第62話

 カッカッカッと馬を走らせて、弓をひいた。右手を弾くように離した。矢が獲物に命中した。


「すごいです!」


 フランが賞賛の声をあげた。後ろから馬に乗ってついてきていた。ポニーは卒業したらしい。


「フランも馬に乗れるようになったなんて、驚くべき速さで乗馬を習得してるな」


 成長ぶりに驚かされる。


「やっぱり指導がええんかな?ハハッ!そんなに褒めへんといてやぁ」


「おまえを褒めてない」


 付き添っているヴォルフに冷たく言い放つ。


「ひどいやん!先生がええからやん?フランからも言ったってー……フラン?」


「えっ!?……ええっと……何かいいましたか?」


 ヴォルフとオレは顔を見合わせた。フランがなんだかぼんやりしている。


「何か気になることがあるんじゃないのか?」


 オレが尋ねると、なにもありませんよ!とフランは慌てている。馬をトコトコ歩かせているが背中が憂鬱そうに丸まっている。


「なんだかフランが変じゃないか?気になるな」


「せやなぁ。最近、ぼんやりとしていることが多いかもしれへんな」


「学校で何かあったとかか?」


「そんなこと聞いてへんし、学校はいつも楽しそうに行ってるで?」


 なんだろう?とオレは気になった。しかし、いつの間にか気にしているつもりが、領地経営や社交界や政財界のパーティに顔を出すなどしているうちに、フランの様子がひっかかったことなど、忘れてしまっていた。


 ある日、社交界に出た時だった。イザベラ?とかいっただろうか。オースティンの愛人と言われ、今ではシアの後に妃になったと聞いている。そんな女性に声をかけられた。


「こんばんは。クラウゼ公爵様」


 やけに近い距離で挨拶されたので、数歩下がって距離をとる。


「こんばんは」


 挨拶だけ返して、さらっと終わらせようとしたのだが、イザベラがそれを許さなかった。


「奥様は元気ですの?オースティン殿下の元妻のことですけれども」


「元気ですが、なにか?」


「冷たいですわねぇ。わたくし、心配していましたの。オースティン殿下の妻がつとまらなかった彼女ですもの。ご迷惑かけていないのかしら?とか。あまり社交界に顔をお出しにならないから、どうしてるのかしら?とか思ってましたの。今度、わたくしのお茶会に来てとお誘いしたいのに」


 ……何がしたいんだ?オレは怪しく感じた。シアは会いたいとは思っていないだろう。社交界にも気が進まないのは、イザベラやオースティンがいるせいだろうと思う。妻を連れて行かなければならないという公式の場のみだけにし、なるべくオレも無理をさせていない


「こういったことをお聞きするの恥ずかしいのですけれども。シアと一夜を共にしましたの?」


「こういったことを恥ずかしいこととわかっているならお聞きにならないほうがいいですよ。なぜなら品位を落としますからね。仮にもあなたは次期国王陛下の妃でしょう?」


 オレがたしなめると厚化粧で白い顔をゆがませた。


「他人の寝室を除くような質問は控えたほうがいいですね。質問はこれでありませんか?」


「あああありませんわっ!}


 白い化粧をしていてもオレにたしなめられたことが悔しいのか恥ずかしいのか顔を赤くして、慌てて去っていく。


「クラウゼ公爵、一緒にダンスをお願いしたいのですわ」


「クラウゼ公爵、このお酒をどうぞ」


 なんだかやけに女性に声をかけられる日だった。オレはそのたびににっこりとほほ笑んでみせた。笑うと、女性たちは一様に怯む。そしてひそひそと話すのだった。その会話の内容がちらりと耳に入る。


「やっぱり近寄れませんわ」


「触れることすらできませんわね」


「笑顔を向けられると手が出せませんもの」


「わかりますわ。クラウゼ公爵様が素敵すぎるのですわ」


 ……ん?なぜオレに近寄ることを目的にしているんだろう?今夜のパーティはおかしい。そう思いながらも。女性たちの意図がなんなのか、たどり着くことができなかった。なぜなら今にも触れたり抱き着いたりしたそうな雰囲気の彼女たちだったからだ。貴族の男性たちの会話に入り、女性たちから逃げたオレだった。


 仲間の貴族たちからは『もてるねぇ』『うらやましいよ』とねたまれたが、オレは身の危険を感じていて、ちっともうれしくないのだった。

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