サヴァイバル事始め

第12話 呪われし肉体!?

 ハッ、ホッ、ハッ、ハッ、ハッ、ホッ、ホッ、ハッ……


 新しい肉体は恐ろしく軽く、信じられない速さを保ちながら、信じられないほど長く走り続けている。腕時計を置いてきたから正確な時間は分からないけど、多分もう30分は走り続けてるんじゃないか? 息も上がって脇腹も痛くなって当然なはずなのに、30分も走り続けているなんて思えないほど苦しくない。


 山の中を、しかも裸足でだぞ!?

 何でこんなに走れるんだよ、ダークエルフ最強かよ!


 なるべく何もないところに足を突くように足場を選んで走っちゃいるが、それでも全ての異物を避け切れるわけじゃない。たまに枯葉の下や腐葉土の中に潜んでいる石とか木の枝とか踏みつけて足の裏に痛みが走ったりするが、どの痛みも長続きしないところを見ると怪我はしてないようだ。信じられるか? アスファルトの上だって裸足じゃ怖くて歩きたくないのに、こんな山の中を走って平気なんてありえないだろ……

 だんだん自分の身体が怖くなってきた。多分、ダークエルフだからなんだろうけど、正直言って今でも認めたくない。戻れるものなら今からでも元の身体に戻りたい。


 このままどこまで走り続けるんだろうか? 

 どこまで走れば安全なんだろうか?

 追手は来てるのか?

 てか、偽装工作は上手くいったのかな?

 そう言えば松本の奴、どうなったんだろう?


 松本のことを思い出すと、膝にまだ松本の顔面の感触が残っているのに気づいた。妙に柔らかかった気がする。人間の顔ってあんなに柔らかかったか?


 意識が変なところにとらわれたせいか、オレはコケ蒸した木の根を踏んでしまった。その足がコケのせいでズルッと滑り、大きくバランスを崩す。


「あっ、おわぁっ!?」


 オレはそのまま抱えていた荷物を放り出し、盛大に転んでしまった。地面に手をついて何とか踏ん張ろうとしたが勢いを殺しきれず、まるで逆立ちみたいに手で二歩三歩と歩いたのちに顔面から地面に突っ込んでしまう。


「ブヘッ!?」


 閉じた瞼の裏が赤やら緑やらに染まり、目の前で火花が散った。


「痛ってぇ~……」


 鼻の頭が思いっきり木の根に当たる瞬間までの光景を覚えている。あんな勢いで顔面から木の根にぶつかったら鼻の骨が折れてるかもしれない。オレは地面に横たわったまま痛みを堪えつつ自分の鼻に手を当てた。折れてたら手を当てた瞬間に激痛が走っただろうが、意外にもそれはない。


 ……助かった?


 オレは身体を起こし、本格的にぶつかった木の根が食い込んだはずの鼻をさすってみたが、怪我はまったくしてないようだった。鼻血すら出ていない。


 ラッキー……?


 わけがわからないまま本格的に起き上がる。転んだ瞬間に体中に走った痛みはもうほとんど消えていた。自分が走ってきた方向、自分が転んだはずの場所を見ると、自分が手を突いた痕や顔面を突っ込んだ痕が生々しく残っていた。文字通り手の形、顔の形が地面に残っている様は、まるでギャグマンガみたいでかなりシュールだ。


 ええ~、こんな跡が残るくらいの勢いで顔から突っ込んだのにぃ~?


 怪我一つしてないのが納得できない。そう言えばと思って片足ずつあげて足の裏を見てみたが、やはり泥汚れが付いてるだけで怪我一つしていなかった。


 マジかよ、どうなってんだこの身体……


 丈夫なのは良い事だが、丈夫すぎるとなんだか怖い。ひょっとして全部夢なんじゃないか? そんな不安に襲われてしまう。そして足を見下ろしたことで自然と目に入って来る胸のふくらみ……自分のだとしても見慣れないせいかどうも目を奪われてしまう。


 マジかぁ……ホントに女になっちまったんかぁ……


 思わず下からすくい上げるように触ると、全身がゾワッとするような妙な感覚が走った。


 え、こんなに感じるもんなの!?


 好奇心に掻き立てられて手をそのまま乳房を半ば絞るように先端へズラしていくと、ゾワゾワするような感覚がより強く広がり、ムクムクと乳首が尖りだしていく。そして思い出されるアホ専務の言葉……


「コイツはなぁ、チ〇ポが大好きなド淫乱なんだ。

 超ビンカンで快感に逆らえないし、犯されて中出しされると、ソイツのことを好きになっちまって、ソイツのチ〇ポ無しじゃ生きてけなくなるのさ。

 チ〇ポ欲しさに何でも言うことを聞く性奴隷って奴だ!」


 今、自分が感じているこのゾワゾワするような感触が性的快楽そのものだと気づいたオレは怖くなり、先端に達する前にパッと手を放した。


 ヤバイ……マジであのアホ専務の言った通りの身体なのか!?


 男に身体を許した途端に自らソイツの奴隷になってしまう……そんな絶対に歓迎したくない未来を想像し、オレは自分がとんでもない呪いをかけられたらしいことを確信した。


 絶対、男にヤられちゃダメじゃん!

 いや、男にヤられるつもりはないしサセたくも無いけど!?


 とにかく、少なくともこの身体のことがある程度分かるまでの間は男は避けねばなるまい。そして改めてオレは自分が全裸でいることとその危うさに気づいた。


 ヤバい……こんなとこで裸のままとか、男に見られたら襲ってくれっていってるようなもんじゃねぇか!!


 オレは転んだ時に放り出してしまった荷物を探した。急いで身を隠す服を身につけなきゃいけないが、今オレの手元にある服は邦男からはぎ取った分だけだ。

 ばら撒いてしまった服を全て集めると、その服が血まみれなことに改めて気づく。そして気づいた途端に気になりはじめる血の臭い……今まで逃げるのに必死で気づかなかったが、かなり臭い。


 うあ、このままじゃ肉食の獣とか寄って来ちまうかも!?

 どこかで洗わなきゃ!!


 オレは帽子を被り、その他の荷物を纏めて再び抱え上げると周囲を見回した。どこまでも山林が続くようだったが、耳を澄ますと微かに水の音が聞こえる。


 この音……川だよな?

 よし、行ってみるか。

 川の水でせめてこの血の臭いだけでもなんとかしないと……

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