第27話 第一住民発見

「うぅぅ……うっ、うぐぇえぇぇぇぇ……」


 倒れたまま苦しそうに喘いでいた馬場が身体を捻り嘔吐する。ビチャビチャという水音と共にえたような臭いが周囲に広がり、鹿島は思わず顔をしかめた。それでも“収納”を試した時に嘔吐したときよりはずっとマシだ。胃の中の物はあの時に吐いて今はほぼ空っぽ……鹿島から受け取った水しかいの中になかったのだから、吐き出されたのもほぼ水で臭いもしないわけではないが前回よりはずっと薄い。


「大丈夫ぅ、馬場さ~ん……?」


 重量約2キロのバールを召喚しただけでかなり苦しんだはずなのに、ウッカリ米5キロもいきなり召喚してしまった馬場の迂闊うかつさが原因とはいえ、自業自得と切り捨てることは流石にできない。


「ゲハッ、エ゛ハッ……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……

 ゴ、ゴメン、鹿島さん‥‥‥」


 吐くだけ吐いたら多少は楽になったのか、馬場の顔色が若干良くなる。


「馬場さん、水飲んだ方が良いよ。

 もう一本、召喚しようか?」


 鹿島の気遣いに馬場は首を振った。


「あ、ありがと……でも、水は、さっき貰ったやつが、まだあるから……」


「いや、“収納”してるのを出すのも辛いでしょ。

 無理しない方が良いですよ。

 “収納”してる水は、後で飲んでぇ」


 もしも馬場が今見舞われている症状が魔力の欠乏によるものだとしたら、収納魔法を使うのも避けた方が良いだろう。実際、大きすぎる物、重たすぎる物を”収納”で出し入れした時も、やっぱり頭痛や吐き気に襲われたのだ。今の馬場の状態で無理に収納魔法を使えば、余計に消耗してしまいかねない。

 馬場はそのことに気づいてないようなので、鹿島は有無を言わさずミネラルウォーターを追加で召喚した。鹿島自身も頭痛をおぼえはじめる。もしかしたら、今まで召喚や収納で使った魔力は回復しているわけではなく、消耗は蓄積しているのかもしれない。


「ホラ……」


 鹿島は軽い頭痛を意識しながらも、召喚したペットボトルの蓋を開けて馬場に差し出した。馬場は苦しそうに鹿島の様子を目だけで見ていたが、鹿島にペットボトルを差し出されると「ごめん」と言いながらなんとか地面に手と肘をついて上体だけを起こし、ペットボトルを受け取ると一口二口と水を飲んだ。


「ハァーッ……生き返った」


 口ではそう言ってるが相変わらず具合は悪そうだ。鹿島はこのまましばらく休むべきだと判断し、近くの岩場に腰を下ろす。


「少しここで休憩しましょう。

 ボクら、ちょっと不用意に行動しすぎているのかも……」


「あぁ……うん……そうだね……」


 馬場は喘ぎながらなんとかそう答えると、這うように身体を引きずって近くの岩まで移動し、上体を起こして岩に背中を預けた。そしてポケットからハンカチを取り出し、口元を拭い、ペットボトルの口を拭って、再び水を口に含む。


「もしかして召喚魔法だけで生きていけるんじゃないかとも思ったけど……もしかしたら無理かもね」


 鹿島も水を一口飲むと、明後日の方へ顔を向けてそう言った。会話する時、あえて相手の顔を見ないのは、相手が苦しんでいる時の彼流の気遣いである。まあ、ちょっと景色を眺めたいという気持ちも無いわけではなかったが……


「そこまで便利じゃないってことなんだろうね。

 あんまり、必要の無いモノは極力召喚しないようにした方が、いいかも……」


 使ってみた感じ、収納と召喚では消耗具合が全然違う。先ほどはつい、収納で物を出し入れする感覚で米を召喚してみたが、まるで家ほどもある大岩を収納しようとしてぶっ倒れてしまった時のような衝撃だった。


「うん、この召喚魔法や収納魔法……多分、魔法なんだと思うけど……使う時はやっぱり何か消耗するような気がする。魔法なら魔力を使ってるってことなんだろうけど、魔力の回復がどうなってるのかまだ分からない。

 ボクら色々試してさ、現に消耗を実感しているわけですけど、この消耗が一晩寝れば回復するのか、それとも何か回復アイテムみたいなのを使わないと回復しないのか、まだ分からないわけじゃないですか?

 だから、今日の所はもう召喚はしない方が良いでしょうね。

 ああ、せっかく御米と水を召喚できたから、あと御飯炊くための鍋釜はボクが召喚しますよ。それで今日は仕舞いにしましょう」


 鹿島が提案するのをグッタリした様子で聞いていた馬場は、水を一口飲んで鹿島が見ているであろう景色の方へ顔を向けた。


「うん、次の召喚は、明日の回復具合を見てからにしよう」


 馬場は鹿島にそう応えると、再び水を一口飲んだ。

 馬場と鹿島が何を見るでもなく視線を向けたのは、ちょうど樹々の枝葉の切れ目から見える森の向こうに広がる遠景だった。多少ガスが出ているのか霞んでいるが、空気が澄んでいれば多分地平線か水平線も見えているだろう。今の馬場や鹿島たちがいる山々はかなり広い範囲で広がっており、森林もかなり広いようだ。森林の外側は一応見えてはいるが、かなり遠くて霞んでしまっており、人が住んでそうな都市や市街地らしきものは全く見えない。


 あっちが北だよな……てことは人間の種族と人間じゃない種族の勢力が入り組んだ地域ってことだから、人跡未踏の無人地帯ってわけじゃないはずだけど……


 人の営みの様子を見つけられないことに鹿島はそこはかとない不安を覚えていた。


「そろそろ行こうか、鹿島さん?」


 5分ほどもしただろうか、二人ともたばこは吸わないが、喫煙家なら煙草の一本も吸い終わった頃に馬場が呼びかけて来た。


「まだ無理しない方が良いよ、馬場さん?」


 顔を青くして嘔吐するほどの消耗がたったの5分や10分で納まるとは思えず、鹿島は馬場にもっと休むように促したが、馬場はすでに立ち上がっていた。


「いや、そうかもしれないけど、私ら今夜寝る所も決まってないからね。

 早めに行って、その分稼いだ時間を夕食や寝る場所の確保に使った方が良いと思うんだ。

 変なところで野宿したら、却って消耗しちゃうよ」


 そういう馬場の顔色はだいぶ回復しているが少し青ざめているように見えなくもない。ハッキリ言って無理しているとしか思えない。が、馬場の言い分ももっともだ。


「わかったよ。

 でも少し歩くペースは落とそう。

 身体が若返ったからって、はしゃいで無理して却って早死にしたんじゃ笑い話にもなりゃしないんだから」


 鹿島が仕方ないといいたげな顔をすると、馬場は苦笑した。


「わかったよ。

 煮炊きする鍋釜が鹿島さん持ちなら、今日はもう鹿島さん頼りだ。

 鹿島さんのいう通りにしますよ」


「じゃあ行きますか!」


 鹿島も立ち上がった。そして二人で行こうかと南を向いて歩き始めた時、左手にある茂みの中から急にガサゴソと音がして誰かが姿を現した。


「「!?」」


 馬場と鹿島は驚き、思わず立ち止まる。同時に向こうもこちらに気が付き、こちらを見た。相手は小学生高学年くらいの人間だった。

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2024年12月30日 10:00
2024年12月31日 15:00
2025年1月1日 20:00

三匹が、ゆけない 乙枯 @NURU_osan

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