オビット

第20話 武器

 馬場と鹿島は黒田が逃げ切ったかどうかを確認するために進路を東へとった。彼らが最初にこの世界に転移してきた場所、そして彼らが昨日から今朝までの一夜を明かした場所の東側には崖があり、その崖の上からなら残った社員たちの姿が確認できる筈だったからだ。このまま東へ向かい、途中から南下すればその崖の上に到達できる見込みだ。

 崖の上からなら社員たちと彼らが異世界に転移する際に乗っていたバスも見下ろせるだろうし、もしも社員たちに見つかったとしても崖越しならいきなり追いかけられる心配がない。社員たちが崖をよじ登っている間に、あるいは迂回して崖の上にやって来る前に、馬場と鹿島は安全に逃げることができるだろう。


 そして馬場と鹿島の二人はほどなくして崖に突き当たる。昨夜過ごしたキャンプ地から東に見えた崖に比べれば高さは半分も無いが、岩肌の色が同じだから多分同じ崖がここまで続いていたんだろう。この崖を伝って南へ行けば社員たちがいるであろうキャンプ地にたどり着くはずだが、このまま戻っても仕方ない。何とかこの崖の上に行かねばならない。


「どうする?

 登る?」


「いや、急がば回れだ。

 左へ行こう」


 新しい身体はすばらしく、ここまで割と険しい森の中を歩いてきたにもかかわらずちっとも息切れすることもなく、目の前にある高さ4~5メートル程度の崖なんか彼らの子供の頃の感覚なら簡単によじ登っただろうが、馬場と鹿島は慎重を期して崖の上へ歩いて登れるルートを探すことにした。体力が若い頃(もしかしたらそれ以上!?)に戻ったかもしれなかったが、まだ慣れてなくてどの程度動けるか分からないのだから無茶はしない方が良い。


「馬場さんさぁ……」


 歩きながら鹿島が何かを思い出したように唐突に話しかける。


「何、鹿島さん?」


 馬場は歩きながら付き合う。


「思い出したんだけどさぁ、ボクらドワーフの忍者ですけどぉ……」


「ハーフドワーフね」


「うん、それで忍者なんだけどさ」


「何?」


「考えて見りゃ、気配を察知したり罠を発見したりとかする能力って、願わなかったよね?」


 鹿島に言われて馬場は唐突に立ち止まった。言われてみれば願ったような記憶がない。確かにキャラメイクを二人で相談していた時はKY危険予知と言っていた気がするが、いざ《宝珠ほうじゅ》を握って願いを込め始めてからは身体の悩みを解消することに夢中になってしまって途中からスキルだの魔法だのといった新しい能力についてはすっかり頭から抜け落ちていた。


「言われてみればそうかも……」


 馬場が立ち止まったのに気づいた鹿島も脚を止め、遅れてしまった馬場を振り返る。馬場は少し茫然ぼうぜんとした表情で鹿島を見ていた。


「ボクら一応忍者だからさ、忍者の職業固有スキルみたいなのがあって、そこに含まれているとかならいいんだけどさ?」


「ていうか、この世界に忍者って職業があるかどうかも分かんないね」


「あったとしてもゲームの世界じゃないから、職業スキルなんてものが存在するのかもわかんないし……てか、多分無いですよねぇ?」


 失敗した……二人はそのまま言葉を失ってしまう。


「私ら何も考えないでここまで歩いてきたけど、何も感じないのは周囲に魔物とかケモノとかがいないからじゃなくて、KY能力がなくて気づけなかったから?」


「今は春らしいけどまだ寒いからヘビとかは冬眠してるだろうし、危険な生き物がこの辺にいるとは限らないですけどね」


 二人は思っていた以上に無謀で危険なことをしていたかもしれないことに気づくと急に心細くなってきた。


「どうしよう、何か武器とか用意しておく?」


「武器って……そういえば何か召喚できます?」


 馬場はその辺の木を拾って武器にしようかとか考えていたが、鹿島に言われてそういえば元の世界の道具や素材を召喚できるようにしたいと願ったことを思い出した。元の世界の道具の中には確かに武器になりそうなものがいくらでもある。全部を召喚できるかどうかは分からないが、どれが召喚できたとしてもただの木の棒よりはマシだろう。


「そう言えば召喚って、どうするの?」


「いや、ボクに訊かれても……」


「そういえば土系魔法とか使えるんだっけ?」


「願いましたね……」


「どういうのがあるの?

 石を飛ばすヤツとか?」


「RPGだと定番ですね」


「どうやって使うの?」


「いや、ボクに訊かれても……」


 二人は見つめ合ったまま黙り込んでしまった。

 見た目は変わった。目も良く見えるようになったし、体力も信じられないくらい良くなった。多分、自分の全盛期を上回る体力なんじゃないかと二人は密かに思っている。でも元の世界には無かった新しい能力について、本当に身に着いたかどうかはまだ分からない。身に着いてたとして使い方が分からない。使い方が分からないんじゃないのと同じだ。そもそも願った能力は本当に全てモノにできたのか?


「ス、ステータス!」


「ステータス・オープンっ!!」


 二人は相次いで叫んでみたが何も起きなかった。二人は互いに見合う。第三者の目から見ればいきなり叫ぶなんて恥ずかしい行為で互いに照れそうなものだが、今の二人には恥ずかしさよりも焦りの方が大きい。


 やばいかもしれない……


 二人は無言のまま崖に向かって魔法を放とうと試し始める。


「ストーン!!」


「ストーン・バレット!!」


「ストーン・ショット!!」


「ストーン・フォール!!」


「アース・ウォール!!」


「ストーン・ウォール!!」


「サンド・ストーム!!」


「サンド・ブラスト!!」


 ……ウンともスンとも言わなかった。何も起こらない。RPGゲームで定番の土系魔法を思いつくままに必殺技っぽく叫んでみたが、ただ二人が疲れただけで終わってしまった。ここまで歩いてきてもちっとも息の上がらなかった二人が、今は額に汗を浮かべて肩で息をしている。


 アラフィフのオッサンが山の中で何やってんだ……


 思いついた魔法全部を中二病っぽく叫んでみたが、何も起きないと羞恥心に負けそうになる。いや、負けた。馬場はガックリと膝を突いてしまった。


「ま、待つんだ馬場さん!

 諦めるのはまだ早い!」


「もうやめて!

 私の羞恥心のライフはとっくにゼロよ!?」


 馬場はちょっと恥ずかしがり屋さんなのだ。


「しゅ、羞恥心のライフがゼロになったんなら恥ずかしくなくなるんじゃない!?」


「……………」


 しばらく無言で考えた馬場は涙にぬれた顔を鹿島に向けた。


「揚げ足とらないでよ!!」


「ご、ごめん……」


 鹿島は素直に謝ると咳払いをして気を取り直した。


「も、もしかしたらスクロールとか、修得のための作業というか手続きというかアイテムというか、そういうのが必要なのかもしれないじゃない!?」


「だとしたら今の私らには魔法使えないってことじゃん!!」


 鹿島の励ましは馬場を立ち上がらせるには至らなかった。鹿島が言ったことが事実だったとしても、馬場が言うように魔法が使えないことには変わりがないのだ。馬場はそれでものっそりと立ち上がり、膝に着いた土汚れを両手で払った。


「やっぱりそこらで木の棒でも拾って当面の武器にする?

 昔のRPGだって最初の武器は木の棒だったりしたじゃん」


 馬場の提案は現実的だが、鹿島はまだ諦めきれなかった。


「まあ待ってよ。

 それもいいけど何か召喚とか、あと収納とか試してみたいじゃないですか」


「やり方も分からないのに?」


 馬場は答えながらその辺に手ごろな木の棒が落ちてないか見回し、手ごろな枝を見つけると拾い上げた。


「誰か教えてくれるわけでもないし、何かマニュアルみたいなもんがあるわけでもないんだしさ。自分たちで色々試してみるしかないんじゃないですかね?」


 言いながら鹿島も適当な木の棒を探し始める。


「そうは言ってもなぁ……」


 馬場は拾い上げた木の棒をブンブン振り回した。先端付近に残った枝がちょっと邪魔だが長さと太さは手ごろではある。


「物はためしっていうし、ひとまずその聖剣エクスカリバーを収納してみてくださいよ」


「な、何でコレがエクスカリバーって分かったの?!

 ひょっとして鹿島さんエスパー!?」


 驚く馬場をよそに鹿島も木の棒を拾い上げた。馬場の拾った棒の2倍はありそうな長い棒だが、馬場のが緩やかに湾曲しているのに対し鹿島のはまっすぐに伸びていてちょっとした槍のようだ。


「そんなわけないじゃない。

 聖剣エクスカリバーって定番でしょ?」


「じゃあ鹿島さんのそれは?」


「フッフッフ、これはグングニールですよ」


 中二病というのはアラフィフになったからと言って治るわけではない。

 そして、アラカンになっても治らない……多分‥‥‥一生治らないのだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る