第34話
その日、私はたまたま玄関にいた。ちょうど馬車から降りてきたところを捕まえられるような奇遇さだった。後から思えば、待ち伏せをしていたといってもいいかもしれない。
「ごきげんよう。公爵夫人ですの?急な来訪、失礼かと思いましたが、来てしまいましたわ」
ピンク色の髪に愛らしいフリフリの服。でも年齢は同じくらいか、私より上のような気がした。
「どちら様でしょうか?」
「わたくし、アルの幼馴染のアイヴィーと申します」
可愛らしく少し首を傾げてお辞儀した。その仕草は彼女の年齢を考えたら、少し幼い気がしたけれど、アイヴィーがすると可愛く見えた。
「はじめまして、私はシアともうし……」
「どうしてこちらへ!?」
私が挨拶を返すより早く、執事のシリルの声がした。
「あら?アルが結婚したって噂で聞きましたもの。幼馴染として、お祝いに来たのですわ。それに公爵夫人と仲良くなりたいのですけれど、いいですよね?」
「えっ……は、はい?」
思わず返事をしてしまった。シリルの顔を見ると、今、私は返事をしないほうがよかったのねと気づく。歓迎するようなお客様ではないらしい。でも相手は親しげに幼馴染だと主張している。
アイヴィーは公爵邸の中を知っているらしく、まるで自分の家のように堂々と入っていく。ちょっとお待ちください!とその背中をおいかけるシリル。私の出迎えに出てきたジャネットがアイヴィーを見て『ゲッ』と男性の声を思わず出してしまうくらい動揺した。
これはアイヴィーとアルの間でなにかあると私すらわかってきた。理由がわからないけれとわ入れちゃいけないお客様なのかもしれない。私も慌てて、後ろから追いかける。突然、立ち止まり、くるりと私の方を振り返る。
「公爵夫人様。一番良い客間はご存じですわよね?わたくしはそこの部屋がいいわ」
「一番良い部屋ですか……?」
「まさかこの屋敷の女主人ともあろう者が知らないんですの?」
私は返事に困る。確かに公爵夫人ともなると、屋敷のなかの切り盛りは当たり前……なのよね。私はできていない。まだ来て間もないし、よくわからないし、とか言い訳よねと反省してしまう。ついついくつろいでいいよって言葉に甘えちゃってるのよね。私、頑張らないと!あっ!頑張らなくていいって言われたんだったわ。……どうしたらいいの!?
「シア様はまだこの公爵邸に来られて間もないのよぉ。仕方ないことなのよう!……と、いうか、アイヴィー様は出禁のはずですっ!お帰りください」
「黙りなさい!この偽物の女メイドっ!身分をわきまえてくださる!?」
私をかばってくれたのに、見えない言葉の刃でグサッと刺されてよろけるジャネット。
「出禁ってなんでまた……?」
出禁ということは、入れちゃだめなのよね?どうやって追い返そうかしら?私にできる?その時、シリルがアイヴィーの前に立つ。
「アイヴィー様、いきなりの訪問はいけません。どうやっていらしたのか知りませんが、旦那様が許可しないことを我々は許可できません。一度、手紙で伺ってから、またいらしてください」
頼りになる執事はぴしゃりと言い、アイヴィーの強気な姿勢を、はねのけた!さすが!!
……と、思ったらアイヴィーが鼻でフッと笑う。
「アルを呼んでいただける?こんなメイドや執事ではお話にならないわ」
そういえば、さっきからアルと親しげに呼んでいる。その愛称での呼び方を許されるのは本当に親しい人だけだ。やはりこの人はアルの……。
「アイヴィー!?」
アルの声がした。驚いた声の方向を見て、アイヴィーがにっこりと可愛く、今日一番の笑顔を見せた。だけど、アルの顔は真っ青だった。もしかして……浮気の現場!?これは浮気の現場を押さえられた旦那様っていう雰囲気じゃない!?
こんな可愛い彼女がいるなら、こっちの方がよかったんじゃないの?そう口にしてしまいかけたが危うく飲み込む。ううん!そんな嫉妬深いセリフ、契約上の夫婦にふさわしくないわ。
そうよ。私はアルの仮の妻。嫉妬もしないし、気になりもしない!平常心よ!平常心!
「アル!立派になって……ますますカッコよくなって……」
うっとりとした表情でアイヴィーはアルを見ているのだった。なんだか……。
それがすごく嫌だった。
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