第22話 “収納”は使えたけれど

 あれからだいたい半時間……馬場と鹿島はぐったりしていた。

 色々なものを“収納”したり出したり試していたのだが、大きすぎる物、重たすぎる物、多すぎる物を一度に“収納”すると頭が割れるように痛くなり、また出す時は眩暈めまいや吐き気に襲われることがわかったのだ。


「いや……死ぬかと思った……」


「さすがに、これだけ、便利な能力、メリットだけなわけ、ないよねぇ……」


 10分ほど休んで体調が戻って来ると、二人は感想を言い合う。

 最初の木切れとか石ころぐらいは何も問題なかったのだ。そのうち限界があるのかどうかが気になり始め、丸太一本とか“収納”してみた。“収納”は出来たが”収納”した直後に何だか頭痛を覚えはじめる。最初は気のせいかと思ったが、より大きい物、より重たい物を“収納”すると、頭痛は確実に強くなっていった。家一軒ほどもありそうな大岩を一つ“収納”した時、視界が一瞬赤や黒に染まって頭が内側から破裂しそうなほどの激痛に襲われた。多分、大ハンマーで頭蓋を叩き割られた方がマシなくらいの痛みだったんじゃないだろうか? それで慌てて大岩を戻したのだが、今度は目の前が真っ暗になり、平衡へいこう感覚が完璧になくなって酒を一気飲みした後みたいに世界全体がグラァっと回り始め、思わず嘔吐おうとした。胃液しか出なかったが異常に苦しかった。多分、一歩間違えてたら死んでただろう。


「ひとまず、無制限に何でもってわけじゃないことは分かった」


「うん……船とか家とかは無理ですね」


「そんなもの収納する必要があるかどうかわからんけど……

 でも手漕ぎボートくらいならいけるんじゃない?」


「ああ、どっかの池の貸しボートとか、スワンボートとかならいけるかもね?」


「あとディンギーとか……」


「……ディンギーって何?」


 鹿島は聞きなれない単語の意味を尋ねた。


「えっと、池とかの手漕ぎボートに帆と舵がついたような……」


「ああ……うん……」


 それってワザワザ付け加える必要があったのかと疑問に思いながらも、馬場がたまにこんな風に変なこだわりを見せる時には無駄に突っ込まないほうが人間関係が平和になることも鹿島は知っていたのであえて聞き流した。


「小さいのなら、いくつでも“収納”できるんですかね?」


「いやどうだろう?

 試してみるしかないと思うけど……」


「石でも木でもいいけど、できれば同じようなのがたくさん欲しいかな……

 あの大岩を一応は“収納”できたんだから、小さい石ならかなりの量が“収納”出来ると思うんですよ」


 大岩を“収納”して痛い目にあった張本人の馬場は嫌そうに顔を歪めた。あんな経験はもうゴメンだった。“収納”を試すのも大事かもしれないが、今は“収納”から離れたい。鹿島の意識を別のことに向けた方がよさそうだ。


「そんなことよりもさ、鹿島さん?」


「うん?」


「私らここで“収納”を試している間、一歩も動いてないわけだけど、急がなくっていいのかな?」


「ああ……」


 馬場に言われて鹿島は自分たちが何をしようとしていたのかようやく思いだした。黒田の安否を確認するためにキャンプ地近くの崖の上へ移動しようとしていたのではなかったか!?


「そういえば忘れてましたね」


「酷いなぁ」


「でも急いでもゆっくりでも大した変わりなくない?」


「いや、そんなことないでしょ!」


 鹿島のあまりな発言に馬場は驚く。


「あのボンボン専務が暴走しちゃったら何するか分かんないよ!?」


 黒田がアホ専務と呼んでいる村上むらかみ一茂かずしげのことを馬場は信用していなかった。甘やかされて育った世間知らずのボンボン……馬場が最も嫌いな人間の典型で、職場でも馬場と鹿島は何度か一茂に怒鳴られたり罵倒されたりしたことがあった。派遣社員ながら会社の設備を管理する存在である馬場と鹿島に辞められたらどうなるのか想像する頭があれば、くだらないことでギャーギャー騒ぎ立てることなどあるはずもないのだが、一茂はやれ態度が気に入らないだの清潔じゃないだのと本当にどうでもいいことで文句を言ってくるのである。見かねた社長が慌てて馬場と鹿島に頭を下げてきたのだが、その後も一茂自身の態度はまるで変わらなかった。

 普段からああなのだから、今のような異常事態で常識を保ってくれることなど期待できない。実際、「裏切り者」だの「殺せ」だの騒ぎだしたから黒田も鹿島も馬場もその場から逃げ出さなきゃいけなくなったのだ。その時、社長はなんとかなだめようとしたが歯止めにもなってくれなかったし、会長や副社長にいたっては全く止めようとすらしなかった。ボンボン専務があのまま暴走してしまう可能性は非常に高い。

 だが鹿島は馬場ほど深刻には考えていなかったようだ。


「それはそうだろうけど……

 さすがに黒田クンを死なせちゃったりはしないでしょ。

 息子はダメダメだけど社長はマトモだよ?」


「社長は息子の手綱たづなを握れてないでしょ!?」


 創業者の娘と結婚して社長になった入り婿で、妻である副社長と義母である現・会長に強く出れない。そして副社長と現・会長がさんざん甘やかした結果生まれたのがあのボンボン専務だ。社長が手綱を締めようとしても現・会長と副社長がいる限り、ボンボン専務の暴走を止めることなど出来ないだろう。

 馬場も社長のことはマトモな常識人だとは思っていたが、同時に無力であることも知っていた。この会社に入ったのは所属する派遣会社の上司が社長と懇意で、その頼みを断り切れなかったからではあったが、それでも気に入らない職場ならいつでも転職するつもりではいた。その馬場がボンボン専務の横暴を目の当たりにしても転職せずに残っているのは、要らぬ苦労を背負いこんでしまっている社長へ同情してしまったからである。それが無ければとっくに転職していただろう。


「う~ん、わかりましたよ。

 でも馬場さんも忘れてない?」


「何を?」


「ボクら今、すっごく無防備なんですよ?

 だから身を護る術をまず確保しようって、さっきから足をとめて魔法とか試してたんでしょ?」


 鹿島の言い分に馬場は唸った。言ってることは確かにその通りだ。《宝珠ほうじゅ》で転生する際にKY危険予知能力を願うのを忘れてしまったことを思い出し、自分たちが実は無防備であることに気づいてしまった。だから身を護る手段が必要だと思い、一生懸命魔法を試してみたんじゃなかったか……


「今、ボクら収納魔法っての? 一応、使えることは確認できたわけだけど、それ以外の身を護る助けになりそうな能力も武器も何も手に入れられてないんですよ。

 黒田クンを助けに行くにしても、何か武器になる物は必要なんじゃない?」


「しゅ、収納魔法じゃ、戦えないね……」


「でしょ!?

 せめて何かさ、手に入れないと!」

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