第5話

 現れたのは想像よりも、はるかに綺麗で顔立ちが整った黒髪の青年だった。身長が高く、すらりとしていて、落ち着いた雰囲気だった。さらにオースティン殿下と同じくらいの年齢なのに、とても凛々しくみえる。その姿に私は少なからず驚いていた。


 だってだって……ごめんなさい。実はオヤジ系を想像してました!でもイケオジなら許せる!とか思っていたの。口には出さないけど!

 

 私はその美しい風貌に、やや気後れしつつ、立ち上がる。それに倣ってフランも立ち上がる。


「はじめまして。わたくし、シア=フォルテスと申します。こちらは子どものフランと申します。公爵様のお召しにより、参りました」


 私とフランは深々とお辞儀をした。


「ああ……急な願いを申し出て悪かった。オレはアルバート=クラウゼ。クラウゼ公爵家の公爵をしている。そんな堅苦しい態度はとらなくていい。気楽に話してくれ。とりあえず座ってくれ」


 ちょっと大人同士の話がしたいから、子どもは席を外させてくれと頼むアルバート様。ハイと言って、メイドの一人が、少し不安そうになるフランにお庭でお菓子とジュース食べてましょうかと手を繋いで退席していった。


 他のメイドもいなくなり、部屋にはアルバート様と執事のシリル、私だけになった。


 そういうアルバート様の方が言葉づかいはともかく、どこか緊張感を感じられる。顔が強張ってるもの。なぜなのかしら??横にいるシリルは心配そうに自分の主人を見守っている。


 シーンとしばらく間がある。話すことをためらっているようでもあったが、私がお茶を飲んでいると、決心したかのように言い放った。


「君はオレのものになればいい!」


「は!?……っ!ゲホッ!ゲホッゲホッ!!」


 一撃必殺!愛の言葉を通り越して、口説き文句にすら聞こえなかったわよ!むしろ決闘をバーンと申し込まれている勢いだった。落ち着いた雰囲気という前述は取り消したくなったわ。


 唐突すぎる言葉にお茶をむせてしまった私に、大丈夫ですか?と執事のシリルが心配する。アルバート様は淡々と言った。

 

「婚姻を結んでほしいといきなり申し込まれて驚いているだろう」


「え、ええ……驚きました」


 今のセリフにもね!と言いかけて飲み込む。


「私は二度目の結婚になりますし、子もいます。なにより殿下の不興を買って追い出されてますので、他の貴族の方々からは敬遠されてますから、このような申し出にふさわしいと私自身、思えないのです。」


 オースティン殿下に嫌われた女には近寄るな!不興を買うぞ!と影で言われ、嘲られていることは私は知っている。


「あー、あのバカ王子の不興か。どうせ相変わらずアイツは性格悪くてワガマ……あ、悪い。なんでもない。今はどうでもいいことだよな」


 アルバート様はにっこり微笑み、悪態をつきかけたのは消し去る。……でも今、なにか言おうとしたわよね。アルバート様とオースティン殿下は従兄弟になるから、よく知っている仲なのよね?


「オレにとっては願ってもない状況だ」


「どういうことですか?」


「はっきり言おう。オレが君に求めるのは、オレに『寄るな』『触るな』の二点だ!それさえ守ってくれて、オレの妻を演じてくれるなら、何、一つ不自由のない生活を約束しよう」


 ちょっと頭が一瞬、フリーズした。今、変なこと言ったわよね?どういうこと?寄るな?触るな!?


「えーと。今、おっしゃった条件から考えられることと言えば……もしかして他に好きな方がいて、私を表向きの妻にして、遊びたいとかでしょうか?それとも女性が嫌いで男性が好きとか?」


「惜しいな。合っているところもあるが、外れているところもある。今の話、怒らないのか?」


「もしひどい目に合うならば、フランと逃げて、平民になろうが、貧しい生活をしようが、かまわないわ!と覚悟してますから」


 アルバート様は目を丸くした。そして面白そうに私をジッと見た。


「いや、逃げられちゃ困るな。説明をちゃんとしよう。今から話すことは、誰にも言わないと約束してくれるか?」


「私、口は堅いほうです」


「真剣にこちらのお願いを聞いてもらいたいから、初めて女性に、このことを明かすんだ」


 わかりましたと私はうなずく。はあ……とアルバート様は1つため息をついてから口を開いた。


「実は女嫌いなんだ。いや、もうアレルギーと言っていいレベルで女性に近づくことが、無理なんだ」


「……えっ!?」


 見た目、とっても女性にもてそうで、地位もお金もあるし、愛人の一人や二人、居そうなのに!?いやいや、待って?変な嗜好あるんじゃないでしょうね!?フラン狙い?フランに手を出したらタダじゃおかないわよ。


 私が言いたいことはすべて顔に出ていたらしい。アルバート様が額に手を当てる。


「何を考えてるのか、わかる。大丈夫だ。別に特別な嗜好があるわけじゃない。だが、女性に触れられないんだ。触れたら体調不良に陥る。湿疹、発熱、咳……ひどい状態になるんだ。失礼かと思うが、今日、君に会う予定だったから、手袋をして気休めに防衛している」


 自分の両手を見せてみる。白い手袋をはめている。


「こちらの目的を正直に話す。その方が信じてもらえるだろうからな。言い方が悪いかもしれないが、ちょうどよかったんだ。このままじゃ公爵家の後継ぎは望めないと思っていたら、君のことを噂で耳にした。君の子どもは王家の血が入っているし、公爵家の養子としては願ってもないことだ」


 彼は続ける。


「君はオレの妻、公爵夫人としてふるまってくれ、フランは次期公爵として教育を受け、公爵になってほしい。その代わり、今後の生活は保障する」


「私とフランを利用するということですか?」


「どちらかと言えば取り引きや契約に近いと思うが?」


 取り引き。その言葉はわかりやすかった。私はともかく、王族の血が入っているフランが平民として暮らすとなると、ばれないように転々としなければならないだろう。ばれれば誘拐されたり利用されたりすることは間違いない。私より危険なのはフランなのだ。公爵家ならば、その身を守られることは間違いない。


 私はコクリと首を縦に動かした。


「愛より取り引きと言われるほうが、私は信じられます」


 もう愛が無いとかもしかして愛されるんじゃないかとか……王宮で寵愛を気にして、あの王子や王家の人たちの顔色を窺って生きていた。取り引きと言われ、私は逆に安心した。


「偶然だな。オレも愛より取り引きのほうが信じられるんだ。契約上の結婚生活をしてくれるか?」


「はい。わかりやすくて、とても良いですね」


 にっこりと互いに微笑み合う。握手をしたい気分だったが、アルバート様に触れてはいけないのだった。


「これからよろしく頼むよ」


「こちらこそアルバート様、よろしくお願いします」


 アルバート様は少し上を向いて考えていった。


「アルバート様ではなく、シアはオレの妻だから『アル』って愛称で呼んでほしいな」


 そう笑顔で言われると、なぜかドキッとしたのだった。アルは問題が解決したとばかりに清々しい良い笑顔を私に向けた。


 ちょっと待って……そんな屈託のない笑顔を急に向けないでほしいわ。なぜか私はそう思ったのだった。

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