第17話 パワーアップ

 魔法で火が点いた……オレはその事実に胸の奥がざわめき始めるのをどうすることもできなかった。既に焚火は勢いよく燃え始めていたが、本当に魔法で火が点いたのか確かめたくて新たに木切れを一つ拾い上げる。そして目の前に持ってきてジッと見つめた。眉間のあたりが鈍く痛くなる。目の前に人差し指を立て、その先をジッと見つめながら指先を自分の顔の方へ寄せる……すると左右の目が寄って眉間のあたりがジリジリとしてくるような何とも言えない感覚になるだろ? ちょうどそれと同じだ。その感覚を意識しながら、木切れの先が燃えるイメージを思い浮かべ、目を閉じる。そして目を開けると……


「……燃えた!」


 木切れの先端にまさに炎が灯っていた。


 はぁぁぁぁ~~~~……と、思わず感動の声が漏れる。


 オレ凄くね!? 何かキリモミ式で火を起こすより凄い事やってね!?


 なんだかキャンプで初めて火の番を任された子供の様に木切れに火を灯しては焚火に突っ込むのを繰返す。次第に慣れてくると目を閉じなくても、意識を集中しなくても火を灯せるようになってきた。気づけば暖を取るための最小限のつもりだった焚火や、今や林間学校のキャンプファイアーのように天もがさんばかりに燃え上がる火柱とかしている。


「お~~……いかんいかん、無駄に火をしてる場合じゃなかった。

 そうだ、洗濯……」


 オレは洗濯を再開する。しかし、残った洗濯物は多少血が付いているとはいってもTシャツほど酷い有様じゃない。タクティカルベストはナイロンだかポリエステルだか良く分からないが化繊のゴツゴツした感触の素材で目が粗く血は簡単に落ちてくれたし、カーゴパンツやパンツは大して血は着いていない。初めて魔法に成功したという喜びもあってウキウキした気分だったから水の冷たさもさほど苦にならず、チョット洗っては火にあたりチョット洗っては火にあたりを繰返していたら割と簡単に終わった。まぁ気分が浮かれてたってのが大きいだろう。

 洗濯したものは最初は河原に広げて日光に当てていたが、焚火が燃えだしてからは焚火の周りに置いた流木の枝に引っ掛けて吊るしている。火の熱で温められれば乾くのも早いはず……もちろん、すすが付かないよう煙のいかない方を選んでいる。

 最初に洗ったTシャツは絞ってから干したこともあってもうだいぶ乾いていた。ちょっと生乾き気味ってとこ。タクティカルベストは目の粗い化繊だから元々吸水性が低いので洗濯物の中で一番早く乾きそう。パンツとカーゴパンツはまだまだだ。

 ……あ、一番乾くの遅いのはブーツか……これはまだグッショリ濡れている。


 オレはいくら人目が無い山の中だからっていつまでも全裸のままでいることに抵抗を感じていたし、ひとまずTシャツを着ることにした。少し湿っぽい気はするが不快に感じるほどではない。頭からかぶり、袖から腕を出して、後ろ髪を襟から引っ張り出す……そう、今のオレは何気にロングヘアなのだ。

 髪はかなり長い。だらんと下げた両手の指先とまっすぐ降ろした後ろ髪の毛先が同じくらいの高さだ……つまり、尻まで届く長さ。下手に水洗便所でそのまま大をしたら、後ろ髪の毛先にを貰っちゃうんじゃないかと心配になる長さだが、まあそれは今は考えなくていいだろう。その時が来たら気を付ければいいことだ……うん、忘れないようにしよう。

 そんな長い髪を襟から引っ張り出したついでに一束手に取って観察してみるが、銀髪でかなり細かった。白じゃないぞ、銀だ。銀というか、透明? 一本一本を近くで見ると、透き通って見える気がする。髪の毛の太さは元の身体の自分の髪の半分も無いだろう。癖のないサラサラヘアで、まるで絹みたいな光沢がある。自分で言うのも何だが、かなり綺麗な髪なんじゃないだろうか?


 ……これもあのアホ専務の趣味なのか?


 自分で自分の髪に見とれそうになったオレだったが、そんな考えが浮かんだ瞬間、急にバカバカしくなり、手に持って観察していた自分の髪を背中の方へ放り投げてしまった。


 そうだ、この身体はあのアホ専務の理想像……なら、趣味志向はどうあれ、美しいのは当然だろう。むしろその美しさはオレにとって呪いも同然なんだ。その呪いにオレが惚れてどうする、馬鹿げてるだろ!?


 なんか急に物悲しくなってしまった。


 ああ、そうだな。何でも否定的に考えるのは良くない。呪いだろうが何だろうが、この身体はオレの身体で、オレはこれから残りの人生をこの身体のまま生きて行かなけりゃならないんだ。ならせめて良いところは認めて受け入れてやるべきなんじゃないか? この銀髪も、小麦色の肌も、やけにほっそりした手足も、エロフィギュアみたいに形のいい胸も、すっきりしたお腹も……たとえこれらが全部あのアホ専務の趣味だとしても……ああ、自分で言ってて胸糞悪い……そう何でもかんでも素直に受け入れられりゃ苦労なんかしねぇよ!


 そうだな、ひとまず見た目のことは忘れよう。どうせ鏡も無けりゃスマホも使えないから自分の姿なんて確認のしようもないんだ。今はそうだな、このやたら頑丈で力のある肉体と、使えることが分かった魔法について考えるべきなんだ。


 焚火の脇に置いた丸太に腰を下ろす……うん、ノーパンだから感触がダイレクトだな……尻を左右にするように片方ずつ持ち上げながらTシャツの裾をちょっとずつずり降ろすと、なんとか尻と丸太の間にTシャツが入ってくれた。


 うーん……今のTシャツ姿のオレって、ワンピースのマイクロミニみたいでひょっとしてスッゲーエロい格好なんじゃないだろうか?


 ……なんか下らないことを考えてしまった。

 ああ、早く洗濯物乾かないかな……

 そうだ! 《転生のタマゴ》!!


 オレは焚火の近くにまとめておいた荷物をあさり、白いたまを取り出した。


 コイツさえあれば……ああ、でも今も魔法使えたんだよな。

 使えるようになろうと思ってたけど……魔法のパワーアップでも願えばいいのか?

 そうだな、全部の魔法を自由に使えるようになりたいしな。

 いや待て、その前にこの身体の呪いをどうにかした方が良いか……

 さすがに快感に逆らえないとか中出しされたら相手のこと無条件に惚れて自ら奴隷になるとかいくら何でも嫌すぎる。あり得ないだろ。何考えてんだあのアホ専務! エロ漫画の見過ぎかエロゲのやりすぎなじゃないか!? 

 こんな身体じゃ寝てる間に襲われる可能性とかも考えるとウカウカ寝ることもできねぇじゃねぇか!?

 うん、これだな。この呪い同然の特性を無効化してもらわないと!


 ……でも出来るのかな?

 新しい能力を得たりパワーアップしたりできるとは聞いたけど、何かの特性の解除って出来るのか?

 できない願いをした場合どうなるんだろう?


 まさか《転生のタマゴ》自体が不発に終わって完全に無駄になるとか?

 まさかペナルティとか無いよな?

 いや、その中出しされた相手に惚れるってのも本当かどうかまだ分からないんだけどさ……そうだよな、ありもしない欠点を無効化してくれとか願った場合はどうなるんだ?

 やっぱり不発?


 まさか確認するわけにはいかないしなぁ……確認したくも無いし……うん、やっぱ男に抱かれたいとか全然思わんわ。むしろキモイ。


 かといって放置も出来ねぇし……


 欠点を解消するんじゃなくて、対抗力というか耐性というか、そういうのを獲得する方向で願えばいいのか!?

 この場合何になる? 精神力増強!? いや、精神耐性か? 状態異常耐性……いや、状態異常無効化だ!!


 そうだな……一つの願いが無効だった場合に《タマゴ》が丸ごと不発に終わったら勿体もったいないから、複数の願い事をしよう。複雑な願い事はその分余計に時間がかかるとか言ってたけど、どうせ一人になったんだから念じる時間はいくらでもある。そうしよう……全部の魔法が使えて、精神的な耐性があって、状態異常無効化能力があって……


 オレは焚火に当たりながら《転生のタマゴ》を額に押し付け、願いを込め始めた。

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