第6話 劇団
何やら前方が騒がしい。珍妙な、そして派手な色に塗られた馬車が車輪が溝にはまって荷台が横転してしまったらしく、街道の真ん中で立ち往生している。その周りを、色とりどりの服を着た男女達が入り乱れて、横転した馬車を起こそうと躍起になっていた。
「流れの劇団か何かですかね。手伝いましょうか」
「道をふさがれてちゃあしょうがないね」
二人で御者台から降りて、自分達の馬車の馬達を馬車から外してロープをかけた。そして合計四頭の馬で横倒しになった荷台を起こす。
「いやあ、おかげで本当に助かりました」
劇団の団長らしき、くるりと特徴的に曲がった髭を生やした小太りの男がやってくる。
「少ないですが謝礼を……」
ジョンとイザベラが顔を見合わせる。
「………いや、謝礼はいい。それよりあんたら、どこまで行くんだい」
「はあ、隣の領まで足を延ばそうと思ってたところでしてな」
「やっぱり。ではイザベラさん」
「もちろん。渡りに船だ。劇団にゃぴったりの面白い話を聞かせてやるから、この馬車にこっそり乗せて貰えるかい?」
「こっそり、ですと!?」
「こないだそこの領主様とやらの館の馬上槍試合で勝ったはいいんだけどさ、ちょいと一悶着あってね」
「か、勝った? あなた様がですか。確かにいい剣を持っていらっしゃる」
団長が、目を丸くしながら思わずイザベラが佩いていた剣に目を落とす。
「おや、わかるかい? お目が高いねえ」
ジョンが微笑んだ。そして、役者のように一礼して、口先から紡ぎ出すように言った。
『これなるはイザベラ・トゥールボット、弓矢をつがえてひょうと一閃、領主様の館に掲げられた紋章入りの旗を射抜くも、これ則ち麗しき小さなポーリー姫の名誉のため………』
ひょこっと馬車から顔を出したポーリーが朗らかに小首を傾げて聞いた。
「ポーリー、オヒメサマ?」
『ええ。女性とは皆、姫君のように光り輝くもの。それが美貌か、心か、はたまた剣かは、その姫君次第!』
ジョンの口上に興味をそそられたのか、劇団員達がわらわらとやってくる。
「ああ、なんか昨日酒場でそんな噂を聞いたよ!」
「馬上槍試合でめちゃくちゃ勝った謎の女騎士がいたって」
「館の紋章を射落として逃げたとかどうの……」
イザベラが頭をかいて笑う。
「まあ、そういうわけさ」
「魔女が出たとか出ないとか……」
「ポーリー、マジョジャナイヨ。リッパナ、シュクジョ! オヒメサマ、ニ、ナルヨ!」
『まさしく立派な騎士と騎士との一騎打ちに水差す所業。河原の石と金剛石の区別もつかぬ輩が、これなる女騎士、魔女の力で勝ったのだ、と我らが小さき淑女ポーリー姫に因縁をつけたがゆえに!』
劇団員達が馬車から顔を出したポーリーを見て、
「なんだい、こんなちっちゃい子に因縁つけたってのかい」
「そうだよ、女は皆お姫様。うちの劇団だってそうだ!」
劇団員達が口を揃えて言う。
「ここの所領は広いですが皆どうも古臭くていけない。もっと景気の良い場所へ行って陽気にやろうって話になってたところでして。それで、私の名前はアーシェット。この劇団の団長を勤めております。もしやあなた様は詩人ですかね?」
丸い髭の団長が、ジョンに聞く。
「ええ、僕の名はジョン・アランドール。詩人になってまだまもない旅ですが、劇にするのに良さそうな話ならいくらでもありますよ?」
◆
「毒殺未遂に、奴隷貿易に、海賊、それに魔女の濡れ衣………」
焚火を前にジョンが話す今までの旅の経緯に、劇団員達がすっかり引き込まれている。
「海賊相手にやり合うなんてなあ!」
「しかしめっぽう強いんだなあ、イザベラ親分! 槍試合、この目で見てみたかったよ!」
「是非とも新しい演目にしたいところですな。そうすれば当分新しい演目には困らない!」
いつの間にやら酒の入ったコップや干した肉や果実が回ってくる。
「アマクテ、オイシイ!」
満面の笑顔で干した果実を口にしてポーリーが言った。
「オヤブン、ゴシュジン、トッテモツヨクテ、ヤサシイヨ」
「おちびちゃんは幸せだよ。毎日が楽しそうだ」
「ウン! ポーリー、ココノミンナ、スキ!」
ポーリーもまた、心の底から明るく元気な声を上げる。
「こんなにちっちゃいのにいっぱい苦労してきたのねえ。ほらお食べ」
「干しぶどうはこないだ仕込んだばっかだけど、こっちの干し林檎は上手く出来てねえ。ほら、親分も。お酒は飲めるかい?」
「もちろんだとも! 気持ちがいい連中と一緒に飲む酒は最高だね!」
イザベラも、回ってきた酒を一気に飲み干してニヤリと笑い、干し肉を手に取った。
(いい夜だ)
戦場でも、家の館でも味わえない、星空の下の賑やかな宴会。
焚火の中で薪が小さくはぜる音、劇団員達の楽器の音、ポーリーのはしゃぐ声に、穏やかだが朗々としたジョンの語り。かのアランドール家からジョンと共に出奔してからまだそんなに日時は経っていないはずなのに、もう何年も経っている気さえする。
「………ああ、本当に、生きるっていうのはきっと、こういうことなんだろうねえ」
◆
「まずいぞ皆、この先の村で荷馬車改めをやってるらしい!」
先行して興行の知らせや町での広間の場所取りなどをしている団員が、小さなロバに乗って荷馬車まで戻ってきた。劇団員達が思わず顔を見合わせる。
「見つかったら面倒なことになりますが」
劇団の団長アーシェットが瞬時考えてから言った。
「ポーリー嬢はこっちです。ちょうど海の都で手に入れた仮面と道化の衣裳がある。ちっこい道化見習い役ってことでここはひとつ。お二方も何かしらに化けるといい。そういう道具ならここには山ほどありますからして………」
「アーシェットさん」
アーシェットが劇団員達に向かって楽しげに声を張り上げた。
「いいですか皆さん! 我々は次の村で公演を行います。演目は新作喜劇『アストレア嬢の舞踏会』。あれは道化も出るし端役も脇役もしこたま着込む演目です。お二方の着丈にあった服を探して、ここの皆に紛れさせて、上手い具合にやり過ごしましょう。これぞ、我々劇団の腕の見せ所!」
「了解!」
イザベラとジョンの周りをあっという間に劇団員達が、至極楽しげな笑顔を浮かべて取り囲む。
「お二人とも、どんな衣装にしようかしら」
「こんなに背が高いドレスなんてないわよ?」
「男物の衣装の方が似合うんじゃなくて?」
ジョンを取り囲んでいた男衆が言う。
「こっちは男物の衣装がどうも合わねえなあ。背丈が少々足りねえ」
「女性用のドレス、って手もあるんじゃねえか。あっちならこの坊ちゃんの着丈でも………」
ジョンとイザベラを除いた一同が声を上げる。
「………それだ!!」
いそいそと服を選び出しては楽しげに声を上げだした劇団員達を唖然と眺めてから、二人は顔を見合わせた。
「………つまり、ええ、そういうことらしいですね。どうしますか。僕はまあ………詩人には何事も経験だと割り切ることにしましたが、たった今」
化粧箱を手にした女性達が、獲物を決して逃さない目で二人ににじり寄ってくる。
「何事も経験、ねえ。………よしきた、とびっきり可愛く着飾ってきな、旦那様!」
イザベラがそんな女性達の輪の中にジョンの背中を叩いて放り込み、片目をパチリと閉じて笑う。
「『私の姫君』を宜しく頼むよ?」
女性の劇団員やお針子達から黄色い声が上がる。
「イザベラさまの殿方姿もばっちり、ええ、この私達がばっちりとキメさせていただきます!!」
◆
村の広場に置かれたバルコニーの窓を模した木枠の後ろに、扇で顔を半分隠した女が腰をおろしている。
「声を出したらバレてしまいます。けれど、ちょうど『深窓のご令嬢』の役があるから、そこの窓から舞台を見ていてほしい。それだけで大丈夫です。ええ、ええ、首の角度はそんな感じで………」
団長のアーシェットが言う。
「………それで、舞台は舞踏会だから、色んな伊達男がいるというわけです。もちろん、喋らなくても踊らなくてもいい。適当な頃合でウィンクひとつ客室に投げて舞台袖にはけてくれれば、それだけで大喝采ですよ」
長い金髪を大陸の新興貴族風の豪勢なカツラで隠し、伊達男の衣装を身にまとったイザベラが頷く。
「しかし、劇団ってのはすごいんだねえ………」
「ゴシュジン、スゴクビジン! オヤブン、ハンサム! ポーリー、スッゴクウレシイ」
劇団の道化師の後ろをぴょこぴょこと愛らしくついて歩く小さな道化師ポーリーが、嬉しそうに笑う。
「僕はそんなに美人ですかね」
長い黒髪を揺らし、抑えめの色合いでまとめた衣装に異国風の扇を手にしたジョンが首を傾げる。
「少なくとも私よりは美人だと思うけどねえ?」
「イザベラさんも、僕よりハンサムなのではないでしょうか。黄色い声が聞こえてきますよ」
アーシェットが笑う。
「二人ともしっかりした夢をお持ちだ。そうでなかったらこのままスカウトしていましたよ」
「汲み取って頂きありがとうございます。詩人たるもの、舞台にはそれなりに慣れておいた方がいいですけれども」
「先日の武勇伝を元にさっそく劇を書いているところですからして、つまりは我らの更なる演目を増やすためにも、あなた方には良き旅を続けてもらわねばなりませんからね!」
◆
「劇団の馬車?」
直感が、怪しいと告げる。ユーリッヒが村の詰め所から出ると、色とりどりの派手なドレスを身に着けた女性達が、上演の宣伝を兼ねているのか既に村のあちらこちらを優雅に歩いている。思わず、前を歩くやや背の高い女の腕を掴むが、
「あら、何か御用かしら」
女はあの馬上槍試合のイザベラ・トゥールボットではなかった。
「公演は村の広場で、今宵行われましてよ?」
「気が早くてよ、お若い方! 是非観にいらしてちょうだいね」
やってきた他のドレス姿の女達がユーリッヒに微笑みを投げては去っていく。
「………馬車を改めるか」
あの小さい娘をどこかに隠しているかもしれない。伊達男の衣装に身を包んだ劇団員達や、大小さまざまな道化師達の脇を通り過ぎ、ユーリッヒは部下を引き連れ劇団の馬車へと向かっていく。昨晩は酒盛りでもしていたのか、酒の臭いと白粉の香りが入り交じっている。
「この領には、不要なものだ」
愉しみの残り香で、頭の傷が痛むような気さえする。それがこの不愉快な気持ちに拍車をかけていく。思わず憎々しげに、衣装箱やあちこちにつまれた小道具、大道具の入った箱を覆う布を乱暴にはがし、中身を検分していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます