第13話

 夕方になり、馬小屋の前に集まった。フランは初めての乗馬ということもあり、ドキドキし緊張した表情をしている。大丈夫よと私が背中をポンポンと叩いてあげると私の顔を見上げてフランは頷いた。


 乗馬用の服もすでに服屋から取り寄せてくれてあり、フランも私を着替えてきた。アルはズボンにシャツといったラフな格好で現れる。


「フランは乗馬を習ってなかったのか?王族、貴族には必須のスキルだろ」


「あまり殿下は教育に熱心ではなかったのです」


「しかし第一王子としての教育は王家がするものじゃないのか?」


 半ば幽閉であった私とフランの生活だった。何かを求めれば図々しい女だと罵られ、殿下より先に提案すれば機嫌が悪くなった。


 私が無言になったことで、アルは察したらしい。


「オースティン、あいつは……まったく……今度会ったら一発殴りたくなるかもしれないな……」


 ブツブツと小さな声で、なにやら一人で言っているアル。不穏なことを言っている気がするわ。


「まあ、とにかく!まずは馬に慣れることだな。ほら、ニンジンをやってみるといい」


 フランが恐る恐るニンジンを食べさせる。歯がむき出しになって、わあっとびっくりしていたものの、食べる様子をじーっと見て、強張ってきた表情が緩んでいく。


「馬、可愛いかもしれません!」


「後ろに立たず、この辺にきて、体を触ってみるといい」


「はっはいっ!」


 恐る恐る手を伸ばし、撫でてみるフラン。おとなしい馬でジッとしてくれている。


「温かい!なんだか可愛くなってきました」


 フランがニコッと笑った時、厩番が小さなポニーを連れてきた。


「坊っちゃんは、まずポニーから練習しましょう」


 小さな馬にフランは目を輝かせた。


「これなら乗れそうです!ありがとうございます!」


 頑張れよとアルは言うと、次は私に視線を向けた。


「さて、シアも行くか。どの馬でも好きな馬をどうぞ」

  

「どの子でもいいの!?」


 アルが、私の嬉しそうな様子を見て、いいよと優しく笑う。そのキラキラするような笑顔を直視できなくて、慌てて私は目を逸らして、この子がいいですっ!と、白馬を選んだ。


 アルは時々、無意識にアイドル並みの笑顔スイッチと色気スイッチが入るのはなんなのかしら?なぜか胸の鼓動が早くなる。


「お手をどうぞ」


 手を伸ばし、私が乗るのを補助してくれる。……え!?こんなことまでしてくれるの!?


「……と、してやりたいが、触れれない。悪いが一人でも乗れるか?」


 そうだったー!!女アレルギーのアルは私には触れれないのだった。


「大丈夫です。気遣いありがとうございます」


 ちょっと申し訳無さそうにしているアル。でもそれでよかったわと思った。そんなことされたら、胸の鼓動がさらに早くなりそうだもの。馬にヒョイッと跨る。


「乗りなれてるな」


「フフッ。馬に乗るのは好きなんです」


 私が笑うと、そうかとアル少し笑った。笑い返してくれる……そんな些細なことが私は嬉しかった。これも契約だから、してくれるのかな?と思うと少しせつない気持ちにもなる。


 ううん。そうじゃないわ。割り切った関係の方がいいのよと、その気持ちを私は消した。


 最初はゆっくりと歩かせる。二人で並んで、馬に乗りながら話をする。


「アル、ジャネットを私に付けてみたのは、私の人柄を測るためなのでしょうか?私より先にきていたお嬢様方にも、偏見を持たずに付き合える女性はいないかと付けてみたんじゃないですか?」


 私の方を見て、アルが驚いた顔をした。あ、言っちゃいけないことだったかな?


「ごめんなさい。つい、気になったものですから、言っちゃいました。でも私はジャネットが好きです。とても優しくて……私の気持ちを思いやり、代わりに悲しんでくれる人は、今までいなかったもの」


 アルは優しい目になった。


「シアにはお見通しか。そうだな半分以上当たってる。だけど仕事もできる。後は気配りもだ。良いメイドなんだ」


「わかります!ドレスの知識、お化粧の仕方、公爵家の歴史を習ったんですけど、すごいんですよ。本も見ないで話すんです!」


「そうだろ?」


 オレは雇用する時、見た目で選ばないんだとアルは自慢げに言った。


「私のこと……本当は公爵家のすべての人が良いとは思ってないんですね?だからメイドたちのトップであるメイド長やメイド長の補佐という立場の二人を私につけてくださったんでしょう?そんな理由もあるのかなって思ってました」


「いろいろ考えるんだな」


 否定をしないアル。やはりそうなのだ。突然現れた私やフランを嫌がる人も中にはいるだろう。特にバツイチの私が、こんな素敵な公爵様の奥様になるなんて、反対派が存在しないわけがない。アルが意図的に近寄らせないようにしてくれているのだ。


「私の性格みたいです。だから疎まれる。オースティン殿下に言われました。『女は多少馬鹿な方が可愛い。おまえみたいなやつはダメだ』って」


「オースティン殿下がバカすぎるんだ。勉強もしないで、遊びまわり、好き勝手なのことばかりし、陛下にどれだけ醜聞を握りつぶしてもらっていたかわからない。あいつが言うことを本気にしないほうがいい。少なくともオレはシアと話していて、おもしろいと思う」


 ありがとうごさいます……と私は言いたかったのに、胸の奥が熱くなってしまって、お礼の言葉が出なかった。こんなふうに私のことを言ってくれる人、今までいなかった。


「さて、乗馬のお手並み拝見しようか。あそこの森まで駆けさせてみるぞ!」


 負けませんよ!と言おうとした瞬間だった。私の馬がヒヒーンと甲高い声で嘶く。前足を高く掲げる。私を振り落とそうとした。必死で手綱を持ち、しがみつく。


 ど、どうしたの!?いきなり何かに馬は驚いたようになり、怯えてパニックになっている。そして、全速力で駆けだした。つかまることで精いっぱいだった。落馬したら怪我をすることは間違いない。


 シア!!とアルが名を呼ぶ声がした。遠くからフランが母様!と叫んでいた。

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