第52話
「シアがいない!?」
朝になり、ジャネットが部屋へ行くと、すでにもぬけの殻でテーブルの上には手紙が置かれていたという。オレはその手紙を読む。
『クラウゼ侯爵様へ わたくしは身分も地位も低く、お金目当てに図々しく押しかけてしまった卑しい女です。アルバート様は本当に素晴らしいお方で、一緒にいるのが辛く、恥ずかしく思っていました。そんな中、わたくしには他に好きな男性ができました。どうかいなくなるわたくしをお許しください。探さず、新しい奥様をお迎えくださるように、お願いいたします。 シアより』
読んでいられなくなり、ポイッとジャネットに投げる。その場にはシリルとヴォルフもいた。皆にも、この文章を読むように促す。
「これはシア様ではありませんね?」
「あたしの大好きなシア様がこんなこと書くわけないわああああ!」
オレも同感だと頷いた。
「こんな下手な文章を作ったやつを捕まえる。そしてシアの居所を吐かせる」
シリルが犯人の目星はもうつきますねと嘆息した。ジャネットもわかるわぁと言った。
「この手紙にその人の性格が表れてんのよぉ!なんなのよぅ!こんな下手な手紙はぁ!」
今にも手紙をビリビリにしそうなジャネットの形相だ。
「すぐに行くぞ。フランにはシアがいないこと、気付かれているか?」
「まだやけど、朝食におらへんし、すぐにばれるんちゃう?」
「ヴォルフ、なんとかしておけ。フランから目を離すなよ?フランは屋敷から出すな。相手の思惑がどこにあるのか聞いてからだ。フランを狙ってのことかもしれないからな」
そんな無茶なー!とヴォルフが言う声を無視して、オレとシリルとジャネットは敵地へと乗り込んだ。
「クラウゼ公爵!?こんなに早朝にどうされた……ああっ!勝手に屋敷に入られては困ります!うわっ!!」
馬車を走らせて、ついた瞬間に礼儀も何もなく、門番を蹴倒す。
「黙れ。文句があるなら、おまえの主人に言え!こっちは急いでいる!」
バンッと扉を開けると、アイヴィーの父が立っていて、驚いている。呑気に鳥かごを持ち、鳥に餌をやっていた。
『ピーちゃん。おいしいかい?』なんて言っているのが聞こえてしまっため、余計に苛立った。そんな場合か?
「クラウゼ公爵!?いったいどうしたんですか!?こんな時間に訪ねてこられるとは、さすがに失礼でないかと?」
「アイヴィーはどこだ?」
オレの雰囲気を察して、自分の娘がなにをしたのか察する。
「お待ちください!その……娘は今……いません」
目がうろたえているため、嘘だとすぐにわかった。オレはバンッと扉を開け、屋敷中に聞こえる声で叫んだ。
「アイヴィー!すぐでてこいっ!」
使用人たちも一斉にこちらを向いたり集まったりと注目をあびる。遠くからパタパタと駆けてくる音がする。嬉しそうに来たのはアイヴィーだった。
「アル!!やっとわたくしのところへきてくれましたのね!目が覚めましたの!?」
オレに抱きつこうとしたアイヴィーをジャネットが服の縫い目から針のような細い物を出し、アイヴィーを阻む。突然、武器を向けられて、足を止め驚くアイヴィー。
「なっ!?なにをしますの!?この見た目が失礼なメイドは!誰に向かってそんな真似をしてますのっ!?」
近寄れないばかりか、ジャネットの針に狙われて動けない。本気で刺そうとする殺気が伝わってくる。
「クラウゼ公爵に触れないでくださいね!このジャネット、すこーし……いえ、かなり怒っているのです」
声が低い……可愛い声を忘れたジャネットは恐ろしい。アイヴィーは悲鳴をあげそうになる。
「シアをどこへやった?」
「わたくし、なにも知りませんわ……きゃああああ!」
その一言にジャネットの持つ針がアイヴィーの目の横をかすめた。
「クラウゼ公爵が聞いていることに答えるんだ。二言目は身体中針だらけにしてやってもいいんだぜ?」
完璧にジャネットは男に戻っていた。ヴォルフがあーあー、本気ださせちゃったやんなーと呑気に笑った。
アイヴィーとその父が震え上がる。
そして言った。
『ワギュレス修道院』
オレとジャネットとシリルは顔を見合わせた。よりにもよって、そんな面倒な場所に……と。
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