第51話

 『好きだよ』


 アルの声が耳に残っている。無意識に好きだなんて言葉を使わないでほしいわ。恋や愛という意味で言ってるんじゃないってわかってる。それなのにいつまでも残るのはなぜなの。


 自室へ帰っても頬の熱さが変わらない。テラスに出て、夜風に当たる。涼しくて心地良い。


 オースティン殿下には否定されたことをアルは受け止めてくれる。私と考え方が近いとわかる。それが嬉しい。

 

 葡萄酒のこともフランの誕生パーティーもアルは話をしっかり聞いてくれる。私の目をきちんと見てくれる。


 フランの誕生パーティーを生まれてから一度も皆としたことがなかった。オースティン殿下はイザベラにみせつけるためなのか?かわいそうだろう?おまえは本当に人の気持ちがわからないやつだな!と冷たく突き放された。


 してはいけないのだろうけれど、こっそりとコック長のところへ行き、とても小さなケーキを頼んで、フランと二人で、静かにお祝いしていた。フランは母様がお祝いしてくれるだけで、とてもうれしいですとニコニコしていたけれど、私は何もプレゼントを用意できないし、何かをしてあげることもできなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 でもアルなら、フランのパーティーを一緒にしてくれるかもしれないと思った。そんなことを考えているうちに、なぜかアルの誕生日も知りたくなった。


 アルのこと、もっと知りたいって思ってしまうのはなぜなのかしら?


 これってもしかして私……アルのことを……ダメ!これ以上考えちゃダメ。アルは女性が苦手で、女性に触れることすらできないのよ。絶対に私のことを恋や愛っていう対象には見ないと思うのよ。


 アルは一見、綺麗な顔をしているから、冷たいのかなっていう印象を持ってしまう。だけど、本当はすごく優しい人だ。


 黒い目でそんなに愛おしそうに私やフランをみないでほしい。心配したり大切にしすぎたりしないでほしい。勘違いしちゃう。


『好きだよ』の言葉が、またぐるぐると頭の中を巡る。私の心が嬉しくて、浮かれている。アルのこと、好きなのかな?好きかもしれない。好きになっちゃったのかも。


 だけど隠しておこうと思う。だって女性が苦手なアルが私の気持ちに気付いたら、きっと引いちゃう。それにバツイチで、もう他の男性の子どもまで作っちゃってる女性をアルはどう思ってるんだろう。今はフランの母としてしか見ていないからいいのだろうと思う。


 ああ……と夜空をみあげる。私、もっと早くにアルに出会っていたかったな。


 夜風が私の頬を撫でていく。静かな夜が過ぎていく。その時だった。テラスに突然、手が置かれる。


 手!?なに!?黒ずくめの人物が3人!?音もなくテラスに登ってきていた。私は悲鳴をあげかけたが、口元を抑えられると、くらっとめまいがして体の力が抜ける。抱きかかえられる。


 アル!助けて!と心の中で言葉にできなかった声で叫ぶ。


 黒ずくめの人たちは私を抱えて、静かにテラスを降りていく。どこかへ連れていかれるようだった。


 アル!助けて!!と何度も心の中で助けをもとめるが、そのうち、私は意識を失ったのだった。

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