第27話

 オレがシアに好きとか愛していると言うのは無責任だ。本物の夫婦ではないのに、言えるわけがない。


 良い旦那とはこんな感じだろうか?ちゃんとオレは演じられているだろうか?せめて良き父や良き旦那になれるように努力したい。


 それに……あんな頑張っている彼女にオレはなにをしてやれるだろう?


 オースティン殿下の狙いもよくわからない現在……そうだ二人を守りきる。それがきっと今、オレがしなきゃいけないことだよな。


 よしっ!と執務室の椅子から立ち上がる。


「シリル!」


「旦那様、なにか?」


 優秀な執事が返事をする。


「シアを少しずつ社交界に出していく。結婚式前だが、すでに紙面では夫婦だ。」


「本当に前へお出しになるんですか?」


「ああ」

 

「……僭越ながら、口を出してもよろしいでしょうか?」


 なんとなく、シリルの言いたいことはわかってる気がした。なんだ?と聞き返す。


「旦那様とシア様との婚姻は、オースティン殿下の妃だったと皆が興味本位で見ています。色々な憶測まで飛び交ってます。そんな中、シア様を社交界に出してもよろしいのですか?良い話の種になりはしませんか?」

 

「『若き公爵に取り入った尻軽女』『品のない貧乏伯爵家の娘』『バツイチ子連れなのに公爵夫人など図々しい』……まだ他にも言われてるよな」


 知ってましたかと苦い顔のシリル。


「さしずめオレは騙されてる間抜けな公爵ってところか?」


「いえ、旦那様は性格的にも行動的にも騙されるより騙すタイプですから、逆に怪しまれてます。『なぜ結婚相手があのようなものなのか?』『本当に結婚してるのか?』『なにかクラウゼ公爵には思惑があるんじゃなきのか?』と噂されてます」


「なんでだよ!?」


「ご自分の胸に手を当てて考えてみたらよいかと……」


 ………。


 ……………。


 ……………………。


「いや、わからない」


「本気ですか!?……いえ、失礼しました」


 シリルはいいんですよ。気づかないならそれはそれでいいんですよ。とブツブツ言っている。


「とにかく、シアに対するマイナスイメージを払拭させたいんだ。オレの嘘の結婚疑惑もだ!」


「そのほうがよろしいかとは思いますが……」


「よし!作戦をたてる!根回しを始めるぞ!」

 

「こういったことになると、何故かイキイキとしますね」


 オレはフフンと不敵に笑った。いずれオースティンにはシアとフランにしたことを後悔させてやろう。


 その夜のことだった。激しい雨が降ってきて、仕事に出ていたオレが帰ってきた。馬車から降りて傘を差したが、傘が役に立たないほどだった。

 

 濡れてしまった。やれやれ……と思いながらも門兵が扉を開けてくれる。


「おかえりなさい!」


 扉の向こうには、フランが立っていた。もう夕飯が終わり、いつもなら寝る時間じゃなかったか?


「フラン、どうした?」


「これをどうぞ」


 オレにタオルを渡す。受け取って、濡れた髪や顔を拭いた。シリルがなぜかニコニコしながらこちらを見ていた。


「ありがとう。まだ休まないのか?」


「もうそろそろ休みます。……あの……お父様」


 え?今、なんて!?


「……そう呼んでくれるのか?」


 フランはニコッとして、その後、少し照れながら言った。


「お父様は母様を馬に落ちたときには助けてくれたし、陛下に呼ばれて王宮へ行った時も僕や母様が帰らなくて良いようにしてくれたんでしょう?そうやって守ってくれる大人は初めてです。あの……だから……おやすみなさい。お父様」


 信頼してくれたってことか?オレはフランの変化に驚いて目をずっと丸くしている。 


「あ……えっと……おやすみ。フラン」

 

 フランにオレは夜の挨拶をとまどいながらも、返した。フランは頰を少し赤くしつつパッと駆け出していった。オレはしばらく嬉しい気持ちを噛み締めてしまった。なんか嬉しい。なんとも言えない嬉しさがあった。


「フフフ。良かったですね。旦那様」


 オレの様子がおかしかったのか、シリルが笑っていた。他の見ていた使用人たちまで、なぜか幸せそうに笑っていたのだった。

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