岸和田城などに攻撃を仕掛けるなど、秀吉の後方を脅かしました。このような動きは、勝家の最後の抵抗の意志を示すものでした。


**勝家の和平交渉**


 10月16日、勝家は堀秀政(鈴木伸之)に覚書を送り、秀吉の清洲会議の誓約違反や不当な領地再分配、宝寺城の築城を非難しました。この行動は、和平交渉を行うことで自らの立場を保とうとする策略でした。11月には前田利家(瀬戸康史)、金森長近(染谷将太)、不破勝光(田中要次)を使者として秀吉のもとに派遣し、和睦交渉を行いましたが、これは冬の雪による行動制限を利用した見せかけの交渉であったとされています。秀吉はこの策略を見抜き、逆にこの機会に三将を調略し、自軍の後方を固めました。


**秀吉の攻勢と勝家の反応**


 12月2日、秀吉は毛利氏対策として蜂須賀正勝(佐藤浩市)を置いた上で、和睦を反故にし、大軍を率いて近江に出兵しました。長浜城を攻撃し、北陸の勝家は雪深い地域にいるため援軍を出せず、勝家の養子である城将・柴田勝豊(知念侑李)がわずかな日数で秀吉に降伏しました。秀吉の軍はその後、美濃に進駐し、稲葉一鉄から人質を収め、12月20日には岐阜城にあった織田信孝(塚本高史)を降伏させました。


**滝川一益の挙兵と秀吉の対策**


 翌年、正月に伊勢の滝川一益(出川哲朗)が勝家への旗幟を明確にし挙兵しました。関盛信(豊原功補)と一政(中川翼)父子が不在の隙を突き、亀山城、峯城、関城、国府城、鹿伏兎城を調略し、自身は長島城で秀吉を迎え撃ちました。秀吉は諸勢力の調略や牽制を行い、一時京都に兵を退いていましたが、翌月には大軍を率い、これらの城への攻撃を再開しました。


 国府城は2月20日に陥落し、長島城の攻撃も始まりましたが、滝川勢の抵抗は頑強であり、亀山城と峯城は長期間持ち堪えました。亀山城の守将・滝川益氏と峯城の守将・滝川益重はその武勇を称えられ、益重は後に秀吉に仕官しました。


**勝家の出陣**


 雪のため動けなかった越前の勝家は、情勢に耐え切れずついに2月末、近江に向けて出陣しました。勝家の決断は、彼の最後の賭けであり、秀吉との決戦を避けられない状況に追い込まれていました。これからの戦いがどのような結末を迎えるのか、高虎や他の武将たちにとっても注目の時期となります。


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 **美濃大返し – 高虎編**


 1583年、賤ヶ岳の戦いの最中、羽柴秀吉は岐阜城を攻略しようと美濃大垣に滞在していたが、長良川と揖斐川の増水により身動きが取れない状況に陥っていた。その折、前線から驚くべき知らせが届く。中川清秀(西村和彦。超獣戦隊ライブマンのイエローライオン)が守る大岩山砦が敵の佐久間盛政によって陥落し、中川が討ち死にしたというのだ。


 秀吉はこの報を聞き、大岩山砦の失陥と中川の死を惜しみながらも、ここが天下を決める瞬間だと確信し、すぐに行動に移ることを決意する。この「美濃大返し」として後に知られる迅速な軍団移動において、若き高虎も重要な役割を担っていた。


**秀吉の指示と高虎の覚悟**


「高虎、我らが急ぎ木之本に向かう。道中での準備を整え、軍勢がスムーズに進軍できるようにせよ」


 秀吉の言葉に高虎は即座に応じた。「御意、秀吉様。炊き出しと松明の準備はすぐに手配いたします」


 高虎は迅速に先行使者を派遣し、街道沿いの村々に炊き出しや松明の準備を命じた。秀吉の軍が迅速に移動するためには、各地点での休息と兵糧が必要不可欠だった。高虎はそれを的確に判断し、無駄のない行動でその準備を整えていった。


**美濃大返しの始動**


午後2時頃、秀吉軍は大垣を発ち、木之本を目指して進軍を開始した。雨の影響で道はぬかるみ、兵たちは厳しい環境の中、疲れを感じながらも進む。しかし高虎はそのような状況でも兵士たちの士気を保ち、適切な休息を取らせることを心掛けた。


「この戦、我らが迅速に動かなければ、勝家に決定的な勝機を与えてしまう。皆、進め!」


高虎は、秀吉の信頼を背負いながら軍の先頭を進んだ。道中では松明が灯され、先行して準備された炊き出しが兵たちを温かく迎えた。高虎の指示が行き渡り、軍勢はスムーズに移動を続けた。


**木之本到着と決戦の朝**


午後7時頃、秀吉軍の先頭はついに木之本に到着した。高虎はすぐに陣を整え、兵たちの休息を確保した。


「夜明け前に全軍が集結し、すぐに反撃に転じる。これが勝家を討つ最後の機会だ」


 高虎は秀吉の意図を理解し、全軍に指示を飛ばした。翌未明、整った軍勢は反撃を開始する。高虎もまた、先鋒として賤ヶ岳の戦場に立ち、敵を討ち果たすべく奮戦する。


**賤ヶ岳での勝利と高虎の功績**


 賤ヶ岳の戦いで秀吉軍は見事に勝家を打ち破り、天下への道を開いた。その中で高虎の功績は特筆されるべきものであり、彼の迅速かつ的確な判断力と行動力が「美濃大返し」の成功を支えた。


秀吉は戦後、高虎の働きを大いに称えた。


「高虎、お前の働きがあってこそ、今回の勝利があった。これからも私のもとで大いに名を馳せるがよい」


 高虎はその言葉に深く頭を下げた。こうして「美濃大返し」の一部としてその名を歴史に刻み、さらに羽柴秀吉のもとでの栄光の道を歩み始めることとなった。


この章では、秀吉と勝家の対立がさらに激化し、両者の戦略や動きが詳細に描かれています。秀吉の優勢が明らかになりつつある中、勝家がどのようにしてこの困難な状況を打破しようとするのかが焦点となります。

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