第63話

「母様、僕、王宮へ戻ろうと思うんです」


 そうフランが唐突に言い出した……いや、後から考えると、悩んでる兆候は前々からあったのだけど。


 頭が一瞬追いつかなくて間が空いた。


「ど……どう……して!?」


 絞り出すように問い返す。フランの顔を見ると目が昏い。そして表情は蒼白だった。


「帰りたくなりました」


「なるわけないじゃない!」


「なったんです!」


 フランが大きな声で言い返した。私はフランの激しい感情を垣間見て驚いた。普段は温厚で優しい子だから……。


「フラン、なにかあったのね?いいなさい。ちゃんと理由を言って!」


「母様はお父様のこと好きですか?」


「アル?……ええ。もちろんよ」


「本当に好きですか?お父様も母様を愛してくれているんですか?」


「いつも見ている通り、仲もいいでしょ?」


「そうなのですが……母様、僕は……」


 小さな声にだんだんなっていく。聞き取れない。顔を下に向ける。私は微笑み、なにがそんなに不安になっているのだろう?とフランの手をとって握って安心させようとしたが、さっと避けられる。なぜ!?と少しショックだった。


「フラン、母様とお父様が原因で王宮へ帰ろうとしてるの?」


「ち、違います」


「じゅあ。なぜ?理由はなに?」


 フイッとそっぽを向かれてしまった。


「少し待って。アルにも話をしてみてからよ」


「話をしても僕の気持ちは変わりません」


 譲らない雰囲気のフラン。……おかしい。おかしすぎるのよ。


 王宮に帰っても私はいないし、味方もいないし、孤独のなか、一人で戦うことになるのだ。そんな中に子どもが帰りたいって思うものなの?そんなのよっぽどのことだわ。


 理由はわからないけれど、私のせい……?公爵家が嫌だったの?


 夕食時に、食べ終えてから、フランのことを話すことにした。


「アル。フランのことで少し話があるの」


 フランは自分のことだと察して下を向く。しかし、自分の口から告げる。


「僕、王宮へ戻ります」


 アルの目が見開かれる。


「フラン、理由はなんだ?」


「お……お父様とお祖父様に……会いたくなりました」


「それならオレが王宮へ連れていき、会わせよう」


 まっすぐにアルはフランを見る。しかしフランは目を合わせない。やはり様子が変だ。


「もう少し、フラン、考えてみろ。気持ちが変わらずどうしてもと言うならば、オレも了承するしかない」


「アル!」


 私が名を呼ぶと右手で制し、フランに優しい声で言った。


「オレの望む未来はシアとフランと共にいたいよ」


 フランがアルを見た後、私の方も見た。そして泣きたい顔をする。


「もう自室で休んでもいいですか?」


 いいよとアルは言い、私も頷いた。パタンと小さな扉の音を立ててフランが退室した。去っていく背中も元気がない。


「アル。落ち着いてフランのことを対応してくれてありが……」


 ありがとうございますとお礼を言おうと思った時だった。


「フランが!なぜあんなことを言うんだ!?オレ、なにかしたか!?いや、でも一緒に楽しく乗馬したことしか思いだせないっ!狩りがよくなかったか?」


「お、落ち着いてください!」


 取り乱しているアル。さっきまでフランにしっかり対応してくれてたじゃない!?


「楽しく過ごしていたと思うけれど、公爵家が嫌になるきっかけがあったとかか?それはなんだー!?」


 私も深く考える。わからない……考えてもわからないなんて、母失格だわ。フランのことを後回しにしていたんだわ。私、最近自分のことで頭がいっぱいだった。自分を責める思いしかでてこない。


 すると、アルが自分の眉と眉の間を指で触って私を見て笑う。


「眉間にしわが残るぞ。とりあえずフランの様子をみていこう。原因がなんなのか探る必要がある」


 お願いしますと私は頭を下げてから、アルをみつめた。


 フランがこの家が嫌だと言い『アルとフラン』どちらかを選べといったら?どちらをとっても、その代償は大きい。でもきっとフランを選ぶ。まだ幼いフランを一人にさせるわけにはいかないし、手放すことなど決してできない。


 私の中でアルの存在が大きくなっていて、そばにいたいと思っているのは確かなんだけれど……。


 考えれば考えるほど重たいものになる。そんな顔を私はしていたのだろう。


「シア、オレとフランのどちらをとる、とらないなんて考えるなよ?」


 え!?とアルを見る。


「顔に出ていましたか?」


 私の心の中を見透かすようにそう言ったアルはアハハッと明るく笑う。その笑顔は心強くて、私を惹きつけた。


 アルは続けて言った。

 

 ――オレはずるいから、シアもフランも両方手に入れるぞ。

 

 私、その言葉が欲しかったのかもしれない。ありがとうアル。


 

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