第16話 火起こし

 オレはひとまず河原に転がっている流木を集めることにした。どうやらこのダークエルフの身体は随分と力が強いらしい。転生前のオレより細い体つきなのに筋力が明らかに強く、以前ならまず持ち上げられなかっただろうデカイ流木も、エマージェンシーシートで包まったまま片手で持ち上げることができる。とはいっても体重が軽いから引きずるのはダメだ。転がっている大きく重たい流木を引っ張ると丸太が動くのではなく自分が引き寄せられるか、足元が崩れるだけで終わる。なので移動させたい方向の逆側から持ち上げ、移動させたい方へ投げるように押し気味に落として少しずつ転がして移動させるしかない。

 ともかく、オレは常人なら2人がかりでも持ち上げるのが難しそうな大きな流木の塊を2本と、それよりは小さいが大人一人が辛うじて持ち上げられる程度の大きさの流木3本を一か所に集めた。時間は30分ほどかかっただろうか? 身体を動かしたおかげで結構身体が温まり、途中からエマージェンシーシートに包まらなくても寒さを感じなくなった。なので、シートは畳んで他の荷物と一緒にまとめる。

 身体は暖まったが焚火はしたい。焚火があった方が洗濯物も早く乾くだろうし、洗濯すればまた身体も冷えるだろう。それにここまで流木を集めて焚火の準備を始めたんだから最後までやりたいという気持ちもあった。


 ナタのようなチョッパーナイフを使って流木から枝を切り落とす。流木は完全に枯れて乾いていたせいか、思った以上に簡単に小気味よく切れてくれる。もしかしたらこのダークエルフの筋力も効いているのかもしれない。チョッパーナイフの切れ味も中々いい。流木の中には割と硬い木もあったが、刃が欠けたり変形したりすることもなかった。割と上等なナイフなのかもしれない。邦男くにおの奴、自慢したくて持ってきたんだろうな。銃刀法違反だけど……


 3~40センチほどの長さに切った枝木が一抱えほどの山になったところで焚火の準備を始める。直径50センチほどの円形状に地面をならし、それを囲むように石を積み上げてカマドっぽくする。別に煮炊きするための鍋とかがあるわけじゃないが、やっぱり最初の小さい火の時は風とか当たらないように守ってやった方が良いだろう。

 次いで、そのカマドの真ん中に少し太めの薪を置き、その真ん中ぐらいのところにチョッパーナイフの切っ先でくぼみを付ける。丸くくぼませるつもりが三角形に近い不格好な四角形になってしまったが、まあ初めてだししょうがないだろう。周囲に薪を作る時にできた木クズや、窪みを作る時の木の削りカスを盛り上げ、窪みに削って尖らせた細い木を突き立てる。これで細い木を押し付けながらグリグリ回転させると摩擦熱で火が付くって寸法だ。人呼んでキリモミ式火起こし……オレはやったことは無いがインターネトのサバイバル系動画で何度も見た。やり方は間違ってないはず。


 10分くらいやってみたが全然火が付かない。おかしい。煙すら出てこない。サバイバル系動画では10~20秒ほどで煙が出始め、摩擦箇所から焦げて黒くなった木クズが湧いて出て30秒もしないうちに火が付いたのに、いったい何が間違っているんだ? 尖らせた細い木の先端が丸くなり、えぐった窪みの底が深くなっただけだ。全然焦げてない。もしかして湿ってる? いやそんなことは無いと思うんだけど……とにかく火は起こさないといけないからもう少し頑張ってみよう。


 フーッ、フーッ、フーッ、フーッ……おかしい。何かがおかしい。あれから更に10分くらい擦って見たが全然火が付かん。丸くなった木の棒の先端を再び尖らせ、このダークエルフの筋力にモノを言わせて元の身体では出来そうもないほどの高速キリモミをかましてやったというのに、窪みがちょっと深い穴になってしまっただけだ。うーん、きっと何かが間違ってるんだ。もう一度サバイバル系動画を確認してみたいが、ネット環境もなければ動画を見れる端末も無い。ああクソッ、スマホくらい置いてこずに持ってくればよかったかなあ? 自分が死んだと思わせるためのアリバイ工作で帽子以外の持ち物全部置いてきたけど、スマホくらい無くなったって怪しまれなかっただろ……今からでも戻って邦男のスマホと入れ替えてくるか?

 ……いや、だからネット環境が無いからスマホ持ってきてもしょうがないんだってば、何考えてんだオレ!? 落ち着け!


 ああ、貧すれば鈍するっていうけど、何か追い詰められて頭が回らなくなってるな。落ち着け、落ち着くんだオレ。オレは出来る! 何かが出来る! 何かは分からないがきっと出来る! 信じろオレ!


 ……あれからさらに10分後、なんかもう嫌になってきた。てか飽きた。

 おっかしいなぁ……何が間違ってるんだろう? 薪に開けた穴は最初不格好な四角形だったのに今はもう削れてすっかり綺麗な丸になっちまった。火起こしにこすりつけてた木の棒の方も手のひらで擦られて滑らかになっちまってる。鋭く深い円錐形の穴の内側は磨かれて艶やかになってる。絶対、変だろ!? 手のひらは皮がズル剥けになっててもおかしくないが、幸いダークエルフの身体は頑丈なのか手のひらの皮膚は何とも無い。

 何が違うのかなぁ? 何で? 普通はこうなる前に火が点くよね? 30分も頑張り続けて煙すら出てこないってどういうこと!?

 窪みの周辺は触ると暖かくはなってる気はするんだが、熱くはなってない。摩擦熱は発生してるんだ、間違いなく。何かが違うんだ。オレは新しく別の場所に窪みを掘りつけ、木の枝の先端も鋭く削りなおした。今度こそ!


 ああ~~~~~ダメだ!


 ……10分後、全てを投げ出したオレがいた。無理だろ。絶対無理だ。あんなに擦ってもちっとも火が点かない。煙すら出てこない。げもしない。きっとオレには才能がないんだ。人間誰にだって苦手なことも出来ないこともあるさ。


 オレの目の前には意味も無く穴をあけられた薪と先端を鉛筆のように鋭く削られた木の棒と木クズとが横たわっている。本当は今頃これがメラメラと炎を上げて燃え上がってるはずだったんだ。それがどうだ、何も無かったように、オレの努力なんか無駄なんだと嘲笑あざわらうようにまし顔だ……薪と薪の周りに積み上げられた焚きつけ、それらを恨めしく見ているうちに眉間の辺りが痛くなってきて、オレは思わず目を閉じた。


 なんでこんなにうまくいかないんだ……

 ただ火を点けたい、それだけのことなのに……


 ジッと目を閉じていると何だか前で点けてもいない火が燃えているような気がしてきた。ついに現実逃避で妄想した炎の熱まで感じられるようになったか……自分で自分が情けなくなり、目を開けると……そこに火が燃えていた。


「……………は?」


 火が、燃えている。あれだけ擦っても煙すら立たなかった木が、炎を上げて燃えていた。向かい風で顔に吹きかかってきた煙を吸い込んでしまい、思わずむせ返る。


「ウホッ、ゲホッ……何で、何で燃えてんだ?」


 立ち上がり、煙を避ける。意味は分からないが火は確かに燃えている。もう、は燃え尽きそうだ。オレは積み上げていた薪を手に取り、火にくべていった。理由は分からないがせっかく点いた火をこのまま放置して燃え尽きさせるわけにはいかない。

 パチパチと音を立てて炎の勢いを増していく焚火。その熱も光も確かにそこにある。


 ………まさか、魔法なのか?

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