第26話 召喚の限度
「水が確保できたところで、次は食料ですかね?」
鹿島はそう言いながらもう一本のミネラルウォーターを召喚し、蓋を開けて一口飲み、顔を
「水が召喚できたんだから食べ物も召喚できるんじゃないですかね?」
鹿島が飲むのを見て馬場もペットボトルの蓋を開ける。ボトルのペット材の肉厚が薄くて剛性がないため、蓋が開けて内圧を保てなくなった途端に馬場の握力に負けてボトルが潰れてしまい、口から水がドバっと噴き出てしまった。馬場は「あぁ」と呆れながらも、濡れた手をそのままに慌てて口をつけて水を飲む。
……あんま美味くねぇな……
あえて口にはしなかったが、馬場の表情には不満が出てしまっていた。
「道具か素材と判定されたものなら召喚できるんなら、結構色々出せるんじゃないですかね。
馬場さんって自炊とかどうですか?」
「私は最近はずっとスーパーの総菜弁当ですね。
昔はやったから多分、ある程度は召喚できそうな気もするけど……
鹿島さんは?」
二人は下手に握ると簡単につぶれて中の水が口から噴き出てしまうペットボトルを潰さないように慎重に口のところだけを摘まみながら蓋を閉めた。
「ボクも一人暮らしになってからはずっとスーパーの総菜弁当ですね。
閉店前の半額品は自炊するより絶対安くなるじゃないですか」
「そうなんだよねぇ。
一人前の食材って買いにくいから、まあ前に買った食材の余りと合わせて何を作ろうかって考えながら食材買い足してって飯作るんだけど、それでもメニューがだんだんマンネリ化してきちゃうし、食材無駄にしちゃうこともあるし……結局総菜弁当の方がオカズも種類が豊富で、コスパ高いんですよね」
「総菜弁当は流石に素材判定無理ですよね」
「総菜パンとかも無理かなあ……
ひとまず歩きながら考えますか」
そう言って馬場は崖上に向かって歩き始めた。鹿島も「そうですね」と言いながら馬場の後をついて行く。
「今試してみましたけど、カップ麺も無理ですね。
あれば楽だったのに……」
「私も試しましたけど、レトルトも無理っぽいね。
パウチごとあっためりゃいいだけだから楽だと思ったけど……」
「あ、食パンは出ましたよ! ホラ」
喜色ばんだ鹿島の声に馬場が振り返ると、鹿島は一斤の食パンの入った袋を見せびらかした。タニザキ製パンのふわふわ食パン……耳まで白くてフンワリ柔らかいのが特徴のパンだ。総菜パンや菓子パンが出てこなかったのに食パンが出て来たということは、食パンは何らかの手を加えて食べるから素材として認められたということなのだろう。
「そういえば鹿島さんってパン派?」
小さく笑った馬場は、再び前へ向き直って背中越しに尋ねる。
「いやぁ……まぁ確かに手間がかからないからパンはよく食べますけど、特にパンじゃなきゃダメとか言うのは無いですね。
出張先のホテルの朝食がバイキングだったら和食一択ですよ……アレ?」
馬場は御飯派だったから鹿島の返事にちょっと安心した。が、鹿島の様子がおかしい。馬場は脚を止めて振り返った。食パンは既に無い。多分、”収納”したんだろう。
「どうかしましたか?」
「え!? ああ、いやぁ……バターがね?」
馬場が立ち止まったのに気づいて鹿島も脚を止め、恥ずかしそうに答えた。
「バター?」
「ええ、パンに塗る奴……召喚しようとしたけど、どうもダメみたいで……」
「ええ……バターは素材じゃないっての!?」
鹿島の意外な報告に馬場が驚くと、鹿島がハッと顔色を変えた。
「あ!」
その手にはいつの間にやら何やらアルミ箔らしきものに包まれた四角い物体が握られている。
「何ですそれ?」
「えっと……無塩バター」
「え!? バターはダメだったんじゃないんですか!?」
「パンに塗る加塩バターはダメだったけど、無塩バターはOKみたい……」
鹿島は唖然とした様子だったが、馬場の方はというと納得のいかない様子だった。
「ええ……それって何が違うんですか?」
「え? そりゃ、バターに塩を加えているか加えてないかですよ。
パンに塗る用のバターは塩が入ってますね」
「塩の入ってないバターって美味いんですか?」
引き気味に尋ねる馬場に鹿島は笑って答えた。
「そのままでってことですか?
まさか! こんなのただの
「何で鹿島さんはそんな塩の入ってないバターなんか召喚できたんですか?
そんなの使ってたの?」
「多分、娘と一緒にお菓子とか作ってたからですよ。
料理とかお菓子作りには無塩バターの方が都合がいいんで……」
「ああ、なるほどぉ~……
てっきり血圧対策でパンに無塩バター塗ってたのかと思った」
鹿島の説明に馬場はようやく納得したようで再び歩き始めたが、馬場の予想に鹿島は苦笑いを浮かべて首を振った。
「そんなことするくらいならバター以外の物を塗りますよ。
コレステロールゼロのマーガリンとか、いっそマヨネーズかケチャップでも塗った方がマシでしょ」
「ハハハ、かもしれませんね」
馬場の後を追いながら鹿島は馬場の背中越しに尋ねた。
「そう言えば馬場さんは?
多分、御飯派ですよね」
「ええ、休日の朝とかは別にいいんですけどね。
平日の朝食は御飯ですね。
ああ、自炊しないって言ってたけど、朝だけは自炊してましたよ。
ご飯を一週間分まとめて炊いて、冷凍しといて、それをレンジでチンして……それに豆腐と、インスタント味噌汁と、お新香と……」
ちょっとした岩場に差し掛かり、答える馬場の声が弾んだ。
岩場はそれほど距離があるわけではなく距離にしてほんの7~8mほど、高低差で2mも無いくらいだが、足場は不安定そうだ。鹿島は脚を止め、馬場が岩場を登っていく様子を観察した。自分がこの岩場を登る時の参考にするためだ。
「やっぱり、何か馬場さんって御飯派だなって思ってたんですよね~」
馬場が登り終えるのを待って、鹿島も後を追って登り始める。
「やっぱ日本人は御飯でしょ!
お米を召喚出来たら、鹿島さんも御飯でいいですか?」
馬場は岩場の上で鹿島を振り返って尋ねた。
「いいですよ」
答えながら、鹿島は何か漠然とした不安を抱いた。
あれ……何かやっちゃいけないことをやろうとしている気が……
次の瞬間、前方の馬場が「ウッ」と短く呻いて倒れる。
「!?
馬場さん?
馬場さん大丈夫!?」
鹿島が急いで登ると、そこには横たわった馬場が頭を抱えながら気分悪そうに呻いており、その傍らに未開封の御米5kgが落ちていた。
「馬場さん!!」
倒れる馬場に駆け寄った鹿島が呼びかける。
「か、鹿島さん‥‥‥?
うぅ、気持ち悪い……頭が……痛い……」
「ど、どしたの馬場さん!?
何があった、どうかした?」
尋ねる鹿島に馬場は、まるでダイイングメッセージを残そうとする殺人被害者のように震える指で落ちている米袋を指した。
「こ、これ‥‥‥お米……召喚したら……ううっ、うぇぇ……」
「あぁ~~~~……なるほど……」
鹿島は理解した。10分ほど前、馬場は重さ約2キロのバールを召喚した際に激しい頭痛を訴えていた。それなのに今度は5キロのお米を召喚したものだから、バールを召喚した時以上の負担が馬場を襲ったのだろう。どうやら、少なくとも今の馬場や鹿島たちは、せいぜい2~5キロぐらいまでの物しか召喚できないようだった。
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