第7話
なあ、シリル?と、オレは腹心の執事に話しかけた。
「なんでしょうか?」
朝食を終えて、出かける準備をするために自室へ帰ってきた。
「あのバカオースティンは、予想以上にひどいことをシアとフランにしていたんじゃないか?」
「旦那様、いくら従兄弟でもバカといっているのを聞かれたら不敬罪になりますよ。お気をつけください。本当のことであってもです。お二人のことを詳しく調べてみますか?」
オレは調べておいてくれと言い、身なりを整える。そして昔のことを思いだしてきた。
「あいつは叔父である陛下から、昔から年齢が近いから、相手をしてやってくれと頼まれて辟易していた。王宮へ行くといつも会わせられていたが、わがままで、横柄で、自分の思い通りにならないと癇癪を起す。それは今も変わってない。陛下は王子を甘やかしすぎただろ」
これをどうぞとシリルが外出着を渡す。
オースティンと昔、遊んでいたときの嫌な記憶がよみがえる。オレとゲームをして負ければ癇癪を起し『ずるをした!』『こんな遊びおもしろくない』『もう来るな!』などと言ったり、自分が異国の希少な物を手にした時など、見せてやろうと皆の前で自慢し、わざとそれを壊してオレたちの反応を楽しんだり……剣技を競う大会で『負けてくれるよな?負けないやつはどうなるのかわかってるよな?』とライバルたちを脅したり、小動物を連れてきて、目の前でいじめてみせて、助けたやつは死罪だと注目を浴びたくて大騒ぎする。
シアとフランがどんな目にあっていたのか、考えると嫌な気分にしかならない。
「妻と子を持ち、だいぶマシになったと思ったが、変わってないな」
「関わらない方がよかったのではありませんか?お金を積めば、他の女性でもよろしかったんじゃないでしょうか?後々、めんどくさいことになりませんでしょうか?」
「オースティンはオレのこと嫌いだから、近寄ってこないだろう」
あいつの言うことを無視できる立場、対等に口をきける者はオレしか昔からいなかった。だからオレの姿を今も見ると避ける傾向にある。……オレの方からなにかしかけたことがないのに、失礼なやつだよな。
「公爵家を継ぐには王家の血が入っていると、後々、他の親族が公爵家欲しさにしかけて来た時にめんどくさくなくていい。争いごとは無駄な時間でしかない」
「アルバート様は割り切りすぎです。公爵家のこともいいですが、ご自身の幸せも考えてほしいと近くでお仕えする我々は思ってます」
「そんなことはない。不幸せではない」
唯一、不幸せだと思ったのは両親を亡くした時だったなと思いだす。それにシアのことは……そうだ。誰にも言ってないが、彼女をオースティンとの結婚式で初めて会った時『あのバカオースティンの妃になるなんて、ご愁傷様だな。どうせ金と地位目当ての貴族の娘だ』と思っていた。
それなのに……。
いや、今は思い出すのはやめよう。忙しいのだから。きゅっと手袋をし、帽子をかぶる。ふと、顔色が悪く、痩せているシア、年齢の割に小柄なフランの顔がよぎる。十分な生活をしていなかったんだろうなと思う。
「シリル、シアとフランの食事は栄養バランスと量に気をつけてやってくれ。また二人とも疲れている。快適にすごせるよう気配りを頼む」
オレに忠実な執事は微笑んだ。
「かしこまりました。お優しいですね」
「いいや。優しくない。オレはひどいやつだよ」
そう言い捨て、自室から出た。
オレだって、シアとフランにひどいことをしてるよな。契約上の結婚だなんて、相手にとって、ひどすぎることを言っている。オレが女性に触れられなくなってから、ずいぶん経つ。だから愛すことを誓える立場じゃない。
利用するためだけに連れてきたひどいやつだと罵られても良かったんだ。その時は淡々と書類でも作って、印を押させて、シアを服従させようかと思った。
どんな思惑や理由がオレにあるにしろ、オレはひどい奴だ。そのうしろめたさはきっと一生消えないと思う。
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