第70話

 陛下は一室を用意して待っていた。話し合いのためのテーブルは5人分の椅子が置かれていた。


 陛下、オースティン殿下、イザベラ、シア、オレの5人だった。


「アルバート、悪かった!!」


 顔をみるなり、謝罪の言葉が飛び出してきた。


「謝るということは、陛下もこの一件に関わっていたということですね?」


 オレの冷たい声に陛下が弁明させてくれーっと涙目になる。オースティン殿下が自分のときと態度が大違いの父親の王に顔をしかめる。


「いや……その……オースティンに『フランが王宮に戻りたい』と言えば帰ることになっているとか『イザベラに子ができないなら、フランをもらえないか?』などと言ったせいではある」


「陛下のせいじゃないですか」


「……まぁ、間接的には……なっ?」


 何が『なっ』だ!!オレの目が半眼になる。


「まさか兵まで動かすとは思わなかった」


「それも陛下……不敬にあたるかもしれませんが、言わせてもらいます。嘘でしょう?」


 うっ……と言葉に詰まっている。バレバレだ。オレはさらに追い詰めていく。


「オースティン……殿下なら、自分の感情に任せてやりかねない。もしかしてどこまでやらかすか見ていたのでは?」


 アルバート!と陛下が名を呼ぶ。


「口を挟むようで申しわけありませんけど、フランはわたくしたちが引き取ってかわいがって差し上げたほうがいいと思いますの。オースティン殿下が自分の子を取り戻そうとしてなにが悪いんですの?」


「そ、そうだっ!血が繋がった我が子だぞ!」


 イザベラが空気を読まずにそう言い出し、オースティン殿下もそれにのるように声をあげた。黙っていたシアが口を開く。


「違います。フランは私とアルの子どもです」


 シアの静かな声が思ったよりも部屋に響いた。視線がシアへ向く。はっきりと彼女は言った。もう我慢などしていない。意思を伝えようとする毅然とした態度と表情は美しかった。


「私もフランもアルのこと大好きなんです。血の繋がりが薄くても濃くても関係なく、もう家族です。そもそもオースティン殿下には愛する方がいらしたから理解してくれますよね?愛がどれほど重いものなのか、私に教えてくれましたものね?イザベラ様との愛に生きてらっしゃったんですから」


「そ、それは……そうだが……っ!生意気な口を……」


 イザベラのことを愛してると免罪符のように使い続けていたオースティン殿下だったのだろうな。シアに口答えされたのは面白くないらしい。睨みつけた。それでもシアはもう怯むことなく、強い眼差しで見つめ返していた。


「私は譲りません!絶対にフランとアルとの未来を私は誰にも譲りません!」


 オースティン殿下とイザベラがシアの強い意思を感じたのか静かになった。


 強い眼差しをした彼女は綺麗だなと見惚れる。そして言われた言葉がオレにとっては嬉しくてたまらない。


 そしてオレは彼女に触れたが、今もまったく体調は悪くない。なんのアレルギーの反応もでていない。薄々、大丈夫なんじゃないかとは思っていたが、本当に大丈夫だとは思わなかった。


「諦めろ。オレはこれ以上になく怒っている。オースティン殿下が兵まで連れてきた事実は消せない」


 陛下がアルの怒りに青ざめている。


「クラウゼ公爵家を甘くみては困る」


 確かにそうだ。クラウゼ公爵家はこの国最大の領地、富を誇っている。


「王家に刃を向けるつもりはないが、そちらがそういう考え方ならば……」


「待てっ!待ってくれ!アル、落ち着け?悪かった!」


 陛下の焦りが伝わってくる。


「オースティンを試していたのだ」


 試していた?とは?


「王になれる器かどうか」


「陛下!?それはどういう……」


 オースティン殿下が父である王に不審な顔をした。陛下は一気に厳しい顔になった。


「簡単に王になれると思っていたのか?城内、国内のお前の評判に耳を傾けたことはあるか?」


「は!?評判!?」


「王になる時はただ王になれるわけではない。皆の力がいる。おまえは周囲の人間を雑に扱いすぎではなかったか?」


 シアとオレの方を陛下は向いて頭を下げた。シアが小さく悲鳴をあげる。


「へ、陛下、頭など下げないでくださいっ!」


 オロオロしている。可愛い。


 オレはオースティンのバカ騒ぎと陛下の思惑につきあわされているのだからと平然と謝罪を受け入れる。


「はぁ……バカ息子すぎて、フランを次の王にしたいと思ったのだ」


 シアが卒倒しそうな顔色になった。この流れからある程度予想していたオレは眉を動かしただけだった。


 オースティンとイザベラというと、何を言われたのかわからないようで、呆然としている。


「クラウゼ公爵並びにクラウゼ公爵夫人に頼みたい。どうかフランを王として育ててほしい。王宮で育てたいが、許してはくれないだろうから、場所は公爵家で構わない。だが、もし……」


「陛下の身になにかあればということですね?」


「そうだ。オースティンではこの国は沈む」


 賢明な判断だが、シアはそんな……と声を震わせている。


「フランに聞いてみて、選ばせたいと思います」


「王になれるのに、聞く必要があるか?」


「誰もが王になりたいわけではないでしょう?オレだって王はごめんです。大変そうです」


 アル、おまえも玉座に近いんだぞと陛下が苦い顔をした。


「だから陛下、長生きしてください。オレの両親のようにいなくならないでほしい。どうかフランがもっと大きくなるまで元気でいてください」


 ありがとうと陛下は礼を言った。


 シアはフランが選ぶと聞いて、ホッとしたようだった。


「アル、なにもかもありがとうございます」


 シアの目が微かに潤み微笑んでいた。


 陛下の思いを聞いたオースティンは見捨てれた小動物のようにオロオロしていて、陛下にお待ちください!と言うものの、黙れ!もう聞かぬ!と言われている。イザベラは『えっ?わたくし、王妃になれないってことですの!?』と発狂している。


 一騒動ありそうだが、陛下とオースティンの問題だ。


 王家のことは王家に、後はまかせるかとオレとシアは平和な公爵家へと帰っていったのだった。



 

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