第64話

 やけに最近、女性が話しかけてくる。以前は遠巻きに見ていただけだったのに、何かの集まりに出席すると、また寄ってくるのか!?とやけに不自然だなと思うほどに。


 あからさますぎて、他の貴族の男たちが『随分人気ですね』とか『クラウゼ公爵には奥様がいるのに、こうも女性から好かれるなど羨ましい』とか『女性に好まれる方法を教えてほしい』とか言いだしてきたため、かなりめんどくさい。


 それに身の危険をいちいち感じるのも嫌だ。かといって、集まりに出ないわけにもいかない。


 オレの小さなストレスになっていた。どうにかしないとなと思っていた時だった。


「クラウゼ公爵様」


 派手な赤い紅の唇をにんまりとさせて気味悪い猫なで声で近づいてきたイザベラをみた。その後ろには取り巻きらしい女性たち。


 ふと気づく。オレにしつこく声をかけてきた女性たちがイザベラの取り巻きであったことを。最近、よく見る女性たちが後ろにいた。


 まさか……と嫌な予感がした。


「今日も素敵ですわ!」


「イザベラ様のおかげでクラウゼ公爵様にお近づきになれちゃったわ」


「アルバート様って名前でお呼びしたいわね」


 キャッキャと明るくて楽しげな声が後ろから聞こえてくる。


「ちょっとクラウゼ公爵様とわたくしが話すから、あなた方はあちらへ行っててちょうだい」


 女性たちがこちらをチラチラ見ながら名残惜しそうに離れていき、ホッとする。だが安心している場合ではなかった。


 イザベラが意地悪く笑っていたからだった。


「もしかして、クラウゼ公爵様は女性が苦手ですの?」


 ギクリとしたが、オレは表情を崩さないようにし、無言でイザベラを見た。


「以前からおかしいと思っていましたのよ。女性とダンスをしない。女性が近寄る隙を与えないかのように男性たちといる。女性との噂がない。人気がありますのに、違和感たっぷりでしたわ」


 自分に酔うようにして朗々と話す。


「シア様では、そんな公爵様の相手は荷が重くありません?わたくしなら、優しく女性というものが、どういうものか教えて差し上げられますわ」

 

 スッと手を伸ばし、オレの腕に手をかけようとしてきた。ゾワッと背筋が寒くなる。数歩下がって避ける。気持ち悪くなってきたが、我慢する。フッと呼吸を吐いてから口を開く。


「名推理ですね……と、言いたいところだが、オレはシアだけ好きなんですよ。他の女性に興味がないのではなく、シアにしか興味が持てないのです」   


「シアにだけ……?うそ……でしょう?あんな地味で女の色気もないようなシアに公爵様がご執心になる意味がわかりませんわ。わたくしのほうが魅力的だとオースティン殿下もおっしゃってくれましたもの」 

 

 信じられないとばかりにオレを見る。その顔は嫉妬で歪んでいて、到底美しいとは言いがたかった。


「イザベラ様にはオースティン殿下がお似合いだとオレは思いますよ」


 愚かな二人で相性が良すぎるだろ!?二人でいろよ!と心のなかで付け加えておく。


 オースティンの名を出すと、ギリッと奥歯を噛み締めるイザベラ。……なんだ?そういえば、オレとイザベラが会話していてもオースティン殿下が来ない。室内に目を走らせるとオースティン殿下は他の女性に囲まれていた。

 

 どういう状況だ?オレは嫌な予感がして、イザベラから離れた。


 貴族仲間の友人がポンッとオレの肩を叩いた。にやにやしていて、オレをからかう気満々だ。


「なんだなんだ?クラウゼ公爵様の奥方を見てみたくなったぞ。今の会話、聞こえてしまった。そんなに愛しているとはなぁ」


「……気にするな」   


「気になるさ!今まで女性を軽くあしらって終わってきたのに『シアだけ』なんて女性の名をあつーく呼んでるなんて!!」


「からかうのはやめてくれ。それより、イザベラとオースティン殿下とうまくいってないのか?なにか噂あるか?」


 ああ……と対して興味がなさそうに肩をすくめる。


「オースティン殿下と最近冷めてきてるって話だな。まあ、確かにあんなケバケバしくて、傲慢で浪費家の妃が王族の一員として認めたくはな……おっと不敬罪になるかな?」


 楽しそうに笑う。貴族たちは噂話が好きだ。その中に真実がなくても……かすかに真実が混じることがある。それを会話に入れて楽しむのだ。


 オースティン殿下とイザベラがうまくいっていない。それで、なぜオレに関わろうとしているのか?これがどういう意味をもつことなのか?


 もしや?と様々な推測が頭をよぎる。……嫌な予感がしてきたぞ。


 帰り際に、その嫌な予感は当たってしまった。馬車に乗ろうとした時だった。御者が困るほどに女性たちがオレの馬車の前に待っていた。思わず、足が止まりかける。


 イザベラに頼まれた女性達だろうと思った。オレの女アレルギーがバレると貴族たちのいい噂の的になるだろうし、今後も笑いの種になることは間違いなかった。そしてシアとの結婚もできないだろうな。女嫌いのくせに結婚なんてできるのか?相手の女性が可愛そうだと言われるだろう。シアにも迷惑がかかる。


 ぐっと両手で拳を作る。背筋を伸ばす。いつもどおりふるまえ。オレは笑顔を絶やさずに歩いていく。


「いらしたわよ!クラウゼ公爵様よ!」


「お別れのご挨拶させてくださいませー!」


 イザベラに差し向けられて、まったくご苦労なご令嬢たちだな。距離を少しとりつつ、にこやかに話した。


「また次の夜会でお会いしませんか?可愛いお嬢様方、もう遅い時間だ。家人達がお嬢様方を心配しているのでは?」


 声をかけると途端に令嬢たちは恥ずかしそうになる。どう話していいかわからず、隣の令嬢と顔を見合わせている。普通の令嬢たちでよかった。イザベラのようにグイグイくる者がいなくて助かったと思う。


 おやすみなさいと手を挙げて帰ろうとした時だった。キャア!と声がして、後ろから押されて転びかけた女性がいた。思わず手を伸ばして助けて……しまった。倒れてきた女性の後ろにはにんまりと笑うイザベラがいた。


 わざとか!と気づく。手袋をしているが、そんなもの役に立たなかった。寒気がしてきた。


 それでも平然を装って、気を付けてくださいねと言って微笑み、馬車へ乗り込む。終始穏やかにいられたと自分でも思うが、どうだろうか?


「旦那様!大丈夫ですか!?」


 御者が座席に倒れ、寄りかかって呼吸が苦しくなっているオレを心配する。オレはいいから!公爵家まで馬を走らせろ!帰るぞ!と言う。はいっ!と御者が馬を駆けさせ帰路を急ぐ。


 イザベラめ。他の令嬢を使って、こんなふうにしかけてくるなど思いもよらなかった……いや、その背後にはもしやオースティンもいるんじゃないか?


 オレは最後まで演技できたか?見抜かれたか?


 自分の熱っぽくなっていく頭と体が呪わしい。いつまでオレは女性から逃げればいいのか!?


 

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