第68話
フランと私は結婚式の時に配る小さなお菓子を選びに行っていた。公爵家にお店の人が来てくれるといったのだが、可愛いお店だと聞いていたので、行ってみたくなり、フランと一緒にでかけたのだった。久しぶりに二人っきりのお出かけにフランは嬉しそうで、いろんな話をしてくれた。学校や友人のことが主で、とても楽しいと言う。
私とアルに話したことで、フランはすっきりしたらしく、あの日以来、以前のフランに戻っていた。収穫期を迎えた小麦畑の中を馬車が走っていく。長閑で穏かな時間が流れている。
「母様。この熊の形のお菓子、チョコレートがクッキーにかかっていて、おいしいですよ」
「あら、模様も可愛いのね」
フランと馬車の中で試作のお菓子の箱をあける。その様子をほほえましそうにジャネットとヴォルフが見ている。
「やっぱりええなぁ。こんな和む姿が一番シア様とフラン坊っちゃんに合うなぁ」
「今日のおでかけ、二人とも、とても楽しそうですぅ」
見守る二人の視線が温かい。私とフランが顔を見合わせてニッコリした瞬間だった。ガタンと突然馬車が止まった。ジャネットとヴォルフの反応は早かった。バッと窓の外を覗く。温かい目は消えて、鋭い目つきになっている。
「おいおい……窓の外を見たら見たくないもんがあったわ。信じられへん。こんなところに王家直属の部隊がおるなんてなぁ」
「……ヴォルフ。狙いはフラン坊ちゃんとシア様よ。守るわよ!」
「ジャネット、待つんや。刃を向けたら反逆者やで!?」
やる気満々のジャネットがメイド服のすき間から細い剣を出してきた。
「まさか。あれはオースティン……殿下?」
私がそういうと、フランがぎゅっと私の袖を掴む。私もフランを抱き寄せた。
「この馬車が公爵家のものとわかっている!乗車しているものはすみやかに出てこい!」
オースティン殿下の声が響いた。命令するような口調をひさしぶりに聞いてゾッとする。微かに私の体が震える。
「母様……」
「大丈夫よ!フランは絶対に守るから」
ヴォルフとジャネットも大丈夫だと言い、フランを安心させる。しっかりしなきゃ。なによりもフランを守らなきゃ。
「遅い!出てこないなら、まずは御者から矢を射るぞ!この馬車に乗っているものが誰なのか知っているぞ!」
御者が外でひいいと悲鳴をあげる。私は慌てて外へ出る。
「奥様!いけません」
ジャネットが止めるが、誰かを犠牲にすることなどできない。
「やはり乗っていたのはシア……そしてフランか。あたりだったな」
久しぶりに対面するオースティンは相変わらず私のことを冷たい目で見ていた。
「兵まで引き連れてなんの用なの?」
「おまえに用はない。フラン!手紙を書いたのに返事もないとは父に冷たくはないか?」
私の後ろに隠れるフラン。その行動がおもしろくなったのだろう。オースティン殿下はツカツカと近寄ってきた。
しかし私とフランを守るようにジャネットとヴォルフが並んだ。ザアアッと小麦畑が風に吹かれて音をさせる。
「なんだ?王家の部隊に手をだせば反逆者だぞ」
ヴォルフはべつにええけどなと強気で剣を抜いた。ジャネットも細い針のような武器を構えた。
「二人とも待って!!ダメよ!!」
二人を反逆者にさせるわけにはいかない。私は震える声で言った。
「フランは絶対に渡さないわ!フランは私とアルの子なんだから!」
そう言った瞬間、オースティン殿下の顔に怒りの色が濃くなったのだった。絶対に絶対にフランは渡さないわ!!
「その子どもは俺の子だろう!返せ!」
私はぎゅっと抱きしめる。絶対に離さない。
「私もこの子も必要ない!いらない!といって追い出し、捨てたのはあなたでしょう!?」
オースティン殿下はハッと小馬鹿にしたように笑った。
「あの時はあの時だ。今は子どもが必要なんだ」
兵に取り囲まれている私は体が震える。今すぐ剣や槍で体を貫かれるかもしれない。
「まだですの?オースティン殿下に歯向かうのは愚かなことですわ」
待ちきれず、兵たちの背後にあった豪奢なピカピカに塗られた馬車から降りてきたのは、イザベラだった。この場にそぐわない露出の多いドレスを着ている。その胸元には大きな宝石のネックレス。そして指にも何個もの指輪がキラキラしている。
「ほら!こっちへこい。おまえの大事なお母様が、このままでは串刺しになるぞ!」
「そうなったとしても渡しません!」
母様だめです!と私の腕の中で叫ぶフランを私は絶対に離さず、抱きしめる。オースティンが『もうやってしまっていいぞ!』と声をかけると兵達の剣が抜かれて、切っ先を当てられる。私の体は震える。目を閉じる。
もうダメ。だけど、神様、お願いします。この子だけは助けたいんです。こんなクズ王子やバカな女のところにだけはやりたくありません!考えるだけで、不幸しか待っていないもの!フランが王宮で、幸せになれるわけがなかった。冷たいイザベラの視線は、人ではなく、物として品定めしている。
「わたくしはオースティン殿下だけでいいのに、しかたありませんわ。毎日、毎日、後継者ができないのかと言われては、わたくし、もう憂鬱になっちゃいますの。しかたないから引き取って、育ててあげますわ」
「そんな理由であげたくはなっ……!!」
私の喉元に剣が当てられた。何も話せなくなった。母様!と腕の中のフランが叫ぶ。ヴォルフとジャネットの殺気が膨れ上がる。二人は今にも動き出しそうだった。ここで血を流すことがあったら……公爵家にも迷惑かけてしまうことはわかっていた。こんなに良くしてくれた公爵家やアルに迷惑をかけたくない。
「30秒やる。子どもをこちらへ寄こせ」
30秒たったらどうなるか私はわかった。犠牲になるなら、私だけでいい。ぎゅっと目をつぶる。強情だなとあきれた声と騎士が剣を高く振り上げた音がした。終わった……。
そう思った時だった。
「人の領地を血を流すつもりですか?このバカ王子………じゃなかった。オースティン殿下?」
唐突に間に割り込んできた声で、場の空気が変った。アルは王子の前でも余裕の表情をしていた。アル!とその胸に飛び込んでいきたいくらいホッとした。
「現れたな!この嘘つき公爵が!」
オースティン殿下にそう言われると、何が嘘つきなんだ?と首を傾げる彼。
「女嫌いだとういうことは知っているぞ!この結婚は偽装結婚だろう!おまえは手も握れないだろう!!」
そんなことはないと言って、白い手袋をとって、私に触れようと手を伸ばす彼。
「やめて!そんなことをしたら……」
無理をしようとしている!必死で私は止めた、それなのに、余裕の笑みで、私に触れようとした。
だめ!倒れちゃう!!
女嫌いで女アレルギーの公爵様じゃ無理なのよーー!やめてー!
そう私は心の中で叫んだのだった。
アルは躊躇わなかった。
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