第6話
「母様と離れたくない……」
フランと私の部屋は別々に用意してあったが、新しい環境で、フランは不安になっていて、ポツリと呟いた。それを聞いてアルは苦笑しつつも、仕方ないかと言った。
「甘えん坊だな。オレがおまえくらいの歳の時はすでに、母親から離れていたぞ。だが、ここに来たばかりだから、その気持もわからなくもない。しばらく同じ部屋にしておこう」
「そうしていただけると嬉しいです。ありがとうございます」
ホッとした表情になったフランを見ながら、私はお礼を言った。アルがジロジロと荷物と私の服装を見比べる。
「荷物、これだけか?服も?」
「あの……支度金もそれほどなくて……持参金もなくて……本当に申し訳ないのですけど」
「いや、金について聞いたわけじゃない。ふーん。じゃあ、買い物に行って必要な物を買おう。フランもいくぞ!領地内を把握するためには、まず民の様子からだ!」
すでにフランをしっかりと後継者として育てるぞ!という意気込みが感じられる。なんだか生き生きとして楽しそうでもある。今日のところはゆっくり休めと言って出ていった。フランがアルのはりきった様子を見て、首を傾げる。
「なんでしょうか?やけに楽しそうというか、はりきっているというか……?」
思わずクスッと私は笑ってしまう。そしてプランの柔らかな髪をなでた。
「公爵様で母様の新しい旦那様になる人らしいけど、ちょっと変わってるわよね。でも悪い人ではない気がするわ。不安になってるフランのこと気遣ったり、私たちの様子を見て、必要な物を持っているかって気にしてくれてるもの。フラン、ごめんね。いろいろと環境が変わって不安でしょう?」
「いいえ、僕は母様が心配なんです。でも母様が決めたことにはついていこうって思ってるんです」
「どうして?」
「だって、僕、聞いていたんです。父様が『フランは置いていってもいいぞ。邪魔だが、なにかに利用できそうだからな』って言った時、母様が『絶対にフランは私が連れていく』って言ってくれたでしょう?僕、すごくうれしかったんです。王宮の怖い人たちに囲まれて一人ぼっちになっちゃうかと思って、怖くて怖くて……母様、僕、一人になりたくないんです」
「一人には絶対にさせないわ。約束するわ」
そう言ってギュッと抱きしめる。まだ幼いのに、嫌な会話を聞かせてしまった。とても申し訳ない気持ちになる。
利用すると宣言し、我が子なのに、物のように扱う殿下に私はどうしてもフランを任せようという気持ちになれなかった。いずれ愛人の子ができたらフランをどうするつもりなのか……とその先を考えるとゾッとするものがあった。元旦那様のオースティン殿下はどこか子供じみていて、捕まえた虫を踏み潰したり叩き潰すことを簡単にする残酷さがある。
まだアルをどこまで信じていいかはわからない。フランには言ってないが、愛がない契約上の結婚なのだ。どうなるかこの先はわからない。もしかしてアルが女性アレルギーが治って好きな人ができるかもしれないし、私とフランに飽きてでて行けと言われるかもしれない。
フランを守れるだけ、強くなりたいと私は思った。こんなすぐに周囲の思惑一つで流されるような私の存在はなんて軽いのかしら。
私とフランは緊張していたためか、疲れきっていたらしい。色々考えていたのに、久しぶりのフカフカの大きなベットに横になると、ぐっすり朝まで眠っていたのだった。
次の日、朝食に呼ばれると、そこにはアルがすでに座っていた。機嫌が良さそうだ。
……嫌だわ。旦那様の顔色を伺ってしまうのは癖なのかもしれない。その日の機嫌の良し悪しで、オースティン殿下に嫌がらせを受けていたからだ。機嫌の良い日はあまりなかったけれど……。
「ゆっくり休めたか?」
「はい。立派なお部屋とベットを用意してくださってましたから寝すぎてしまったかもしれません。朝食を待たせてしまったようで、申し訳ありません。久しぶりに起きた時、体が痛くありませんでした」
「伯爵家ではどんな扱い……いや、やめておこう。シア、フラン、朝食をとろう。オレは別に謝られるほど、待っていなかった」
アルがフランの顔をチラッと見たことに、私は気づく。あまりフランの前で嫌な話をしないようにしてくれているらしい。その配慮は心から嬉しかった。フランはもうすでに見なくていいこと、聞かなくていいことを歳のわりに経験してしまっているから、これ以上させたくない。
「母様、これ、おいしいです」
豪華な朝食だった。王宮にいた時よりもすごいかも……。パンケーキに、トロリとした金色のはちみつをかけて、幸せそうに食べるフラン。色々な種類のカラフルでみずみずしいフルーツ、ゆで卵、サラダ、ソーセージにベーコン、3種類のスープ、焼き立てのこんがりパン。アップルパイにクリームパイ。バターやジャムもある。飲み物はミルクにジュース、お茶など選ぶことができる。
給仕してくれるメイドはムッツリとした怒った顔ではなく、にこやかに、どれにしますか?おかわりはいりませんか?と丁寧に聞いてくれる。もうこれだけで、幸せだった。自分とフランがこの屋敷で大切に扱われていることがわかる。
使用人たちというのは、すぐに主人の意図が反映されるからわかりやすいのだ。王宮で私とフランに仕えていた使用人たちは、いつも冷たく、見下し、時には仕事を放棄していた。
「昨日、言ったように、今日は買い物にいく。なんでも好きなものを買っていい。シアとフランの必要なものはなんだ?」
「フランの靴をお願いします!」
「母様の服をお願いします!」
私とフランは互いの言葉に思わず顔を見合わせた。
「母様はいつも僕の物を優先しているでしょう!?」
「そんなことないわ。私はフランのものが一番欲しいもの」
アルが私とフランのやり取りを見て、プッと噴き出して、笑った。
「いいよ。どっちも買おう。いい親子だな。オレもそこに仲間として入れてもらえるか心配だな」
アルが冗談を飛ばす。その主人を見て、使用人たちも明るい顔になりフフフと笑ってしまっていた。和やかな空気が流れる。
こんな穏やかな空気のなかで過ごせるとは思ってなかった。ずっと重い海の底で呼吸していて、やっと海面に顔を出したような気持ちになった。
なんだか、ここに来るまでに、私が予想していたこととは、ずいぶん違っていた。
アルがほらいっぱい食べて大きくなれよとフランに言うのを私が眺めていると、シアもぼんやりしてないで、しっかり食べて栄養をとれ!と言われてしまったのだった。
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