第30話
お茶会は小さなもので、親密な人しか集めていないという雰囲気だった。それでもどの人も、かなり上流階級の人達なのだと気づく。……当然のごとく、私の両親はここに混ざっていない。
「おや?クラウゼ公爵、ようこそ。可愛らしい方を連れてきてくれたんだね」
高齢だが、とても品の良いおじいさんが私を見て目を細める。優しそうだけど、どこか侮れない雰囲気が少し陛下と似ている。
「お招きありがとうございます。妻のシア=クラウゼです」
アルにそう紹介されて、私はスッとお辞儀をする。そしてバッと他の人の視線が私に集まったことを感じた。ドキドキする。汗が出てきて、声がでない。ちゃんとしなくちゃと思うのに、また冷たい目で見られたらどうしよう。また無視されたらどうしようと王宮での出来事が頭をよぎる。
「クラウゼ公爵の妻だって?」「へぇ。けっこうな美女じゃないか」「なんでもオースティン殿下の元妃だったらしいぞ」「愛人の側妃に追い出されたらしいぞ」「いや、見たことあるが、こっちの方が可憐でタイプだけどな」「確かに綺麗な女性じゃないか」
ざわざわしだした。私のことを話しているのが聞こえる。アルはヒソヒソと耳打ちした。
「聞こえるか?シアのことがきれいだとか可愛いとか言ってるんだ。マイナスの声を聞かなくていい。良いことだけこういう場では聞いておくんだ」
「アル……」
アルは私を安心させるように小さい声で言った。
「オレだって、若くして公爵になっただろ?いろいろ言われたんだ。でも良いことしか聞かないようにしたら、なんとなく乗り越えられるものだった。シアは本当に綺麗だと思うから自信を持っていい」
「そんな……私なんて……」
私の自信をつけさせるため?これも演技なの!?心から言ってるの!?どっちなの!?時々、アルがわからないわ。頬が赤くなる。アルの穏やかな目が私を見つめている。
「男性はこちらで、お話を……女性はこちらにいらして、楽しいお話を一緒にしましょう」
そう案内される。アルが大丈夫だよと言って離れていく。男性達は難しい政治の話を始めていた。私はおいしそうなお茶菓子やお茶が並べられた席へ促された。
アルと離れてしまうことが少し不安だったけれど、今日の私は魔法がかかってるから大丈夫と思うことにした。公爵家の皆がかけてくれた魔法を私は勇気にかえたい!
「はじめましてかしら?」
老婦人……この方が主催者の奥様なのね。私は席に着く前にドレスの裾を持ってお辞儀をする。
「はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます。シア=クラウゼと申します」
お座りになってと老婦人が勧めてくれる。私はドキドキしながら座る。こういった場は王宮にいても何度もあった。だけど嫌なことばかりだった。私を見て、嘲笑したり憐れんだりされていた。それを思い出して緊張してしまう。
「少し緊張されている?」
老婦人の言葉にクスクス笑う声が聞こえた。だけど、気にしない!大丈夫!と私は自分に言い聞かせる。
「はい。正直いいますと、私はあまりこういった場は得意ではありません。こんな楽しい場なのに、緊張していて申しわけなく思います」
私の素直な言葉を聞いて目を細め、微笑む老婦人。
「素直な言葉はなによりも信じられますわね。大丈夫。失敗してもいいのですよ。楽しんでいってくださいね。さぁ、好きなお茶やお菓子を召し上がってね」
とても優しい方だと気付いた。少し、ホッとして、私は座って落ち着くことができた。その時だった。カシャンと音をたてて、お茶をこぼしてしまった人がいた。
「きゃあ!」
「いやですわ。ドレスにかかったわ」
「もうなにやってるの」
私はあわてて、こぼした方にハンカチを差し出した。
「よければ、これを使ってください。火傷はしませんでしたか?」
ハンカチを差し出された令嬢はえっ!?と驚きつつも、ありがとうございますと礼をいって、拭く。少し遅れて、メイドたちが片付けてくれたり、代わりのお茶をいれたりしてくれた。
老婦人がその様子を見て、口を開いた。
「女性と今まで婚約もせず、お付き合いの噂もなかったクラウゼ公爵ですが、いきなり結婚されて驚きましたわ。こんな可愛らしく、優しい方だったなんて。納得ですね。こうやって自然と困っている人に対して、すぐに行動できるというのはなかなかできないものだと皆さん、思いませんか?」
老婦人は穏やかに笑い、褒めてくれた。そのことに私は驚く。その場にいた他の女性たちが一瞬ざわりとしたが、この一言が今日の流れを決めてしまったと言ってよかった。
「お茶会はわたくしが主催者です。楽しくお茶をしたいのですわ。わかりますね?皆様?」
にっこりと笑う老婦人は皆を見渡すようにそう言うと、他の女性たちが『もちろんですわ』『仲良くなりたいですわ』『一緒にお話しましょう』など私に肯定的な雰囲気になった。
「長い人生、いろいろとあるものですよ。公爵夫人も苦労をなさってきたんでしょう?クラウゼ公爵はどうですか?優しくしてくれますか?」
私はようやく気付いた。アルが懇意にしている方のお茶会へ誘ってくれたのだと。だからこの老婦人は敵ではない。私の味方でいてくれる方なのだと。アルは考えて連れてきてくれたのだ。
「はい。とても素敵で優しくて……私のようなものが、もったいないくらいです。一緒に乗馬をしてくれたり、子どもにも優しくしてくれたり本当に親切で良い方です」
あの公爵が!?とその場の女性達がざわめいた。あの??あのってなにかしら??それ以上令嬢たちは口にしなかったので、アルが世間一般女性にどう思われているのかわからなかった。
それからは他愛のない話を一緒にした。有名な帽子店の話やファッション、王都で流行している物、どこぞの貴族の噂話などの話をしている間に、時間はあっという間にすぎた。
無事に終えたことに、私はホッとした。アルに恥をかかせなくてすみ、それがなにより良かったと思う。
皆が離れていった中、ウフフと老婦人は笑って、近づいて、こっそりと私に言った。
「わたくし、あなたがクラウゼ公爵と結婚する前から存じていたんですよ。でもね。今のほうがとても良い顔をしてますよ。あなたもですが、クラウゼ公爵もです。気付いているかはわからないですけれどね。良い夫婦ですね」
私はありがとうございますと礼を言った。
だけど、偽物の夫婦なんです。優しい老婦人を騙しているようで胸の奥がちくりと痛んだのだった。
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