第28話

「今度、簡単なお茶会に招待されている。一緒に行かないか?」


 しばらくして、私が元気になった頃、アルがそう言い出した。私は一瞬表情を強張らせてしまった。その変化をアルは見逃さなかった。むしろ私の反応を見るために言った気がした。


「そこまで気を張るものじゃない」


「……はい。一緒に参ります」


「シアが身構えるのはなんとなくわかる。でも公爵夫人となると、社交の場にでないことはない」


「違うのです。私はいろいろ言われるのは慣れています。だけど、アルは大丈夫ですか?私が一緒に行くことでなにか言われませんか?」


 アルが私の言葉を聞いて、目を細め、柔らかな微笑みを浮かべた。


「オレの心配してくれているのか?だけど、シアが思うほどオレは弱くはない」

 

「私、貴族の間で良く言われていないことは自分でもわかってます。だから私がアルの弱点になりませんか?」


「弱点?いいや。むしろそれを利用してやろうって思ってしまうな。こういう時に嫌味を言ってくるやつはだいたい、大なり小なりオレに敵対心があるやつだ。それが誰なのか、見抜けていいチャンスだよ」


 えーっと、と私は言葉に詰まる。彼は私が思う以上に負けず嫌いで強気なのかもしれない。好戦的に目を光らせてニヤッとした。


「まぁ、シアはいろいろ考えずともいい。傍にいて、公爵夫人の顔をし、嫌なことを言う相手には『私はアルのこと大好きです。もうすぐ結婚式を行いますから、来てくださいね』と誘っておけばいいさ。そして結婚式で仲の良さをみせつける!」


「大好きって……そそそそそそんなこと言えません!!」


 な、何を言わせるの!?好き……好きって私、言える?嫌いじゃないのよ。でもっ!でもっ!他の方たちに言うの!?無理じゃない!?恥ずかしくない?


 私の動揺に首を傾げるアル。


「演技でいいだろう?」


「演技でも言えませんっ!アルは演技で言えるんですか?」


 オレ?としばらく考えるアル。


「言えるな」


 言えるんだ……と思った。私はなんだかとても残念な気持ちになった。そうよね。こうやって私やフランに良くしてくれるのも、旦那様と父親役を演じてくれてるからなのよね。


 私達は偽物の夫婦。簡単に言えたり演じられたりするのは当たり前の事よね。時々、アルが優しすぎて私、勘違いしちゃう。本当に女性として家族として大切に思ってくれているんじゃないかって……。


 私は勘違いしない!割り切るわよ!と心に言い聞かせた。


「アルさえよければ、私、頑張ります」


「いや、頑張るな!絶対に頑張るな!」


 即座に頑張るなと言われる。こないだ頑張りすぎて倒れたことをアルは警戒している。あれからジャネットや他のメイドたちにも『シアを無理させるな!ゆっくり体を休められるように細心の注意をはらえ!』と命じたらしい。過保護すぎる。


「シアにおかしいところなどない。そのままで出席するといい」


「そんな……ちゃんとした公爵夫人に見えるでしょうか?私、美人でもありませんし、品もセンスもないですし……」


「誰がそんなこと……ああ。もしかしてオースティンか?オースティン殿下が言ったことは無視でいい。そんなものゴミと一緒だから、そのへんの屑籠に放り投げてばいい」


 ゴミ!?私が驚いた顔をすると、アルはなんてことはないと笑う。


「オレが保障する!シアは最高に可愛いレディで、素敵な淑女で、きれいな女性だ」


 美青年で女性の私よりも端正で綺麗な顔立ちの彼に言われると私は焦ってしまう。


「それはアルのことですっ!私なんかが横にならんだら、本当にみすぼらしくて、迷惑になります!」


「試してみよう。本当にシアが言うとおりなのか、オレの方があってるのか。今度のお茶会で良い夫婦を演じて、皆がどう思うのか?その上で、君が判断すればいい」


 なんでそんなに自信があるんでしょう!?アルは身長も高く。気品もある。黒髪がサラサラとし、目は宝石のようで、本当に美しい男性というのはこういうことなの!?と思うくらい素敵なのだ。さらに人を思いやる心もある。ここにきて、しばらくして公爵としてもすばらしい仕事をしているとわかった。アルの領地は彼の政策で潤っている。王都よりも華やかで、新しい物が流通し、領民も明るい。


 そんな立派なアル。王家から子どもとともに追い出された私。


 隣に立った自分を想像すると気おくれしてしまう。指をさされ、笑われている自分とアルの姿を思い描いて、怖くて不安な気持ちになる。


 でもこれも自分の役目だもの。きちんと果たさなくちゃ。そういう契約だったはず。私はアルが求める公爵夫人を演じるわ。


「アルがお茶会に参加してほしいとおっしゃるなら、そうします。きっと悪く言われてしまい、迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


 深々とお辞儀をし、頭を下げた私に、なぜかアルは『頑固だな』と言ったのだった。


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