第69話

 アルはフランを抱えている私ごとぎゅっと抱きしめた。


「ほら、大丈夫だろう?」


 腕の中の私にそう言う。え?アル??


「アル、大丈夫なの?」


「だからシアに触れたいっていったんだ」


 平然としている。私の髪や頬に温かな手で触れていく。思っていた以上にアルの手が大きいなとそんなことを考えていた。


 でも私の体の震えは止まらない。


 ヴォルフが口笛を吹いた。ジャネットがううっと感動して涙を流している。


「みせつけていますの!?なんなんですの!?」


 イザベラが声を震わせる。


「これで満足かな?」


 勝ち誇ったようにアルがイザベラに言う。さて……とアルは私とフランから離れてニッと笑う。その笑みは冷たく、見たものをゾッとさせる怖いものだった。アルがスッと上に手をあげると、小麦畑をぐるりと囲むように公爵家の兵たちが出てきた。全員弓矢を構えて、狙いは王家の部隊とオースティン殿下とイザベラだった。


「オレが今すぐ声をかければ、おまえらは一瞬で矢を体に受けることになる。どうする?」


 オースティン殿下がハッとする。アルに気圧されていたらしい。


「王家に歯向かうつもりか!」


「公爵領に公爵の許可もなく。部隊を入れることは許されない。それが王家であろうとだ。なぜならオレは反逆者になった覚えがない。どちらに非があるかわかるよな?オースティン殿下、どうする?いますぐ矢を放とうか?それとも退却するか?」


 オースティン殿下はパクパクと口を魚のように開けている。


 そこへ馬が駆けてきた。騎乗しているのは赤い旗を持った騎士2名だった。アルが鋭い目つきになった。


 騎士の二人は厳しい顔をし、私達を見回した。


「王直属の部隊長と副隊長か……」


 アルの緊迫した顔にただごとではないと私も察した。オースティン殿下、連れてきた兵たちすらも二人の前では息を呑んでいる。


「そこまでだ!双方退くように!クラウゼ公爵、ならびにクラウゼ公爵夫人は城までご同行願う!」


 王宮に行かなきゃいけないの!?私は青ざめる。裁かれるのかしら?怖い……。


「ハハッ、陛下にお咎めを受けるがいい!王家に歯向かったことを後悔すればいい!!」


 オースティン殿下が嘲るように言うと、部隊長が冷たい眼差しを向ける。


「失礼ですが、オースティン殿下もですよ。陛下が連れてくるようにとおっしゃっていたのは」


「なんだとっ!?」


 王直属の部隊長と副隊長は格が違うらしい。オースティン殿下直属の兵士たちも、オースティン殿下よりそちらの方を見て、指示を待っている。


「王家の騎士達!こんな茶番に付き合わされて迷惑だろう。さっさと城に帰るぞ!」


「貴様っ!誰の許しを得て、そんな口を叩いて……」


 子供っぽく起こりだすオースティン殿下。しかし部隊長は無視をする、副隊長が『陛下から許可をもらってます』と言って肩をすくめた。


「クラウゼ公爵。勝手に領地内に入ったことのご無礼をお許し願い、兵を引いてもらえないでしょうか?」


 アルに向かって、部隊長が丁寧に言った。アルは落ち着いていて、相手を見据えた。いや、落ち着いているように見えるが、その目は怒りに染まったままだった。


「まずは馬から降りて頼むべきた。人に物を頼むときは高いところではなく、同じ目線に立つものだ。いくら陛下の名代で来たといえどもだ。オレとシアはもちろん城へ行く」


「これは失礼をいたしました」


 馬上から降りて、部隊長と副隊長がアルに一礼した。


「城から急ぎ、ここまで馬を駆ってきました。焦りから礼儀を忘れて、申し訳ありませんでした」


「いや。その態度で、オレとシアが罪人として連れていかれるわけじゃないんだなと今、確信できたからいい」


 アルはあえて、試すように相手に自らの地位を気付かせたらしい。馬上から降りないなら、公爵としてではなく、王家に歯向かう逆賊ってことなのね。


「もちろんです!陛下は殿下の軽はずみな行動を謝罪し、クラウゼ公爵を客人の扱いで招くようにと強くおっしゃってました!どうかよろしくお願いします」


「シア、オレも一緒に行くのだから大丈夫だ。行こう」


 私がずっと不安そうな様子をアルは見逃していなかった。


「ハイ……きっとアルと一緒なら大丈夫ですね」


 もちろんだとアルは言った。フランはそんな私とアルを見て、早く帰ってくきてくださいと心配そうな顔をして、お願いする。


 そんなフランが可愛くて、私もアルも目を細めたのだった。

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