第21話 呪文の是非

 ブゥン、ブゥン……馬場は拾った木の棒エクスカリバーをバドミントンの素振りをするように片手で振り回した。馬場に剣術の心得は無い。遥かな昔、小学校のころにチャンバラをやったのと、中学高校でちょっと竹刀に触ったことが馬場の剣術経験の全てだ。


「それはそうとさぁ~」


 馬場はいきなり鹿島のグングニールへの興味を失ったようである。


「召喚とか収納とかってどうするよ?

 やり方のヒントも無いんじゃためし様がないじゃん」


 いきなりなげやりになった馬場に少し呆れながら鹿島は自分の木の棒グングニールを観察し始める。虫食い穴みたいなのはあるが、虫が巣食っている様子はない。今、この世界は春だそうだから、虫が湧くにはまだ早いのだろう。


「色々試してみるしかないんじゃないの?

 もしかしたら呪文とか要るのかもしれないですし……」


「呪文って、さっきは土系魔法も全然成功しなかったじゃんっ!!」


 ビュンッ! と木の棒エクスカリバーで風を斬る。……うん、今のは会心の一撃だった……馬場の自己満足に気づくこともなく鹿島は木の棒グングニールを両手で持って色々な構えを試してみる。


「呪文ったって英語だとは限んないじゃない。

 そういえばゲームやアニメの魔法の呪文って、何で全部英語なんでしょうね?」


「え!? 

 ドランククエストシリーズは違ったじゃん!」


 鹿島の呈した疑問に何故かムキになって反論する馬場に鹿島は一瞬たじろいだ。


「いや、あれはそうか……」


「あと、UアングラOオンラインも違ったよ、たしか……」


「それ、洋ゲーだからでしょ!?

 フェイタルファンタジーとかリックロールサガとか、ほぼ英語だったじゃない!」


「ソーサリィもたしか違った」


「ボクそんな古いゲームやったことないもん」


 鹿島の一言に馬場は木の棒エクスカリバーを振るのを止めて振り返った。


「えぇー!? 私と一個しか違わないくせにぃ!!」


 オッサンはほぼ同世代の人とのジェネレーションギャップを認めたがらない生き物なのだ。


「あれパソコンだけだったでしょ!?

 ウチ、ファミコンしかなかったもん!!

 雑誌の広告でみたことしかなかったんだもん!!」


 頬を膨らませた鹿島の弁明に馬場は不本意ながら納得せざるを得なかった。馬場や鹿島が子供の頃は既にゲームマシンの種類が豊富だったが、家庭によって持っていたマシンが全然違っていたりしたのだ。○○君チと××君チはファミコン、▽▽君チはセガ、◇◇君ちはPCエンジン……といった具合だ。下手すると学校で持っているゲームマシンごとに派閥が出来てしまうことすらあった。

 馬場はそっぽを向いて再び素振りを始める。


「ダンク・ソウルなんかほぼ日本語だったよ?」


 鹿島も木の棒グングニールを突き出したりしごいたりしはじめた。


「それってローカライズされてるだけじゃないの?」


「逆に訊くけど、フェイタルファンタジー以外に英語の呪文だったゲームってあった?」


「うーん……D&Dドランクス・アンド・ドリンクス?」


「あれってTRPGじゃなかった?」


「別にTRPGでもいいじゃん!

 あと一応、オンライン版もありましたよ!」


「ほかには?」


 鹿島はちょっと考えたけど、メジャーなタイトルでは思いつかなかった。


「……RPGデキールの奴とかかなぁ」


「それ同人ゲーじゃん」


 さすがに馬場も呆れて木の棒エクスカリバーを振るのを止めてガックリと脱力すると、鹿島はムキになった。


「ア、アニメ作品とかは全部英語の呪文でしょ!!」


「ぶっぶーっ!!

 デスペラーズは違いましたぁ~」


「アレはヘビメタのバンド名や曲名をそのまま使ってたから英語みたいなもんでしょ!?」


 手を止めてにらみ合った二人は同時にフッと溜息をつくように肩から力を抜いた。二人でいがみ合っても仕方がない。


「まぁともかくだよ馬場さん、英語じゃないかもしれないんですよ。

 てか、英語の呪文なわけがないと思うんですよね」


「言われてみればそうだけどさ、てことは余計に魔法を発動させる難易度があがったってことじゃない?」


 馬場は左手を腰に当て、右手首だけで木の棒エクスカリバーをグルングルン回しながら指摘する。何周か回したところですっぽ抜け、木の棒エクスカリバーはどこかへ飛んで行ってしまった。馬場は「あっ」と情けない声を漏らし、慌てて追いかける。

 鹿島はそれを無視して木の棒グングニールを地面にまっすぐ突き立て、その穂先を見上げた。


「呪文が何語かわからないんなら、まずは呪文を唱えない発動方法を試すべきなんじゃないかなぁ?」


「え、何か言ったぁ!?」


 木の棒エクスカリバーを拾った馬場が戻りながら訊き返す。距離があって聞き取れなかったのだ。一度言ったことを言いなおすのは意外と精神的エネルギーを浪費する。鹿島は少し表情を歪めながら声を張った。


「いや呪文がね、言語すら特定できないんじゃ予想の立てようが無いからね、まずは呪文を唱えないやり方の方を試していくべきなんじゃないかって」


「ああ、なるほど……」


 馬場は元の位置まで戻って来ると、何故か再び左手を腰に当てて右手首でグルングルンと木の棒エクスカリバーを回し始めた。何かそのポーズにこだわりでもあるんだろうか?


「で、無詠唱でどうやって発動すんの?」


「うーん、やっぱ念じてみるとか?」


「念じる?」


「ほら、《宝珠ほうじゅ》だって別に呪文とか要らなかったじゃないですか。

 ただ念じるだけで使えちゃったわけだし?

 この世界の魔法って、呪文とか要らないのかもしれない」


「なるほど‥…」


 馬場はそう言うと木の棒エクスカリバーを振り回すのを止め、杖のように地面に突き立てた。


「じゃあ、やってみて」


「ボク!?」


「だって発案者だし……」


「‥‥‥‥‥」


 鹿島は何か馬場にいいようのない不満が沸き上がるのをこらえつつ、片手で地面に突き立てていた木の棒グングニールを両手で持ち、改めて穂先を見上げた。そして目を閉じ「んー」と声にならない唸り声を漏らす。


「……収納!」


 鹿島がそう言った瞬間、鹿島が両手で持っていたはずの木の棒グングニールが消えた。


「うそぉっ!?」


 馬場が驚いて声を上げ、鹿島が目を開ける。手に木の棒グングニールの感触が無くなっていた事には気づいていたが、文字通り目の前から木の棒グングニールが消えている事実を確認すると鹿島も「おおっ!」と声を上げた。


「すごいよ!

 どうやったの鹿島さん!?」


「や、RPGでアイテムをストレージとかに仕舞うイメージで『収納』って言っただけですけど……」


 鹿島は自分でも信じられない様子で呆気にとられているような感じだが、対照的に無責任に見ていただけの馬場は興奮を抑えきれない様子だ。


「だ、出せる!?」


「え!?

 あ、うん……あ、出た!?」


 鹿島が再び目を閉じてアイテムを取り出す様子をイメージすると、再び鹿島の両手に木の棒グングニールが復活していた。


「「おおおお~~~~っ!!!」」


 二人は興奮の声を上げる。その後馬場も鹿島がやったのを真似て木の棒エクスカリバーを“収納”……それに成功すると二人は周囲にある石や木を次々と収納したり出したりを繰返し、奇声を上げ続けたのだった。


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