第29話

「うわぁ!奥様、とってもお似合いですよ!青いドレスもいいですが、こっちの可愛らしい薄い桃色のフワッとしたドレスも良いですし、リボンがついた黄色のドレスもお似合いです。どれがお好きですか?ううーん……迷っちゃいますねぇ〜」


 まるで自分のことのように悩むジャネット。


「地味でいいのよ?」


 どれも見るからに高そうな生地で、袖を通すのも緊張する。しかも何着もあって選ぶのも迷う。お店なの?ここは!?というくらいある。私が戸惑っていると、ジャネットはにーっこり笑う。


「シア様、お悩みなら、このジャネットにお任せください!ウフフフ〜。どんなふうにしようか悩む幸せ!こんな可愛らしいシア様を着飾れるなんて超幸せ!」


 ちょっと落ち着いてほしい。でもジャネットは止まることなく、上機嫌でいくつものドレスを並べて、私に合わせだした。水をさすのも悪い気がして、私は黙って皆の動きを大人しく見ていた。


「これに決まりよーーう!」


 さあ!メイドたち!やるわよぉー!と号令をかけるとジャネットの指示にしたがって、動き出した。その動きが素早く統率が取れていて、私は鏡越しに見ていて、すごいと思わず呟いてしまった。一人が化粧水をとり、もう一人は私の髪飾りを用意し、もう一人はドレスに解れや破れた個所がないか、念入りに見ている。メイドたちのチームワークが半端ない。


 そしてジャネットはゴツい手でシュルシュルと髪を編んでいく。他のメイドたちが装飾品を見てキャアと可愛い声をあげた。


「ジャネットさん、これもしかして王都で流行ってる形のネックレス!?」


「そうよぉ。お昼のお茶会だから、ドレスのデザインは露出が少なく控えめなやつだけど、装飾品はさりげなく新しいものをね!」


 さすがですー!とメイド達がジャネットのセンスに感心している。確かに、さっきから思っていたけれど、ジャネットは手先が器用だし、選ぶ物のセンスが良い。


 ジャネットは髪の毛に細いリボンを入れて編んでいく。髪型一つで、可憐な印象を持たせている。


「シア様、顔色も肌艶も良くなりましたねぇ」


 ニコニコしながら、ジャネットはお化粧をしてくれる。


「みんなのおかげです。美味しいものを食べさせてくれるし、私がくつろげるようにいつもしてくれるからよ。ありがとう」


 私が礼を言うと、ジャネットも他のメイドも手を止めて、ジーンと感動している。


「な、なんで感動してるの!?」


「こんなこと……あまり貴族の方々は言いませんよ。あたし達の仕事だから当たり前だって思ってる人は多いですからねぇ」


「当たり前じゃないわ。この公爵家の使用人達はとても真面目だし、仕事に熱心だと思うの」


「旦那様が良い方ですからねぇ。先代の公爵様も良い方でしたが、お継ぎになったアルバート様も幼い頃から本当に聡明でした」


「そうなの?」


 ええ!と少し年のいったメイドは嬉しそうに頷く。


「大きい声では言えませんが、ここだけの話、オースティン殿下よりアルバート様のほうが次期王にふさわしいのでは?とまで言われていたくらいです」


「そうなの!?アルってすごい人なのね」


 自分たちの主人を誇らしげにしているメイドたちは自慢げにうんうんと頷いている。


 こんな雰囲気、王宮にはなかった。陛下はそんなことなかったけれど、オースティン殿下はつも威張りちらしていて、皆、怖がっているところがあった。自分の気に入らないメニューを3度も出した!と言ってコック長が首になったこともあったし、手袋の用意を忘れたといって、衣装係を即座に国に帰れ!と追い出したこともあった。私がそれはやりすぎですと言えば生意気な!と怒鳴られた。


 はあ……とため息をつきたくなるのを飲み込む。


 今でもアルは十分にすごい。若いのに公爵様ですもの。私、横に並んでも大丈夫かしら?モヤモヤする心を抱えながらも準備は進んでいった。


「シア様!とーーーっても素敵です!!」


 ジャネットが額の汗をぬぐいながら、満足そうに、言った。鏡の向こう側の私は紛れもなく、ちゃんとした令嬢に見えた。黄色のドレスにさりげないキラキラしたネックレスにイヤリング、そして結われた髪。お化粧も濃すぎず、ちょうどいい色合いの頬紅がうっすらとされている。


「ジャネットがすごいんだわ。おとぎ話に出てくる、さえない女の子をお姫様に変身させてくれる魔法使いのようだわ」


「何、いってるんですか!そういってくれるのはうれしいですが、シア様はもともとお綺麗ですよう!」


 いやですねぇと照れるジャネット。本当にそうだと思うもの……私、今までこんなに綺麗にしてもらったことないわとほほ笑む。


 準備ができ、階段を下りていくと、アルが待っていた。私の姿を見ると、紫色の目が見開く。そしてしばらく、黙ったままでいた。ダメだったのかしら?どこか変?


「えっと……お待たせしました。私、変ですか?」


 私が声をかけるとハッとするアル。


「いや、なんでもない……」


 そう言って手を出しエスコートしようとしたが、アルはひっこめた。触れられないんだったと呟いている。そして私の顔を見て、言った。


「すごく綺麗だと思う。想像以上だった」


 彼はそう言って笑った。そして言葉を付け足す。


「見た目の綺麗さなんてって思うかもしれないけれど、時にはそれが勇気になるし、武器にもなる」


「言っている意味がわかる気がします。自信が無い私には必要です。でも……きっとアルも一緒にいてくれることが、一番の勇気になります」


 あれ?と私は気づく。


 いつも余裕のある表情を浮かべているアルの顔が一瞬、崩れた。手の甲で顔を隠している。顔が赤くなっていた。


 ……しかしその瞬間、ジャネットとメイド達がガッツポーズしているのが見えた私だった。



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